「思わず歌いたくなるってこういうことなのか」
──「ふぞろい」は男の子と女の子の微妙な恋愛関係を描いた歌詞も印象的でした。
蔦谷 歌詞のテーマは明確だったんですけど、僕にはお二人のような作詞の才能がないので、タカノシンヤという作詞家と一緒に書きました。めちゃくちゃ細かく指示したから、「自分で書けよ」と思われてたかもしれないけど(笑)。
Tani・ひとみ はははは(笑)。
蔦谷 「ふぞろい」の歌詞に出てくる女の子は、彼氏に何股もかけられていることに気付いていながら、そんなに深刻に思っていなくて、そんな自分もちょっと好きで……みたいな感じですね。
ひとみ 歌詞を読んだとき、びっくりしました。さっきTaniくんが言っていたように、前半のパートは同じようなフレーズが並んでいて。「私だったら2、3行で次の展開に持っていっちゃうだろうな」と思ったし、すごく新鮮でしたね。
蔦谷 ひとみさんは、普通だったら何行かかかるような内容を印象的な言葉で短く表現できますからね。「ふぞろい」の冒頭のパートは、同じことばかり考えてしまう女の子の気持ちを表現していて。独り言みたいな感じですね。
ひとみ メロディや歌い方もそうですけど、歌詞にも新しい発見がありました。「ここまでやっちゃっていいんだな」と固定観念を取っ払ってもらったというか。
Tani わかります。冒頭の「誰も知らない 知られちゃいけない」はすごく耳に残るし、このパートは動画としていろいろなシーンで使われそうだなと。あと、僕が歌わせてもらってる「明らか あからさま?」の韻の踏み方も好きですね。僕も自分の曲で韻を踏むことはありますけど、「ふぞろい」の歌詞は「そこで?」というところで韻を踏むんです。韻によってリズムが変化するし、「こういうやり方もあるんだな」と。
蔦谷 そこもめちゃくちゃこだわってましたね。脚韻だけではなくて、リズムやメロディの動きによって同じ音の言葉を当てているので。90年代後半、00年代初頭のR&Bでよく使われていた手法ですけど、ストーリーと合致させつつ、歌ったときに気持ちいい母音を組み合わせたかったんです。もともと日本の音楽は韻が乗せづらいんですよ。そもそもメロディが強いし、別に韻を踏む必要がない場合が多いので。
──英語と日本語では言葉の響きも全然違いますからね。
蔦谷 洋楽は韻を踏むのが基本なんです。例えばシェイクスピアの作品を読んでみても、めちゃくちゃきれいに韻を踏んでるし、そうしないと詩が成立しないんですよね。俳句の五七五と同じで、それがルールになっているので。「ふぞろい」の2番のバースはしっかり韻を踏まないと成立しないフレーズなんですよ。ラップにかなり近いんだけど、ヒップホップの歴史を踏まえつつ、引用させてもらっています。
Tani なるほど。自分は作詞作曲だけじゃなくて、アレンジまでやりたい気持ちが強くて。KERENMIに参加させてもらって、アレンジやレコーディングのディレクションなど、アーティストを支える側としても学ぶことが多かったんですよね。それを糧にしたいし、こういう機会を与えてもらえたのは本当にありがたかったです。
蔦谷 よかった。そう言ってもらえるとうれしいです。
Tani もちろんまだまだだし、いろいろ勉強しなくちゃいけないことも多いんですけど、「ここを目指したい」という目標があるのとないのとでは、全然違うので。
ひとみ 私もいろんなことを吸収させてもらいました。さっき言ってたTaniくんのパート、私もつい歌っちゃうんですよ(笑)。「思わず歌いたくなるってこういうことなのか」と体感できたというか。自分のバンド以外のレコーディング現場も新鮮でした。あたらよでは私がメンバーに指示することが多いんですけど、蔦谷さんにディレクションしてもらえたのもすごく刺激的で。最初は緊張してましたけど、蔦谷さん、優しい方でした。
蔦谷 よかった(笑)。
いい曲だったら誰にでもチャンスがあるのがSNS
──蔦谷さんご自身はどうですか? KERENMIを通して自分の作家性を表現することの意義、下の世代のアーティストから受ける刺激もかなりあると思うのですが。
蔦谷 そうですね。まず、自分の作家性はすごく出ていると思います。アーティストサイドからオファーを受けてから曲を制作することも向いているというか、得意なほうだとは思うんですが、そうじゃないところで湧き出てくるメロディや曲もあって。KERENMIはそれを出せる場所なんですよね。若いアーティストと一緒にやれるのも楽しいです。Taniさん、ひとみさんのように今の最前線を走っている方は、ご自身のスピード感や見えてる景色がまったく違うんだろうなと思っていて。今回一緒にやらせてもらって、フレッシュさや勢いを感じたし、お二人の歌声や佇まいによって曲がさらに華やかになって。当然ですけど、僕だけで作っていたらこういう曲にはならなかったと思います。
──今の20代、才能がひしめいてますよね。
蔦谷 それもあるし、やはりサブスクやSNSの浸透も大きいでしょうね。TikTokのバズり方を見ても明らかに新しいマナーが生まれてるじゃないですか。広瀬香美さんと、まったく名前を知らない子の曲が並んでたり(笑)。それはつまり、知名度とは関係なく、いい曲だったらチャンスがあるということなんですよ。
Tani 確かに。
蔦谷 海外でシティポップが流行っているのも、YouTubeのアルゴリズムによる偶発的な要素もあると思うし、この時代ならではの現象ですよね。そういうことを考えると、最初にも言ったように、自分の中にあるものを素直に表現したほうがいいんじゃないかなと。
──なるほど。Taniさん、ひとみさんは制作において、SNSでのウケをどれくらい意識していますか?
Tani 考えたことはありますけど、まずは自分がやりたいこと、いいと感じることをやるべきだなと思ってます。言葉を選ばず言えば、SNSのユーザーに媚びて作ったことはないですね。
ひとみ 私も基本的に自分が歌いたいことを歌ってますね。「こういうジャンルの曲を作ってみたい」というのはありますけど、誰かのために作ることはないです。
蔦谷 うん、それでいいと思います。
サウンドは時代によってアップデートさせたい
──KERENMIの今後の動きも楽しみです。制作は続いているんですか?
蔦谷 曲は常に作ってますね。曲だけがどんどん増えて、どうしよう?という感じになってます(笑)。制作から時間が経って、「今は気分が違うな」とお蔵入りにすることもあって。メロディ自体はどんな時代でも通用すると思うんですけど、サウンドは時代によってアップデートさせたいんですよね。そういえば、YUKIさんの「JOY」(2005年リリース)と同じ時期に作った曲があるんですよ。すごく気に入ってるから、この一連の流れでリリースしたいと思っていて。曲を書いたのは2003年くらいだから、もう20年近く前なんですけど。
ひとみ ちなみに曲作りは、何から手を付けることが多いですか?
蔦谷 曲によって違いますね。メロディや歌詞が浮かんで、そこから組み立てることもあるし。あと、夢の中で作ることもけっこうあります(笑)。
Tani え、本当ですか?
蔦谷 寝てるときにフレーズが浮かんで、ボイスレコーダーに録音したり。起きてから聴き直してみると、「どこが頭かわかんないな」ということもあるけど(笑)、それをもとにして曲を作ることは実際にありますね。
Tani すごい。その経験はないですね。
蔦谷 散歩してるときやシャワーを浴びてるときに思い付くこともあるよ。逆に鍵盤に向かって作ろうとすると、なかなかうまくいかないこともあって。
ひとみ 私も「さあ、やろう」という感じで始めると苦戦することが多いです。
蔦谷 そうだよね。KERENMIはトラック先行の曲もあるんだけど、ビートから作るときはまた違うんですよ。いろんな曲を浴びまくって、「こういうやり方もあるか」とか「この曲のビートの感じでスネアの音色を変えたらどうだろう?」と頭の中で組み立ててから、パソコンやサンプラーで作るという。「ジェイコブ・コリアーみたいなモーダルインターチェンジを使ってみよう」とか、いろいろな音楽的欲求があるんですけど、「ポップに仕上げる」というのは常に意識しています。
Tani メロディやコード進行って、どうしても自分の癖が出るじゃないですか。「このパターンは前もやったな」と行き詰まることがけっこうあるんですよ。
蔦谷 好きな音楽の幅が狭いと手癖も狭まると思うんですよ。そんなに好みじゃない曲でも、聴いてみると「なるほど、ここがいいのか」と気付くこともあるし、いろんな曲を研究するといいかも。
Tani なるほど。今まさに壁にぶつかってるので(笑)、やってみます。
蔦谷 手癖も大事なんだけどね。自分では飽きてるかもしれないけど、Taniくんのファンの皆さんは、Taniくんらしいメロディを待ってるはずなので。自分らしさや癖と向き合いつつ、新しいスキルだったり、次にやりたいことを見つけていけば、長く続けられるんじゃないかな。
ひとみ なるほど。勉強になります。
蔦谷 今の話、ちょっと上からになっちゃったかな(笑)。
Tani いえいえ(笑)。ありがとうございます。
プロフィール
蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)
1976年生まれ、北海道出身。agehasprings所属の作曲家 / 音楽プロデューサー。YUKI、ゆず、エレファントカシマシ、米津玄師、Chara、JUJU、絢香、back number、Official髭男dismなど数多くのアーティストのプロデュースを担当するほか、映画やCM音楽なども幅広く手がけている。また2018年には自身の変名プロジェクトであるKERENMI(ケレンミ)を始動。Official髭男dismの藤原聡を迎えたコラボ曲や、テレビ東京系ドラマ「電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-」の劇伴や主題歌を発表するなど、ビートメイカーとしても活躍している。
KERENMI (@KERENMIII) | Twitter
蔦谷好位置 Profile | agehasprings Officiel Web Site
蔦谷好位置 Koichi Tsutaya (@KoichiTsutaya) | Twitter
Tani Yuuki(タニユウキ)
1998年11月9日生まれ、神奈川県・茅ヶ崎市出身。デジタルネイティブ世代が注目する23歳のシンガーソングライター。TikTokやYouTubeを中心に2015年8月から活動をスタートさせる。作詞、作曲、編曲、サウンドメイクを自身で行ない、ギターのみならずピアノも弾く。2020年5月に発表した「Myra」がティーンから多くの支持を集め、ストリーミング再生数が累計1億回を突破。5thシングル「W/X/Y」はリリース半年後にSNSでブレイクし、Apple Music、Spotify、LINE MUSICといったサブスクのチャート首位を獲得する大ヒットとなり、「Myra」に続きストリーミング再生数累計1億回超えを記録する。
Tani Yuuki (@yu___09___11) | Twitter
ひとみ
“悲しみをたべて育つバンド”をコンセプトを掲げる4人組バンド・あたらよのボーカル / ギター。2020年11月にあたらよとしてYouTubeへの楽曲を投稿し始め活動を開始する。初のオリジナル曲「10月無口な君を忘れる」は、ひとみのエモーショナルな歌声と、恋人たちの別れの場面を切り取った歌詞がリスナーの共感を呼び、2022年7月現在YouTubeでの再生回数は3600万回を突破。2021年3月に本楽曲が配信リリースされると、LINE MUSIC、Spotify、TikTok、AWAなどで1位を獲得した。同年10月には「10月無口な君を忘れる」を含む7曲入りの音源集「夜明け前」を配信リリース。翌2022年には3月に1stアルバム「極夜において月は語らず」を発表し、5月に最新曲「青を掬う」を配信リリースした。