音楽ナタリー Power Push - きくおはな
きくお×花たんが描く“壊れたおとぎ話”
細かく聞くと歌に迷いが出る
──レコーディングの段階で、花たんさんとはどこまで楽曲のストーリーを共有しているんですか?
きくお 基本的には曲と歌詞を渡すだけでしたね。「あとは花たんの解釈で歌ってください」という形にしています。
花たん もちろん「どうやって歌ったほうがいいですか?」とか、質問することもありました。
きくお 一応答えてるんですが、たぶんまともな答え方はできてなかったかな(笑)。例えば「デザート・シアター」っていう曲では「どういうストーリーですか?」って聞かれたんですけど、僕は絵を描いて曲の雰囲気を伝えて……(そのとき描いた絵を見せる)。
──描かれているのは劇場ですよね。真ん中の人物がスポットライトを浴びている。
きくお そうです。スポットライトで一人孤独に、みたいな意味なんですけど、花たんは絵を見ただけで「なるほど、わかりました」って。
──おおよそのイメージだけで大丈夫なんですね。
花たん そうですね。細かく聞いてしまうと、歌に迷いが出てしまうこともあって。だからアバウトで大丈夫なんです。
きくお それならよかった(笑)。
花たん 1回だけ、きくおさんに「こうやって歌ってほしい」と言われたことがあったんです。「夜行性」って曲では男の子と女の子のイメージで歌い分けをしていたんですけど、きくおさんに「男の子の部分はもっと弱々しく歌ってほしい」と指摘されて。
きくお でも10曲歌ってもらって、僕が口を挟んだのはそこだけでしたね。
──その部分以外の解釈はすべて合っていたんですね。
きくお そうですね。思い通りというか、花たんの解釈で間違いないという感覚でした。
ひたすら“熱”が欲しかった
──今作のジャケットイラストは、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の異空間のデザインなどで知られる劇団イヌカレーの泥犬さんが担当しています。これもきくおさんの提案だったんですか?
きくお はい。このアルバムのジャケットをお願いするならイヌカレーさんしかないなと思っていたんです。イヌカレーさんは、「まどマギ」で描かれているような華やかな世界とおどろおどろしい感じを同居させることができる表現者なので、今回のアルバムのコンセプトに合致しているなと思って。ジャケットをお願いするに当たって、あまり具体的なオーダーはしなかったんですけど、見事にアルバムの世界観を表現していただきました。よく見ないと気が付かないんですけど、実はこのアートワークって、僕や花たんのこれまでの作品のビジュアルのコラージュなんですよ。
花たん 「Flower Rail」のイラストも使われているんです。
きくお 僕が以前出したアルバムのアートワークに描かれていた顔が使われていて、お皿の上に並べられていて。残酷ですよね(笑)。何気なく描かれている丸とか線とか、細かいものに至るまで全部コラージュなんですよ。知ってる人が見れば「この部分はあの作品のイラストだ」って気が付く仕掛けがたくさんあるんです。
──さらにアルバムには絵本が付属して、その文章はきくおさんが書いているんですよね?
きくお そうなんです。僕がいつも動画をアップロードする際に絵を付けてもらってるsi-kuさんに挿絵を描いてもらって。このアルバムでは1曲ごとに細かい設定を作っていて、曲という形ではなくても物語を描けると思ったんです。そんなに長くなり過ぎず、かつ心に残るわかりやすいものっていうと、やっぱり絵本かなと思いまして。レーベルの方にお願いしたんですよ「絵本じゃないとダメなんです。CDの値段を上げましょう!」って(笑)。
──楽曲はもちろんパッケージに至るまで、きくおさんのこだわりが形になった作品だということがよくわかりました。
きくお 無理を言った部分もあると思いますが、こうやって形になって本当にうれしいですね。
花たん 私は「自分がこうしたい」って思うことを人に伝えたりすることがすごく苦手なタイプなんですけど、今回はそういう部分を全部きくおさんが担って、言葉にして形にしてくれて。学ぶべきことも多かったですし、私自身素晴らしいものが作れたなっていう実感があります。
きくお アルバムを作っているときは、ひたすら“熱”が欲しかったんですよね。「このアルバムに、この場所に、ものすごい熱が込められているんだぞ」っていうのを伝えたくて。西島さんやイヌカレーさんに協力いただいて、いろんな方の熱が込められた作品に仕上がったと思います。
次に続く意思がしっかりある
──今回のアルバムのタイトルは「第一幕」なので、当然今後に続いていくと考えていいんですよね?
きくお それはもちろん。今はまだ1作目ができたばかりですから細かいことは全然決まってないんですけど、今後も続けていく意思だけはしっかりあります。
──それにしても「第一幕」をアルバムタイトルにしてしまうのは勇気の必要なことだと思うんです。「反響があったから次を作ります」ではなく、最初から続くことが前提で作品を発表するわけですから。
花たん でもタイトルを決めるときは、意外とすんなり決まったんですよ。
きくお もしかしたらタイトルを決める段階で、みんなも感じていたのかもしれないですね。「この作品はこれからも続いていくんだな」ってことを。
──花たんさんは昨年自身の名義を「YURiCa/花たん」に変えたり、ワンマンライブを2度開催したり、いろいろと新たなことに挑戦した1年だったと思います。新年明けた1発目が新ユニット「きくおはな」としての活動ということで、いい意味で先が読めない展開になったなと感じました。
花たん 今はいろんなことをやっていきたいという思いが高まっているんです。YURiCa/花たんとしても、きくおはなとしても充実させたいですし、ちょっとずつ自分でも曲を作ってアルバムに入れたいっていう思いも強まってますし。それにライブも、東京だけじゃなくて各地を回るツアーをやってみたいなって。1つひとつ叶えていったらすぐ今年が終わっちゃいそう(笑)。
──いろいろな花たんさんの側面を見ることができる1年になりそうですね。
花たん はい。そうしたいですね。YURiCa/花たん名義のアルバムでの私と、きくおはなでの私は全然違うので、どちらも楽しんでいただければと思います。
- 1stアルバム「第一幕」/ 2016年3月30日発売 / Subcul-rise Record / 3024円 / SCGA-00045
- 「第一幕」
- Amazon限定盤(ボカロver.CD付)
- 通常盤
CD収録曲
- 第一幕 開演(Interlude)
- デザート・シアター
- 光よ
- 朝さん夜さん
- オオカミ男
- 紙人形
- 幕間 ~誘いの旋律~(Interlude)
- うらみのワルツ
- のぼれ!すすめ!高い塔
- ながいきの神様
- セカセカ劇場
- 夜行性
Amazon限定特典ボカロver.CD収録曲
- のぼれ!すすめ!高い塔
- 光よ
- 紙人形
きくお
サウンドクリエイター。動画共有サイトにVOCALOIDの楽曲を投稿するなどボカロPとしても知られている。2010年に自身のインスト曲を集めたアルバム「夢の鐘」を発表。また2011年にはVOCALOIDを使用した楽曲で構成されたアルバム「きくおミク」をリリースしている。2014年には、映画「5つ数えれば君の夢」の主題歌として、東京女子流に「月の気まぐれ」を提供した。
YURiCa/花たん(ユリカ/ハナタン)
ニコニコ動画やYouTubeなどの動画共有サイトを中心に活動する女性シンガー。2008年2月に「ハジメテノオト」の歌唱動画を初投稿した。2009年4月に投稿した「ロミオとシンデレラ」が“歌ってみた”カテゴリでランキング1位を獲得し、その知名度を一気に広める。2011年6月には1stアルバム「FLOWER DROPS」をリリース。アルバム収録曲「笹舟」は、TBSのバラエティ番組「教科書にのせたい!」のエンディングテーマとしてオンエアされた。2013年にはボカロ曲のカバーを集めたアルバム「FLOWER」を発表している。2015年8月に初のワンマンライブ「『Flower Rail』YURiCa/花たん ShowCase Live」を開催。同年10月にアルバム「Flower Rail」をリリースした。