小林武史|アルバムのこと、現在のこと、これからのこと

佐藤千亜妃はフェイ・ウォン

──東京メトロのCMソングのコラボの組み合わせは、小林さんがセレクトしているのですか?

いや、スタッフと一緒に考えていきました。でも「太陽に背いて」の佐藤千亜妃さん(きのこ帝国)は僕から誘ったかな。彼女は「Reborn-Art」のプレイベントにソロで出てくれて、本祭のときはきのこ帝国で出てくれて、それで知ったんですけど。

──「太陽に背いて」はいい意味でイナたいアレンジなのに、アーバンな雰囲気をまとう不思議な楽曲でした。個人的にはアルバムの中でも特に好きな曲です。

小林武史

そう言う人はいますね。僕も好きです。今よりもアジアが混迷している時代にウォン・カーウェイ監督が撮った「恋する惑星」(1994年公開の香港映画。トニー・レオンやフェイ・ウォンが主演)ってあるじゃないですか。あんな雰囲気をイメージして作ったところはありました。あの映画の世界観を地下鉄の迷宮感になぞらえて。ドラマーで金子ノブアキくん(RIZE)も入ってもらっているけれど、なんかあの曲を絵でイメージしたら、あそこに彼がいるのは映えるだろうと思って。彼はドラムもすごくいいですよね。

──「恋する惑星」の世界観をイメージされた曲なのであれば、佐藤さんは主演女優のフェイ・ウォンということですね。

そうですね(笑)。(CMに出演している)石原さとみさんは少しタイプが違うから(笑)。

──ほかに東京メトロの曲で印象深いものは?

中島美嘉さんとSalyuの「Happy Life」は面白かったですね。一緒にやる意義とか、「こうでなければならない」みたいなものはあまりなかったんですけど、それでもいいものになった。“欲がなくてよくなった”と言うか。中島さんのビブラートって、艶っぽくて少し歌謡的な匂いがして。そこも面白かったです。それと絢香さんと三浦大知くんの「ハートアップ」は力作という感じ。まっすぐでピュアなエネルギーを感じますよね。絢香さんはすごくひさしぶりだったんですが、いろいろな意味で成長を感じました。こうして振り返ると、どれも好きな曲ですね。

エンタメのくくりから少し脱したほうがいいかもしれない

──櫻井和寿さんと小林さんがReborn-Art Session名義で発表された「What is Art?」は「Reborn-Art Festival」のコンセプト曲です。シンセ中心のアブストラクトな音像で、シリアスな雰囲気です。小林さんがこういう曲を作るのは最近では珍しいと思いました。

そうですね。鼻歌から作っていくような邦楽的なものではなく、洋楽的な作りの曲になったと思います。「こういう曲を作ろうよ」と櫻井と話したんですけど、彼はその日の夜に言葉のデッサンのようなものを送ってきて。それを並べ替えたり、僕なりに付け加えたりしてこういう曲になっていきました。

──メッセージ性と言うか、テーマ性が強い歌詞ですよね。

「どんなことでも見方次第でアートの素材になり得る」というのが、「Reborn-Art Festival」の根幹、基盤のような考え方なんです。アート的に何かを捉えていくって難しいとは思うんですけど、捉えるとか捉え直すっていうのはとても大切なことだと思うんです。芸術作品の本質みたいなもの、それは1つじゃないかもしれないんですけど、捉え直すことでそういったものが何かと結び付いていく面白さもありますし。

──現代において、アートというものにどれくらいの人が意識的なのかわかりません。でも近年、小林さんは熱心にアートに取り組まれていますよね。

そう。もう、随分アートと関わるようになっていて。一般の人の意識も、何か変わるといいと思います。例えば1996年にYEN TOWN BANDをやったとき、レコーディングのプロセスは本質的な何かを辿っていくような作業で、とてもアート的な体験でした。それを考えたときに、僕自身、今のエンタテインメントのくくりからは少し脱したほうがいい部分あるかもしれないと思うこともあって。

たぶんポップさはなくならない

──小林さんはフィールドこそ常に音楽エンタテインメントの真ん中ですが、音楽性はいわゆる“ザ・エンタメ”的なもののみではなくて。不思議な存在だと思います。

若い人にそう言われることはあります(笑)。僕自身“エンタメ業界”にいる自覚はありませんでしたけど、1990年代は産業の構造的な理由もあって、結果そうなってしまったんですよね。当時は音楽業界もいろいろあって、カラオケなんかと結び付いて“エンタメ”ってくくりになっていったんだと思う。だからネットやテレビの中でも、エンタメ枠の人ってことになっていると思うんですけど。

──そういった状況、居心地悪いですか?

うーん、居心地が悪いと言うか……いわゆる“業界的”な感じで、わかったふうに「やっぱり小林さんはエンタメの中で……」って話してくる若者がいたら、反発はしたくなりますね(笑)。

──(笑)。

でも、“ポップさ”みたいな感覚はなくしたくないと思っています。複雑なことをやって自分の表現の枠を広げていくことがあったとしても、自分の資質として、たぶんポップさみたいなものはなくならないだろうとも思いますし。だから難しいんですよね。大概ポップなものってエンタメの中心だから。でも、自分のやっているものはまたちょっと違うものであると思うんですけど。

──ポピュラーミュージックのプロデューサーであることに、自覚的ではあるんですよね?

小林武史

うーん、まあそうですね。今までそうやって生きてきたし、これからもその軸を失わないようにしたいとは思ってはいます。ただ、新しいことや今までまだやりきれていなかったことをやりたいっていうのはすごくあって。

──それは音楽のフィールドで?

はい、音楽のフィールドで。相変わらず音楽以外のフィールドでやりたいこともありますけど(笑)。決まっているものだと、7月に新潟で実施される「大地の芸術祭」のオープニングイベントで、柴田南雄さんの作品をベースにした交響詩のようなものを演奏するんです。中規模のオーケストラとバンド、複数のシンガーを組み合わせた、8楽章くらいのものを。そこには東京混声合唱団も入ってくるから、分厚いオーケストラだけにするとクラシックの領域になってしまう。だから名越(由貴夫)くんなどバンドを入れて、そうはならないやり方で表現することにして。

──スコアはもうできあがっているのですか?

頭の中ではできあがっています。デモテープも作っているんですけど、6割くらいです。本歌取りじゃないですけど、柴田さんの楽曲から使わせてもらうパートが1割で、残りの9割は新しく作っています。柴田さんの作品がベースなので、“無常”をテーマにして。鴨長明の「方丈記」の無常です。

──柴田さんは「方丈記」のテキストを用いた「ゆく河の流れは絶えずして」が代表曲です。

「方丈記」は飢饉や天変地異をきっかけに、1200年代に書かれたものですよね。一方で柴田さんは、海外からいろいろなものが入ってきた昭和50年代を振り返り、それをどう日本で捉えるかをテーマとしていて。そういうことに少しなぞらえて、震災を経た視点を持って、柴田さんの音楽をどう捉えるかということに取り組んでいます。鴨長明の時代と柴田さんの時代と今を混ぜることで、表現できること、と言うか。

V.A.「Takeshi Kobayashi meets Very Special Music Bloods」
2018年4月4日発売 / UNIVERSAL SIGMA
小林武史「Takeshi Kobayashi meets Very Special Music Bloods」

[CD] 3240円
UMCK-1595

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収録曲
  1. to U / Bank Band with Salyu
  2. ハートアップ / 絢香&三浦大知
  3. Happy Life (unreleased version) / 中島美嘉×Salyu
  4. What is Art? / Reborn-Art Session(櫻井和寿 小林武史)
  5. my town / YEN TOWN BAND feat. Kj(Dragon Ash)
  6. reunion / back numberと秦基博と小林武史
  7. 太陽に背いて / 佐藤千亜妃と金子ノブアキと小林武史
  8. 陽 / クリープハイプ×谷口鮪(KANA-BOON)
  9. こだま、ことだま。 / Bank Band
  10. 魔法(にかかって) / Salyu×小林武史
  11. 70(Live version) / novem(大木伸夫[ACIDMAN]、ホリエアツシ[ストレイテナー]、黒木渚、桐嶋ノドカ、小林武史)
小林武史(コバヤシタケシ)
小林武史
音楽プロデューサー、キーボーディスト。Mr.ChildrenやSalyu、back numberといった数多くのアーティストのプロデュースを手がける。「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」といった映画音楽も担当し、2010年公開の映画「BANDAGE(バンデイジ)」では監督も務めた。2003年、坂本龍一、櫻井和寿(Mr.Children)と共に一般社団法人「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギー推進のほか「ap bank fes」の開催、東日本大震災の復興支援など、さまざまな活動を行っている。「Reborn-Art Festival」では、実行委員長、制作委員長を務める。2018年4月には自身のワークスアルバム「Takeshi Kobayashi meets Very Special Music Bloods」をリリースした。