奇妙礼太郎が約3年ぶりとなる新作にしてビクター移籍第1弾作品となる「ハミングバード」をリリースした。全6曲で構築されたこのミニアルバムは、早瀬直久(ベベチオ)が全曲のソングライティングとプロデュースを手がけている。早瀬が思う奇妙礼太郎という歌うたいのスタンダードを色とりどりのメロディとリリックとサウンドで描き、託したような印象を覚える作品だ。そして、奇妙はどこまでも自由闊達な歌唱をもって、ときにユーモラスに、ときにエモーショナルに、ときにセンチメンタルに早瀬から受け取った歌を体現している。このインタビューで奇妙は、フレッシュな普遍性に満ちた本作が完成するまでの軌跡や自身に起こった心境の変化などを語ってくれた。
取材・文 / 三宅正一 撮影 / 清水純一
1人でやることにあまり魅力を感じない
──奇妙さん、ここ数年はフリーで活動していましたよね。
はい。2年くらいですかね。1人になって最初の1年は前の事務所の人が入れてくれた仕事を消化していく感じやったんですけど。2年目の去年にコロナ禍になってしまって。
──フリーになったのはマイペースに活動したいという思いからだったんですか?
事務所に所属するのが嫌とか、そういうことはなかったんですけど、仕事のことを自分で考えたりする余地がもうちょっとあってもいいかなと思ったというか。でも、実際は1人で何かできるわけじゃなくて、いろんな人に助けてもらいながら、気が付いたら1年くらいあっという間に経ってました。1人でやっていくことには限界があるんやなと思いましたね。コロナ禍になってもわりと呑気に過ごしていたんですけど、呑気な感じにも飽きてきて。で、去年の秋くらいに今の事務所の社長に「一緒に仕事したいんですけど、どうですか?」って連絡したんです。「ちょっと助けてー」って(笑)。
──今作を聴いて改めて思ったのが、いろんな人の愛情によって奇妙礼太郎という歌うたいが形作られているということで。活動のあり方としても、音楽的にも好きな人たちと交わることが奇妙さんにとって何よりの醍醐味なのかなと。
そうですね。自分でトラックを作ったり歌詞を書いたりすることをすごく楽しめる人間やったら、たぶんもっと自分で曲を作ってると思うんですけど。今まではあんまり手が動かなかったし、そこに気持ちがいかなかったので、人から受け取った曲を楽しく歌ってきて。でも、今後はもうちょっと自分で曲を作ることもやっていこうかなと思ってます。今は朝起きて曲を思い付いたらスマホに録音して、それを事務所の人に送って褒めてもらうということをやっていて(笑)。自分が思ったより1.8倍くらい褒めてくれるので、それが楽しいんですよね。
──それも身近に聴いてくれる人がいるということが大きいのかなと。
そうですね。いろんなことにおいて、1人でやることにあまり魅力を感じないのかもしれないですね。
最近はずっと楽しいんですよ
──でも、曲作りが得意ではないというのがずっと意外でもあって。たとえばライブで即興的にメロディと言葉を繰り出す奇妙さんを見ていると、普段も湯水の如く歌が湧いてるんじゃないかと思うんですけどね。
やっぱりそれも目の前にお客さんがいるから出てくるんだと思いますね。その場の状況とか、ステージに一緒に立ってる人からもらうもので言葉やメロディが出てくるけど、1人で曲を作ってるとそんなに出てこない。でも、今は前よりも自分の気持ちがラクになってるというか。前はちょっと強迫観念のようなものがあったんです。「こうじゃないとダメ」「こういうふうに生きないとダメ」みたいなことを自分に課していたんですけど、それがなくなって。今は「あんなふうに思ってたのはなんやったんやろう?」って思います。妙に怒ってたなあって。最近はずっと楽しいんですよ。
──でも、強迫観念という言葉が奇妙さんから出てきたのもまた意外だなと思います。
うーん……なんか、「40歳くらいまでにこれくらい売れときたい」とか、そういうのがあったんですよね。でも、なかなかうまいこといかんなあと思ってたし、そういう強迫観念みたいなもののせいで周りの人にもよくない影響を与えてたんじゃないかと思うんですよね。僕はずっとこういう仕事をどういうふうにやったらいいかあんまりわかってなくて。歌を歌うことはできるけど、それ以外のことは何も知らないし、得意なわけでもないし、求められてもいない。今、いろんなアーティストがいて、素晴らしいなと思う人もすごくたくさんいるんですけど、だいたいみんなちゃんと1人でパソコンを使って音楽制作できてますよね。パソコンって僕からしたら魔法みたいな感じで。(DTMでの曲作りを)自分もやってみようと思って3回くらいMacBookを買ったんですけど、ようわからんなと思って、だんだんNetflixを観るだけのものになっちゃって(笑)。3回買って3回誰かにあげちゃったので、MacBookはもう絶対に買わないです(笑)。今はiPadのアプリを使いながら少し曲を作ったりしていて。そういうのも今は楽しいんですよね。
全然違う自分を見せてもらえる
──前作「More Music」(2018年9月発売)は吉田省念さんと田渕徹さんが「奇妙礼太郎にこういう歌を歌ってほしい」という思いを込めた楽曲を提供し、奇妙さん自身もバリエーション豊かなサウンドの上でさまざまなアプローチの歌唱を謳歌した作品だったと思います。そして、今作もまたプロデューサーの早瀬直久さんが「俺が思う奇妙礼太郎のスタンダード」をイメージしたような楽曲が並んでるなと思いました。
やっぱり今回は早瀬くんの作る曲を歌うことがすごく楽しくて。早瀬くんが作るメロディや言葉は自分からは出てこないので、全然違う自分を見せてもらえるような感覚があって。それがすごく新鮮やったし、うれしかったですね。そこに自分が歌う歌があるということが。
──早瀬さんとは以前から交流があったんですか?
けっこう前から面識自体はあったんですけど、仲よくなったのは2018年くらいからですね。その頃からたまに2人でライブをするようになって。そのとき(活動を)手伝ってくれていた人が、「2人でライブしてるところが観たい」と言ってくれて、何度かイベントを企画してくれたんですね。その流れで早瀬くんと仲よくなったんですけど、今度はその人から「一緒に作品を作ってほしい」と言われて。それで、去年の春くらいから制作が始まったという流れですね。去年の8月中にはレコーディングは終わってました。でも、曲を録り始めた頃の僕は事務所にも入ってなかったし、ビクターからリリースするとも思ってなくて。「曲を録ったけど、これどうしよう?」って思ったときに今の事務所の社長の顔が浮かんで連絡したんです。
──奇妙さんは早瀬さんが作る曲に対して先ほど「自分からは出てこない」って言ってましたけど、メロディも歌詞のワードもすごくナチュラルにフィットしてると思いました。
そうですか? 自分では全然思い付かないです。早瀬くんはすごく面白い人なんですよ。それでいて、いい加減に物事を進めたりすることは絶対になくて。そういうところもすごいなと思います。一緒に制作しながら、「やりたいことがバッチリ決まってるんやなあ」と思って。頼りになるなあって。
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