ボーカリスト・堀込高樹
──今の体制になったことによる大きな変化として、高樹さんがメインボーカルになったというのもありますよね。その変化については、実際この8年間活動してみてどうでしたか?
自分が歌を歌うことに関しては、自分の中では自然だったのですが、リスナーは思った以上に違和感があったみたいですね。でも自分的にも、メインボーカルというスタンスで歌ってみると、それまで見えなかったことが見えてくるというか。やっぱりそれなりに大変なんだなというのと、自分の曲は楽器を弾きながら歌う曲じゃないなというのは改めて感じました(笑)。
──ボーカリストとしての自負みたいなものも芽生えましたか?
あまりそういう感覚はないかもしれない。ボーカリストというのは、ボーカルをすべての物事の中心として考えてると思うんですよね。自分の声が加工されることとか、やっぱり嫌がると思う。
──高樹さんはそういう感覚はあまりない?
ないですね。いい曲を作るためには、ときには歌をぞんざいに扱うことも必要だと思っているので。そういうことができるというのは、自分の音楽家としてのアイデンティティがボーカリストとは違うところにあるからだと思います。オートチューンとかボコーダーとか、ボーカリストの方は基本的にやりたがらないと思いますが、自分はあまり抵抗がないというか、むしろ楽しいという感じなので。
──その感覚の差はどういったところから来ると思いますか?
ボーカリストの方は「歌うのが楽しい」というところから始まっていると思うんですよ。でも自分の場合は、サウンドメイキングや作曲の過程で歌うことになったという感覚です。そのあたりの意識の差は大きいと思います。
──これからもメインボーカルという立場は続くわけですけど、そのことについてはどう考えてますか?
そのあたりはけっこう真剣に考えています。これから加齢で喉も衰えるでしょうし。だからいろんな年上のミュージシャンを見て研究してるんですよ。玉置浩二さんなんて、とんでもないですよね。まあ、あの方は筋金入りのボーカリストだからあまり比較対象にはならないかもしれないけど(笑)。でもそういう人もいるんだと思って、がんばろうかなという気持ちでいます。
──客観的に見て、自分の作品に対するボーカリスト・堀込高樹の評価は?
曲によっては合うし、合わないものに関しては誰かに歌ってもらったほうがいい、という感じですね。曲を作ってる段階で「ボーカルは女の人のほうがいいな」と思うときもあるわけですよ。「killer tune kills me」とか「fugitive」とか。「fugitive」は自分で歌ってもいいかもしれないけど、コトリンゴが歌うとこれまでとは違ったものが立ち上がってきた。作る過程で「自分が歌ったらいいだろうな」と思うものもあれば、「別の人が歌った方がいいな」と思うものもあるので、そこはこれからも柔軟にやっていきたいと思います。
──やはりそこの柔軟性は一般的なボーカリストとは少し違いますね。
ボーカリストだったら何がなんでも自分で歌うと思います。あとは曲によって歌い方を変えるとかね。そのへんはボーカリストのメンタルとは少し違うと思います。
──でも何かのきっかけで、歌手として今までとは違う評価を受けることもあり得ますよね。
あったらいいですけどね。TikTokで誰か流行らせてくれないかな(笑)。
みんなが予想もしないことをやりたかった
──今回はベストアルバムということで、今の体制になってからのアルバム4枚から4曲ずつセレクトされています。各アルバムにいろんなバリエーションの曲がある中で、4曲ずつ均等に選ぶとなったとき、どういった基準で選んでいったのでしょうか。
基本的にはシングルやアルバムのリード曲を収録して、あとはライブなどで評判のよかったものを選んでます。
──ちなみに高樹さんご自身で「この曲はうまくいったな」と思う曲はどれですか?
「『あの娘は誰?』とか言わせたい」は、アレンジも歌詞もミックスもうまくいったと思います。あとやっぱり「進水式」はこの体制で最初のアルバムの1曲目ということで、みんながんばって作った感じがする(笑)。気合いが入ってるというか。ミックスもいいと思います。
──この16曲を並べることで、ここまでの8年間のKIRINJIが高樹さんの中でどういうものとして浮かび上がってきましたか?
「がんばったなー」というのが第一印象です(笑)。聴き返すと「あそこはああすればよかった、こうすればよかった」というのがどうしても浮かんでしまって、なかなか客観的には見られないんですけどね。4枚の間にサウンドはけっこう変化しているので、おじさん中心に集まっているわりにはすごく新陳代謝がいいというか。基礎代謝が高い活動ができたなと思います(笑)。
──この体制を思い付いた段階で描いていた青写真と、実際に活動してきた8年間の姿にギャップはありますか?
もともとどうなるか全然想像できなかったんですよね。兄弟2人のグループが2つに分かれても、「どうせまたすぐくっ付くんだろ」と思われるでしょ(笑)。それに対して、ナメられたくないというか(笑)、みんなが予想もしないことをやりたかった。2人組の1人が辞めたのにグループ名が残るというのがまずないことだし、しかもそれが男女混合の6人組に変わるとなったら、これは誰もやったことないだろうなと。そういうアイデア先行で始めた感じでした。どうせ自分が曲を書くし、音楽的なことはあとから付いてくるからいいやと思って。だから一度もセッションしないままレコーディングに入ったし、なんなら先にアーティスト写真を撮りましたから(笑)。
──(笑)。でも確かに写真からは「これから何が起こるんだ?」というワクワク感が出てましたよね。
だから写真の中の自分はすごく不安そうな顔をしてると思う(笑)。どうなっちゃうんだろうみたいな。
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堀込高樹という作家のクセ