ナタリー PowerPush - 喜多村英梨

人気声優アーティスト、本格ヘヴィメタルを歌う

人生にも2周目があるかもしれない

──お話を伺っていると、喜多村さんは他人が歌っている曲も「自分の曲」だと思って聴いているという。いい意味でワガママな聴き方をしますねえ。

音楽を聴くときは超自己チューなんですよ(笑)。人と感動を共有するっていうことはあんまりなくて「自分がこの曲の主役になれたらいいのに」っていう想像をしながらひとりで聴くのが好きというか。寝るとき、ヘッドフォンをして目をつぶりながら「この曲がオープニングテーマの自分が主人公のアニメを作るなら、魔法少女モノだな」とか、そういうアナザー、IFに派生させながら聴いてるときが一番楽しいですね。アニメをいっぱい観ていた時期も「奥井雅美さんになりたいな」っていう気持ちで奥井さんの楽曲を聴きまくってましたし、北欧メタルも、UNSUNとかNIGHTWISHとか。どちらも氷の女王系というか、パワフルなサウンドに、スッとしていながらもつんざくような声が乗るものを、その世界観に自己投影させながらよく聴いてます。北欧メタルを広く聴くわけではないので、メタラーの人にしてみたら、にわか、見習いもいいところで、ホントお恥ずかしいし、申し訳なくなるような話しかできないんですけど(笑)。

──音楽なんて好きなものを好きなように聴いておけばいいじゃないですか(笑)。

いやいやいや! この間もTESTAMENTを聴いて「チャック・ビリーの声スゲー!」「この曲、私の好きなあのゲームのテーマソングとかにも合いそう」ってTwitterでつぶやいたら、メタラーの人たちが「TESTAMENTを聴くなら、あれもいいですよ」「同士!」って感じで盛り上がってくれたり、私のファンでいてくれた人たちがゲームのタイトルのほうに反応して「そういうゲームもやるんだ。知らなかった」みたいなことを言ってくれたりしたんですけど、どこか「こんなヒヨッコ野郎、見習い野郎、にわか野郎にメタルを教えていただき、ホントありがとうございます」「僭越ながらゲーマーをやらせていただいております」って気持ちになっちゃうんですよ。

──もはや謙虚というより卑屈ですよ、それ(笑)。

あっ、そうですそうです。私、完全に卑屈野郎なんで(笑)。よく「外見に反して二次元好きなんだね」「ヲタエリだね」「オタク声優だね」なんて言われたりもするんですけど「いえいえ、オタク見習い声優にしてください」みたいな感覚がどこかにあって。自分にしてみたら「こんな中途半端でオタクとか言ってたら、その道のプロに怒られるだろ!」と。「ギャルっぽいね」って言われても「ホンモノのギャルの人に怒られるからやめてください」と。仕事にしても「大人気声優ですね」って言っていただければ「ありがとうございます」という気持ちにはもちろんなるものの、「はい、一線をどうにか越えました」っていう気持ちはサラサラないというか。

──なぜなんですかね?

仕事にせよ、趣味にせよ、物事に関してはなんでももっとコアな人がいるのは知ってるから、「オタク」とか「メタラー」とか「人気声優」って絶対に自称はできないっていう気持ちがあるのと、あと、ポジティブに言うなら「できない」っていうんじゃなくて「まだやらなくちゃいけない」「まだやるべきだ」って感じで物事に取り組むようにしているので。特に仕事はそうで「これをやったら完全コンプリート」「完全クリア」「極めたでしょ」みたいには絶対にならないようにしている。なにかトロフィーをいただきました、とか、オリコンのチャートに入りましたとかっていう感じで、瞬間瞬間、目に見えて結果が出ることや「皆さんに受け入れていただけてるのかな」っていう機会があるとは思うんですけど、そこで私自身が「これでOK!」って足を止めちゃうのはもったいない気がしていて。もっと楽しめる機会があるかもしれないし、もしかしたら私は最強への道の途中なのかもしれないじゃないですか。1周分、全ステージをクリアして「あっ、これ全クリだわ」と思ってやめちゃったんだけど、なんだよ、2周目やアナザーストーリーがあるのかよ!ってことがあるかもしれない。っていうかよくあるんですよ、そういうゲームが(笑)。

──ありますね(笑)。

そういう感覚と一緒なんだけど、ゲームと違うのは、人生の場合、2周目があるのかどうかなんて、誰も答えを知らないし、知らないから教えてもくれない。だから「2周目があるかも」ってもがくのが果たして正しいのかはわからないものの、今できることを背伸びしながら務めきろうっていう思いが根本にあって、務めきったあとも「おつかれ。よっしゃ! この案件は終わりね!」っていうふうにはならないようにしようとは思ってますね。口にしちゃうとそれが現実になっちゃう、っていう変な迷信みたいなものが自分の中にあるから「終わった終わった」とは言わないようにしよう、と。「そうやって口にせずにもがいていれば、もしかしたらマルチエンディングが待ってるんじゃね?」っていう気がするんですよ。

──最終的にはトゥルーエンドが待ってるかもしれないし(笑)。

そうなんですよ。常に「今はトゥルーエンドじゃない」って思ってるほうが、逆にマルチエンディングへのルートに入って、トゥルーエンドに近付けるかもしれないから面白いんじゃない、ってか。声優の仕事で言うなら「こういう音程で、こういうテンポで、こういう声質でやれば◎」ってやってる芝居は薄いと思っていて。現実的な問題としてOKテイクになることはあるかもしれないけど、自分にフィードバックされるもの、得られるものは少ないというか。「あれはあの現場だったから受け入れてもらえただけ」って思うようにして、改めて作品のオンエアを観たりとか、台本を読み返してみたりしているほうが、次の機会に同じような役柄をやるときにもっといろんなことができるかもしれないじゃないですか。

──そういう感覚ってどこで養ったんですか?

どこなんでしょうね? ただ、ひとつ記憶に残ってるのが、子供の頃、邦楽しか知らなかった頃に、邦楽アーティストさんのドーム公演の映像とかを観て「人の数、すごっ!」とか思ってたんですけど、母親が海外のフェスの映像を見せてくれて。ああいうフェスって地平線の向こうみたいなところまで人がびっしりだったりするじゃないですか。人口が違うんだから「だから洋楽のほうが優れている」って話ではないんですけど「まだまだ私の知らないことはたくさんあるんだ」「上には上の環境があるんだ」っていうことがわかったんですよ。それからはなんか常に満足するのはもったいない気がするようになったというか「趣味は反省、努力、追求」みたいな人になっちゃいました(笑)。

「声優アーティスト」としての誇り

──とはいえ、先月発売のアルバム「RE;STORY」って喜多村さん的にも相当満足度の高いアルバムなんじゃないですか。しかもヒヨッコ、見習い、と言いながら、本格的な女性ボーカルモノのヘヴィメタルに正面切ってチャレンジした意欲作でもあります。

ちょっと矛盾しているのかもしれないんですけど、モノを作っているときには特にヒヨッコっていう意識はなくて。「メタルファン、V系のファンの道を極めたっス」って自称する気はもちろんないんですけど、アルバム制作時には「自分が通ってきた道だからできるだろう」「やってみたい」「可能性があるものに対してはつま先立ちで挑戦してみたい」っていう気持ちしかなかったですから。正直「今の自分のスキルでは苦しいぜ!」「息しづれえぜ!」っていう瞬間は多々ありましたけど、「それでもここを乗り越えて、このアルバムを作れば伸びしろが生まれるな」っていう意識のほうが強かったですね。そういう意味ではいつもどおり、激励なしの叱咤のみで作らせてもらってます(笑)。

──その叱咤のおかげか、確かに新境地を開いた作品だと思います。そして、これまでのシングルとは明らかに肌合いの違うサウンドにファンはビックリするのかな、とも。

ああ、確かにスターチャイルドから出した3枚のシングルのイメージからすると「どうしてヘヴィメタルにいったの?」って思われる方も多かったとは思います。けど、そこは声優として誇りを持ってアーティスト活動をしている結果でもあるので。アーティストと呼ぶには、それこそヒヨッコもいいところなんですけど、アーティストさんたちに対して「ゼッテー負けねえよ」っていう点もあって。

──どういうポイントですか?

声優であり、アーティストである、というところですね。音楽をやらせていただくときの私の肩書きや表記は「アーティスト」や「声優」ではなくて「声優アーティスト」なんですよ。これまでのシングル3枚ってすべて自分の出演したアニメのタイアップをいただいているんですけど、タイアップ曲って自分名義の曲でもあるんだけど、自分だけの曲ではないじゃないですか。これは職業病なのかもしれないんですけど、そういうときって役者魂みたいなものが働いて。役者として出演しているから、音楽専門のアーティストさんよりも作品の世界観を深く理解できるはず。だから、自分のパーソナリティやエゴも見せつつ、私だから知っている作品の世界観も音に乗せてあげたいと思っているし、それは「声優アーティスト」じゃなきゃできないだろうと思ってるんです。だからシングル曲は、今回のアルバムの新録曲とはジャンルが違うかもしれないけど、これはこれで声優アーティスト・喜多村英梨の楽曲なんですよ。

ニューアルバム「RE;STORY」/ 2012年7月25日発売 スターチャイルド

収録曲
  1. re;story
  2. Veronica
  3. 足跡
  4. alive
  5. Baby Butterfly
  6. LOVE&HATE
  7. brand-new blood
  8. Be Starters!
  9. →↑
  10. Happy Girl
  11. My Singing
  12. Be A Diamond
喜多村英梨FIRST TOUR 2012 「RE;STORY」

2012年11月3日(土・祝)
愛知県 名古屋BOTTOM LINE
OPEN 17:00 / START 18:00

2012年11月4日(日)
大阪府 umeda AKASO
OPEN 16:00 / START 17:00

2012年11月11日(日)
神奈川県 横浜BLITZ
OPEN 17:00 / START 18:00

料金:5985円(ドリンク代別)
※3歳以上有料
一般発売:2012年10月7日(日)
オフィシャルHP先行予約:2012年9月9日(日)23:59まで

喜多村英梨(きたむらえり)

「キタエリ」の愛称で知られる声優・アーティスト。2003年に声優としての活動を開始し、出演作品は「フレッシュプリキュア!」「まよチキ!」「魔法少女まどか☆マギカ」「お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!! 」など多数。2011年からスターチャイルドレコードより3枚のシングルをリリース。2012年7月に1stアルバム「RE;STORY」を発表した。


2012年8月28日更新