2人で本屋に行ったアヴちゃんとRYUHEI
蔦谷 歌録り前のアヴちゃんの声出しのルーティンを間近で見たとき、アヴちゃんがあんなに強いパフォーマンスができる理由が詰まっているなと思った。アヴちゃんは衝動やエネルギーがとても強い人なのはもちろんだけど、実は基礎をすごく大事にしている人なんですよね。やっぱり、感覚だけで長くはやれないと思うんですよ。どれだけいいエンジンを積んでいても、それを支えることのできるボディがないと無理が出るし。食べ物の話もしたけど、とても気を付けているんだなと思いました。めちゃくちゃプロフェッショナルだなと。
アヴちゃん 私は、誰かの“おまじない”を作らないといけない仕事をやっていると思うんです。今、蔦谷さんが私に向けて言ってくださった言葉も、誰かにとってのおまじないになる可能性がある。だからこそ律することや、やらなきゃいけないことはたくさんあって。もちろんそれで苦しむこともあるんですけどね。それでも作家として失ってはいけないと思うのは、思いを言語化することや、「情熱を手放さないぞ」という意識。それは絶対に持ってないといけないと思っていて。作家でも、私は三島由紀夫やゲーテのように筆致がずっと徹底的な人が好きだから。太宰治やニーチェのような「弱虫だっていいじゃん!」みたいな人も素敵なんですけど……。
蔦谷 最初の打ち合わせでもそういう話をしましたよね。急にアヴちゃんが「好きな作家は誰ですか?」と聞いてきたんですよ。僕は「作家じゃないけどニーチェが好きです」と言ったら、「じゃあ、(村上)春樹派? 龍派?」みたいな話になって(笑)。結果的にアヴちゃんとRYUHEIくん、2人で本屋に行ってましたもんね。
アヴちゃん 一緒に曲を作るなんて、何かを飛び越えた仲よくなり方なんですよ。それなら好きな作家を言い合うくらいのコミュニケーションがしたいなと思って。RYUHEIさんに「本、読みますか?」と聞いたら「あんまりです」って言うから、「じゃあ、読みなよ! 本ってヤバいからね!」って、お互いにオススメの本を買いました。RYUHEI様、蔦谷様、アヴちゃん様と呼び合うような伺い合いにはしたくなかったんです。今回、クリエイションとしてまずは蔦谷さんが曲を作ってくださって、私が歌詞を書いて、という流れがありましたけど、それを「歌うまい。ビジュアル強い。演技できた。よかったね」ということで終わらせずに、ちゃんと掛け算にしていきたいという気持ちが強かった。この曲がどう受け止められるかは計り知れないけれど、誰かのおまじないになるものを作れた実感はあります。あと、最初に打ち合わせをしたとき、蔦谷さんはご自身が音楽を始めたきっかけについて話してくださったじゃないですか。あれが私としてはとてもうれしくて。小学生の頃、音楽の授業中に「先生のピアノも間違っているし、ハーモニーも間違っている。それに気付いているのは俺だけなんだ」という環境にいて、それを「間違っている」と指摘すれば仲間外れにされるけど、そのままだと美しいものにならない。そのときに感じた憤りが初期衝動であり、熱源なんだという話を蔦谷さんがしてくださったんですよね。8、9年前にお会いして少ししゃべったときは、心の往来はできてなかったと思うんです。
蔦谷 そうだね。
アヴちゃん でも、あれから時間が経って、私の歌詞を読んで、その話を第一声でしてくださったことがすごくうれしかった。
「俺のことを歌っているな」と思った歌詞
蔦谷 アヴちゃんとRYUHEIくんにはそのとき言ったけど、歌詞が届いたときに「俺のことを歌っているな」と思ったんです。「素直になれない 今更ダサいから『なんとなく』は正解 それに傷つくいくじなし」という部分とかね。「これ、ここ数年の俺のことを歌っているな」と思った。今アヴちゃんが言ってくれた小2の頃の自分はすごく純粋に音楽を信じていて、「自分が信じるものこそが正しいし美しいしカッコいいものであって、みんなが間違っているのに、そのまま進んでしまっている」という感覚があったんです。「自分は異常に見られるけど、正しいことを言っているんだ」という感覚。その感覚が、ポップミュージックのプロデューサーとして二十何年やってきた結果、薄まってしまった部分も確実にあるんです。かつての自分が「間違っている」と思っていた側に寄せにいった瞬間が絶対にあって……本当に「いくじなし」のような感じだった。だから、この曲だけは絶対にそういう曲にはしたくないと思って、時限爆弾を作るような気持ちで作っています。今はミックスの段階だけど(取材は7月上旬に実施)、まだ音を入れ替えたりしてずっと直し続けているのはそういうこと。衝動を増幅させるためにやっている。アヴちゃんは、僕の拙い説明と音から汲み取ってくれて、こんなに素晴らしい歌詞を書いてくれた。この歌詞が来たとき、とてもうれしかったです。
RYUHEI 最初の打ち合わせの時点で、「人の底の部分を書きたいよね」という話をみんなでしましたよね。人の底の部分には、誰にも譲れないものや、言葉に表せないような感情、その人の人生で一番嫌だったこと、ずっと誰にも言えなかったこと……人に見せることのできないものがたくさんあると思う。そういうものを、この曲やMVで表したいって。
アヴちゃん きっとRYUHEIさんと私とがいて、KERENMIというプロジェクトで、蔦谷さんが今まで作られてきたものを考えれば、「アダルト」というタイトルから想像されるのって、キャッチーで、ちょっぴりエッチで、ちょっと背伸びするような感じの曲だと思うんです。でも、実際はそうじゃない。この曲は「人生」を目の前にドカンッと差し出すようなものだし、食らってほしいなと思う。ミュージックビデオの内容も私から提案させてもらったんですけど、RYUHEIさんはコンビニの店員役なんです。で、蔦谷さんは店長役。めっちゃアガるでしょう?(笑)
──(笑)。
アヴちゃん で、私はボロボロの客。現実離れしたいけど、この世で生きている限り完璧な現実からの脱却はそう簡単にはできない。それ相応のリスクを本当の意味で払わないと、奇跡は起こらない。「そういったことを伝えられるMVにしたい」と話したら、それをしっかりと深く広げてくださって。KERENMIという、ほかの人のお名前の仕事に対して、私は本来借りてきた猫みたいにすべきタイミングだったのかもしれないけれど、そうじゃなく、本当に懐深く受け入れてくださったなと思います。皆さんと本当のセッションができたなと思う。それが強烈な自信になりました。ずっと私は同じことを手作り感強めでやってきたけれど、今、このスターダムで同じように手作りでやってきた人たちと奇跡的に出会ってきていて。その人たちはトラウマや憤り、プライドをちゃんと持っていて、掛け算ができた。「そりゃあ、エグいものができるよね」と思う。
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「この人、めっちゃ怒ってるじゃん」