小林愛香×Q-MHz田代智一|カジュアルなあいきゃんで魅せる1stアルバム

あいきゃんの“素”は3種類ある

──参加クリエイター陣では、「Night Camp」の作詞をされた詩人の文月悠光さんという人選がひときわ異彩を放っていますね。

田代智一(Q-MHz)

田代 文月さんは、詩人としては珍しく表に出るような仕事もされていたり、詩を広めるためにいろいろと尽力されている方で、「面白い活動をしている人だな」と思っていたんですよ。それで今回、僕の中に「キャンプファイヤーのことを歌うカントリー / ウエスタン系の曲を作りたい」というアイデアがあったので、そこに詩人の感性をお借りすることができたら面白いものになるんじゃないかと思ってお願いしたところ、ご快諾いただけて。

小林 この曲は本当にいろいろな楽器が次々に歌うように鳴っていて、コーラスっぽく入ってくるイメージがすごくあります。“合唱”って感じがしました(笑)。それこそキャンプファイヤーでみんなが輪になって歌っているような、温かい印象の曲ですね。でも歌っていることはけっこう深くて、「大人になったとしても 灰になったとしても あの炎を灯しつづけよう」と前向きになれる曲でもあります。すごく楽しんで歌えました。

──個人的な感想としては、小林さんの歌声を聴いて“部族の中の、口数は多くないけど強い目をした少女”というイメージが浮かびました。

田代 それはとてもいい解釈だと思います。

小林 そんなネイティブアメリカンなイメージは思ってもみなかったです(笑)。

──そもそも、何かキャラクターを設定するように歌うことはありますか?

小林 あんまりないですね。キャラソンの場合はしますけど……まあ、自分の曲も“小林愛香のキャラソン”だと思っています(笑)。ただ、この曲は音数が少なくてシンプルだからこそ、より丁寧に歌いました。それがそういうふうに聞こえたのかもしれないです。

田代 結果的には、この曲が一番あいきゃんの素直な、「ふっと歌ったらこれ」という自然体な雰囲気が出てるんじゃないかな。素朴で好きです。

──個人的には、そのナチュラル感を一番感じた曲は「Easy Fizzy」だったんですが……。

田代 そっちもそうです(笑)。

小林 あれもそうでしたね(笑)。

田代 あいきゃんの場合、たぶん“素”だけでも3種類くらいあるんですよ。素の歌声に味付けをして変えていくというよりは、もともと持っている3方向くらいの声を曲に合わせて調整しているだけ、みたいな感じかもしれないです。

──「Secret Feeling」は、こだまさおりさんが作詞をされています。こだまさんの起用に関してはなんの疑問もないんですけど(笑)、一応どういう経緯だったのかを教えてください。

田代 こだまさんは作詞家として、アニメなどのストーリーに寄り添ってものを書くのがすごく得意な方ですけど、今回はそうではないものを見てみたくて。「純粋にアーティスト表現のための歌詞を書いてもらったらどうなるんだろう?」という実験も兼ねて、アダルトなテイストの楽曲をわざとぶつけてみました。

小林 これは自分で聴いてても「いいなあ」と思いますね(笑)。わりと自分が今までしてこなかったような歌い方をしているなと。艶っぽさがあって、セクシーとはまた違う“大人のカッコよさ”を田代さんとこだまさんに引き出してもらいました。ただ、大人っぽいとは言うものの、「実は年相応でもあるのかな?」とも思いつつ(笑)。

左から小林愛香、田代智一(Q-MHz)。

──あと「Moonlight Balcony」の佐伯youthKさんについてなんですけど、今回も含め小林愛香さんの楽曲ではいつも“作詞編曲”という形で参加されていますよね。“作詞作曲”や“作曲編曲”ならともかく、“作詞編曲”というクレジットはあまり見たことがないなと。

田代 変わってますよね。アイデアの大元から話すと、以前やしきんが僕に作曲だけを振ってくれたことがあって、やしきんが作詞編曲だったんです。そのときに「こういうパターン、アリなんだ?」という気付きがありまして。それで「NO LIFE CODE」のときに、佐伯くんの得意なファンクやソウルのテイストをカップリングでやってみたいと思って、「ゆらゆらら」を作ってみたらうまくハマった。それで味を占めてじゃないけど(笑)、作詞作曲編曲の組み合わせだけじゃなく、演奏陣も含めたまったく同じ座組で次の「Sunset Bicycle」(2021年1月発売のシングル「Tough Heart」カップリング曲)も作って、今回の「Moonlight Balcony」もその流れで、という。

──なるほど。その布陣ありきで作っているんですね。ある種の当て書きというか。

田代 そうそう(笑)。「Moonlight Balcony」に関しては完全に佐伯くんに投げるつもりで最初から作曲しています。

小林 佐伯さんの曲では、いつも佐伯さん自ら仮歌を入れてくださるんですけど、それもめっちゃカッコいいんですよ! そのよさを私なりに表現できたらいいなと思いながらいつも歌っています。「おっしゃれー!」というポイントがたくさん散らばっていますし(笑)、本当に歌っていて楽しいですね。

声優業で培われた精密な歌声コントロール

──レコーディングで苦労した曲はありました?

小林 えーと……どうなんでしょうか(笑)。

田代 それがね、あいきゃんはあんまりないんですよ。一度「この曲はこの方向で」と決まってしまえば、あとはスルッと行く感じで。だから、苦労するというか時間をかけるのは、その最初の方向性決めの部分だけですね。

──そこで意見が食い違ったりするようなことは?

小林愛香

小林 ないですね。そもそも私に「あいきゃんはこういう歌い方のほうがいい」と助言してくれるわけでもなくて。

田代 そうね。むしろ僕が悩んでると、あいきゃんのほうから「ちょっと違う感じでやってみます」と言ってくるんで。行き詰まることも全然ない。

──逆に言うと、そこでいろんな表現方法を試せる楽しみもあったり?

小林 ありますね。それも楽しいですし、田代さんが(低音ボイスで)「もうちょっと、明るさ20%増しで」とか……。

田代 それ、モノマネ?(笑)

小林 (低音ボイスで)「今のはちょっと明るすぎたから、5%オフで」「あ、ちょっと歌のうまいお姉さんが出てきちゃったんで、その子は下げてください」とか(笑)、そういう細かい調整をしてくださるんです。そのおかげで、その曲の中で一貫して小林愛香で歌うことができていると思います。

──その「何%」はコントロールできるものなんですか?

小林 気持ちの問題ですね(笑)。

田代 いや、本当にできていると思いますよ。意図をちゃんと汲み取って。

──すごいですね。精密機械じゃないですか。

小林 あははは(笑)。

田代 ときどきはみ出すこともありますけど(笑)。

──それって声優業で得たスキルだったりするんですか?

小林 全部つながっていると思いますね。声の明るさを調整する技術自体もそうですし、それを恥ずかしがらずにやれる思いきりのよさも声優業で培われたものだと思います。

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