ボヤボヤしてられない時代になってしまった
──その歌詞も含めて、新作においてキーとなった曲はあったのでしょうか?
千ヶ崎 「killer tune kills me」と「Almond Eyes」が先に完成したことでサウンドの全体像が見えてきた気がします。
堀込 「killer tune kills me」でサウンドのレンジ感が決まって、それよりも線が細いサウンドが続くとアルバムとしてのバランスが悪くなるので、「killer tune kills me」を基準にして低域をファットに、中域に音が集まらないようにミックスで調整していきました。
──なるほど。ちょうど前作の「時間がない」に当たるのが「killer tune kills me」だったということですね。ダンサンブルな前半からチルな後半へと流れていくアルバムの曲順も、「愛をあるだけ、すべて」に通じると感じました。
堀込 やはり前作の気分が変わらないうちに新作を、という気持ちがあったので通じるところはあると思います。例えば前作の「AIの逃避行」は今の世の中の音楽的ムードに照らし合わせるとフィットしなくなっている。曲を書いているとそうしたことが起こり得るんですよね。次のアルバムに入れようと思っていた曲が、時間が少し経ってしまうと合わなくなってしまう。ボヤボヤしてられない時代になってしまった(笑)。2分くらいの曲をさっと作ってテンポよく出していくというのもありだと思いますが、KIRINJIがそれをやると手を抜いているように見られるかなって。
──アルバムの中にそうした曲があるとメリハリも生まれて風通しがよくなると思いますが。
堀込 「善人の反省」はそんなつもりで作り始めました。1分くらいのローファイヒップホップな感じにしようと思ったのですが、結局は4分のしっかりとした曲になった。
──でも、インタールード的な5曲目の「shed blood!」がその役割を果たしていますね。
堀込 フュージョンですね(笑)。
──そう、今日はそこについても聞きたかったんです。このアルトサックスの音色は今なかなかないな、と。
堀込 あれは勇気が要りました(笑)。最初は歌モノのつもりだったのでアルバムにはちょっと合わないなと思いましたが、イントロだけは気に入っていて。このイントロを展開させてVulfpeckとか、ああいうクロスオーバー感のあるものにしたら面白そうだと制作を進めていった。何かもうひと味、ひと癖欲しいなというときにサックスソロはどうかと考えたんです。最近、1980年代のフュージョン的なサックスって聴かないから、これを入れたら斬新かなと。ゲストの安藤(康平)さんも喜んでくれました。単管で呼ばれて、こんなに吹きまくったことはあまりなかったそうで。
──安藤さんが参加したのは2曲だけなんですけど、アルバム全体で吹いているような不思議な印象があるんですよね。
千ヶ崎 あのサックスは存在感がかなり出てますよね(笑)。1曲目の「『あの娘は誰?』とか言わせたい」でも吹いてもらっていますが、最近は歌モノの曲でソプラノサックスは聴かないですもんね。
堀込 夜感かな? 2管とか3管にしてしまうと、どうしても管楽器がアンサンブルの中心になってしまうんですよね。そうするとずいぶんサウンドの印象が変わりますが、生々しい感じや人間的な息遣いみたいなものを求めると単管が向いているとわかった。
バランスの重要性を改めて認識
──その夜感や、アーバン感は新作からにじみ出ていますが、現行のシティポップも夜感やアーバン感というキーワードがあります。でも、KIRINJIと現在進行系のシティポップとは異なるんですよね。
堀込 シティポップとして語られることもありますが、こんな感じで昔からやってきたので「そうなのかな?」という印象はあります。
──7曲目の「Pizza VS Hamburger」なんかはシティポップとは真逆というか、Underworldのような曲に仕上がっていて驚かされました。
堀込 The Chemical Brothersっぽくしてみようと思いました。でもサビがTalking Headsみたいだから、仮タイトルは「ケミカル・ヘッズ」だったんです(笑)。まずリフができて、これをどうしたらいいのかなと考えるうちにこうなりました。実は前作に入れようかと思っていましたが、最終的に入れなかったんです。だけど、サビが印象的だったのでどこかで使いたいと思っていて、四つ打ちにしてハネさせてみたらケミカルみたいになった。たまたまの産物で二度と作れないかもしれません。
──最後の「隣で寝てる人」はメロウな曲ですが、リズムがユニークですね。
堀込 生ドラムと打ち込みがわりとうまくなじんだというか、ぱっと聴くとトラップっぽく感じる変わった曲に仕上がりました。
──前作の「silver girl」はドレイクの「パッションフルーツ」からインスパイアされていましたし、アルバムもEDMやR&Bからの影響を感じさせましたが、このトラップっぽい「隣で寝てる人」をはじめ、「cherish」では高樹さんがここ数年で受けた影響や刺激をうまく自分の中で消化してKIRINJIのオリジナルとして聴かせていると思いました。
堀込 確かに今作では具体的にこの曲をモデルにしたというようなことはありません。例えば「休日の過ごし方」は生っぽい打ち込みドラムと生ベースを使っているんですが、その生っぽい打ち込みを普通にミックスしたら平凡な曲になってしまう。そういう、ちょっとしたさじ加減なんです。そこでサビのところでダッキングというミックスの手法を軽く用いてみたら、それだけでずいぶん印象が変わり、単にシンセが散りばめられたニューミュージックっぽいサウンドではなくて、独特で不思議な仕上がりになった。ちょっとしたことではあるのですが。もしかしたら昔のキリンジの曲も今、巷で聴かれている音楽と同じミックスバランスにして、あそこまでコード進行をマメに変えずにもう少しシンプルにしてみたら途端に新鮮に感じるかもしれない。そんなことも思いました。バランスの重要性を改めて認識した作品になりましたね。
──タイトルはすぐに決まったんですか?
堀込 わりとすぐ決まりました。「killer tune kills me」でYonYonが最後に書いたフレーズが“思い出の曲を大事にしたい”という意味の「I want to cherish my tune」だったのですが、「cherish」という単語をひさしぶりに聞いたら新鮮に感じて。いい響きだし、アルバムのタイトルにしたらよさそうだと考えていました。
──曲の最後をまとめる歌詞を引用したという点では、タイトルの付け方が「愛をあるだけ、すべて」と似ていると感じたのですが。
堀込 アルバムを作っているときって、曲調がバラバラでもそれぞれの曲に共通するムードがあるんです。それならアルバムタイトルを考えるときは曲タイトルか歌詞から引用するのがいいのかなと前作で気付きました。
千ヶ崎 「寝たい時に寝よう」(9曲目「隣で寝てる人」)、「喰いたいだけ喰おう」(7曲目「Pizza VS Hamburger」)(笑)。
堀込 (笑)。まあ、「アルバム『雑務』」というわけにもいかないけれど(笑)。しばらくこの手法で行こうかと思っています。
ライブ情報
- KIRINJI TOUR 2020
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- 2020年2月28日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
- 2020年3月5日(木)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2020年3月7日(土)福岡県 イムズホール
- 2020年3月13日(金)宮城県 darwin
- 2020年3月18日(水)大阪府 Zepp Namba
- 2020年3月20日(金・祝)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2020年3月24日(火)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2020年3月25日(水)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2020年3月28日(土)沖縄県 桜坂セントラル