清塚信也のアレンジによるディズニー公式ピアノアルバム「BE BRAVE」がリリースされた。
本作には「勇敢」「希望」「仲間」をテーマに清塚自らセレクトしたディズニーの名曲を全10曲収録。幼い頃に唯一許された娯楽がディズニー映画の鑑賞だったという彼が、“いちディズニーファン”としてリスペクトを込めてアレンジしたピアノアルバムとなっている。この特集では清塚のディズニー愛を軸にアルバムを紐解いていく。
取材 / 倉嶌孝彦 文 / 鈴木身和 撮影 / 須田卓馬
スタイリング / JOE[JOE TOKYO / TRAVOLTA]
ヘアメイク / Atsushi Sasaki[GLUECHU]
衣装協力 / kiryuyrik(03-5728-4048)
少年・清塚を癒したディズニー
──清塚さんは幼い頃からピアノ漬けの生活を送られてきたようですが、幼少期のディズニーに関する思い出はありますか?
私は5歳から音楽を始めたのですが、母がすごく厳しい人で、「音楽のことだけを考えて生きていきなさい」「音符以外は覚えなくていい」と学校の勉強すらあまりやらせてもらえなかったんです。娯楽は当然皆無の中で、感性を磨くために唯一ディズニー作品を観ることだけは許されていて。私が外の世界から受けた最初の影響はディズニーといっても過言ではないので、思い出深いことばかりですね。
──そんな生活の中でディズニーに触れるのは、清塚さんにとってどのような時間だったのでしょう?
これはなんと言葉で表したらいいやら……小学5年生の頃には1日10時間くらいピアノの練習を強いられていたので、体力的にも精神的にも極限になった1日の終わりに、ようやくディズニーを観ながら眠りにつくことができるという安らぎの時間でした。そういう状況も手伝ってか、本当に奇跡のようなファンタジーの世界に浸ることができたのを覚えています。
──ディズニー作品はひとつのアニメーションとして愛されているのみならず、音楽の面でも世界的にファンが多いです。清塚さんがディズニー音楽に注目し始めたのはいつ頃ですか?
小学生の頃にはディズニー音楽の素晴らしさに気付いていましたね。当時すでに私の中にはクラシックへのリスペクトが教育によって備わっていたのですけれど、ディズニー音楽はクラシック以外の音楽というよりもクラシックも含めたすごく優れた音楽というカテゴリーに入ってたというか。ディズニーはそのときどきのトレンドを絶対に逃さないですし、そういう最先端の音楽を最高級の録音環境と演奏家で実現していたので、今振り返ってみても小さい頃からずっと聴いてきてよかったと思います。
──特に好きなディズニー作品はなんですか?
「王様の剣」(1963年公開の長編アニメーション)が好きでしたね。大人になってから観た作品で言うと「モンスターズ・インク」も大好きです。ほかにもたくさんありますけど、パッと思い付くのはこの2つかな。あと映像作品とは違いますけど、東京ディズニーシー®のアトラクション「シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ」のために、アラン・メンケンが書き下ろしたオリジナル曲「コンパス・オブ・ユア・ハート」が大好きで、今回のアルバムに入れたくて入れたくて仕方なかった!
──パークもお好きなんですね。
はい、大好きです。初めて行ったのは高校生の頃ですかね。子供の頃は禁止されていたので、夢のようでした……。忘れられない最高の思い出です。
──好きなディズニー楽曲を1つ挙げるとしたら?
「コンパス・オブ・ユア・ハート」がめちゃくちゃ好きなんです。
──以前「ディズニーファン読者が選んだ ディズニー ベスト・オブ・ベスト~創刊30周年記念盤」のインタビューでmajikoさんも「コンパス・オブ・ユア・ハート」が一番好きだとおっしゃっていました(参照:「ディズニーファン読者が選んだ ディズニー ベスト・オブ・ベスト」特集 NAOTO×ホリエアツシ×majiko)。
そうなんだ! やっぱりすごくパワーがあるんですよ、この曲。壮大さの裏でちょっとアラビックな和音を使っていたり、さりげなく物語の世界観を出すという、作曲者アラン・メンケンのすごいところが存分に出ていて。考えてみればアトラクションの音楽をアラン・メンケンが作ってるってすごくないですか。
──その「コンパス・オブ・ユア・ハート」も収録されている清塚さんのアルバム「BE BRAVE」の選曲テーマは「勇敢」「希望」「仲間」とのことですが、このテーマにした理由はなんですか?
実はコロナ禍以前にディズニーのコンセプトアルバムを作ろうという話が持ち上がっていたんです。最初はみんなを圧倒するようなアルバムを作ろうと思っていたのですが、自粛期間中ずっと家にこもっていたときに、人とつながり合えないことはすごく不安をあおる要素なんだと気付いて。孤独でネガティブな空気の中で、音楽で鼓舞するというよりも支えになればという気持ちに変わっていきました。勇敢さや、希望を持つこと、仲間を大切にするなど、皆さんのそういう思いを助長させたかったんです。
口で弾きたいときもある
──今作では多種多様な楽曲を、ピアノ1台で表現しています。どのようにピアノで表現しようと考えたんですか?
ピアノは88鍵あるので、いろんな和声やリズムを出せるし、演奏法もすごくたくさんあるんです。ジャズでもポップスでもクラシックでもオールジャンル付き合える強みを生かして、いろんな表情のピアノ曲をこのアルバムに入れたいと思いました。例えば「ゴー・ザ・ディスタンス」なんて完全にフランツ・リストをオマージュしていますし、「君はともだち」はオールドアメリカンのラグタイムと呼ばれるジャンルにそっくりですし、「星に願いを」には最近YouTubeで流行っているリハーモナイズという手法を取り入れています。これはジャズの領域にちょっと近いですけれども、本当にさまざまなジャンルをピアノ1台で表現をしてみたつもりです。
──確かに1枚を通して聴いたときにジャンルに当てはめるのが難しいと思いました。
あえて言うなら“ピアノ”っていうジャンルかな。
──確かにそうですね。ピアノの可能性をめちゃくちゃ広げているというか。1曲目の「美女と野獣」はもともとデュエットソングなので、ピアノでもメロディをちょっと重ねていますよね。
そうなんですよ! 今作のテーマは“新しい自分のディズニーアルバム”なんですけど、制作するうえでオリジナルを絶対に崩さないというコンセプトが大前提にあって。まさに「美女と野獣」では1オクターブでも小指のほうを出すのか、親指のほうを出すのかでデュエットを表現したつもりなんです。細部に自分なりの作品へのリスペクトを込めたので、そこに気付いていただけてすごくうれしいです。
──よく腕2本でこの音数を鳴らせているなと思いました。腕が足りないって思うことありません?
思います思います(笑)。やっぱり2本だけだとどこか空いてしまうので「ここは口で弾こうかな」と思うこともあります。だからこそ連弾や2台のピアノを使ったりして新たなサウンドを追求していると思うのですけれど、でも与えられた10本の指、2本の腕でどうにかするために考えるのもすごく楽しいですよ。
──「コンパス・オブ・ユア・ハート」も原曲は音数が多く、壮大で華やかな楽曲です。それをピアノだけで、曲展開が豪快に変わっていく醍醐味がちゃんと味わえるアレンジになっているのがすごいと思いました。
それに関して言えば、ベートーヴェンやリストたちがシンフォニックなピアノの使い方というか、オーケストラサウンドとしてのピアノをずっと築き上げてきたので、クラシックで培ったものを生かしてアレンジできました。
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ディズニー映画は音楽も主役