YUKI、ゆず、米津玄師、back number、Official髭男dismなど数多くのアーティストの楽曲を手がける音楽プロデューサー蔦谷好位置のソロプロジェクト・KERENMI(ケレンミ)から新曲「ふぞろい feat. Tani Yuuki & ひとみ from あたらよ」が届けられた。「Myra」「W/X/Y」がヒット中のTani Yuuki、「10月無口な君を忘れる」で注目を浴びたバンド・あたらよのボーカリストであるひとみをフィーチャーした本作は、先鋭的なトラックと歌謡曲テイストのメロディが共存する楽曲。Taniとひとみの表情豊かなボーカルもきわめて魅力的だ。本作のリリースを記念して、音楽ナタリーでは蔦谷、Tani、ひとみの鼎談を企画。「ふぞろい feat. Tani Yuuki & ひとみ from あたらよ」の話を中心に、3者の音楽観、制作に対するこだわりなどについて聞いた。
取材 / 森朋之撮影 / 山崎玲士
「ふぞろい」は2人の歌声に触発されてできた作品
──KERENMIは2020年に始動した蔦谷さんのソロプロジェクトです。そもそも蔦谷さんが自身のプロジェクトを立ち上げたのはどうしてですか?
蔦谷好位置 だいぶさかのぼって話すと、高校生くらいの頃からソロアルバムを作りたいと思っていたんですよ。当時リリースされたTOWA TEIさん、大沢伸一さんといったプロデューサーの方々のアルバムがすごくカッコよくて、「自分もやってみたい」と。その後、バンド活動を経てプロデューサーとして活動を始めて。裏方というか、アーティストの皆さんを支える仕事ももちろん好きなんですが、それとは別のところで「この人にこんな歌を歌ってもらったら新しいものができるんじゃないか?」と思うようになって、それがKERENMIにつながりました。あとは2010年代の中頃にアメリカで観たグラミー賞の影響も大きいですね。今はそんなことないんですが、当時は日本と海外の差が歴然としていて、勝手に憤りを覚えていたんですよ。「これはなんとかしなくちゃいけない」と感じていて。プロジェクトを立ち上げた当初は「海外のプロデューサーに負けないものを」という気持ちもあったんですが、今はそういう仮想敵はいなくて、自分がカッコいいと思う曲を楽しく作っています。
──なるほど。Taniさん、ひとみさんは、蔦谷さんに対してどんな印象をお持ちでした?
Tani Yuuki もちろん曲は聴かせていただいていました。とにかくすごいプロデューサーなので、「こだわりが強いんだろうな」というイメージもあって。
蔦谷 怖い人だと思ってたらしいですよ(笑)。
Tani いえいえ、そんな(笑)。
蔦谷 年齢が20歳以上離れてますからね。僕も小林武史さんや武部聡志さんにお会いすると背筋が伸びるので、気持ちはわかります。
ひとみ 私は自分以外の方が作った曲をレコーディングすること自体が初めてだったので、楽しみでもあり、緊張感もありました。スタジオで歌って、「なんか違うな」と言われたらどうしよう?って。
蔦谷 (笑)。お二人とも素晴らしかったです。以前からTaniくん、あたらよの楽曲は聴いていたんですけど、実はKERENMIとして一緒にやるという発想はなかったんです。アルバムの制作に入ったときに、スタッフから「Taniくん、ひとみさんをフィーチャーするのはどうですか?」と提案があって。改めて2人の音楽を聴き直したら、あまりにもよかったんですよね。2人の歌声や作品にインスピレーションを受けて作ったのが「ふぞろい」なんです。
Tani めっちゃうれしいです。「ふぞろい」は最初に同じようなフレーズが繰り返されて、後半はどんどんキャッチーになって。僕とひとみさんのいいところが反映されているし、「すごい」と感じるところがたくさんありました。自分では作れない曲だし、いいチャンスをいただけてありがたいですね。
ひとみ 「あたらよ」で歌っているひとみと、KERENMIで歌わせてもらっているひとみは別人格だなと。「ふぞろい」を歌ってるときは、普段はまったく使っていない喉の動きもあったし、「これがパッケージされると、私の声はどう聞こえるんだろう」という楽しみもありました。新境地を開拓していただけて、うれしかったです。
蔦谷 最後のウィスパーもよかったよね。
ひとみ ありがとうございます。あたらよではウィスパーは使ったことがないんですよ。バンドの音にかき消されてしまうので。
蔦谷 音源に入れてもライブで再現しづらいからね。Aメロではダブルのコーラスを左右に振って、さらにウィスパーを重ねることでエアリーなステレオ感を出していて。R&Bでよく使われる手法なんですけど、ひとみさんのウィスパーがあまりにもよかったから、それを生かしたパートを最後に付けたんですよ。
──ひとみさんの声に触発されたアレンジなんですね。
蔦谷 はい。Taniくんのパートで言えば、2番のバースですね。かなり細かいフレーズなんですが、僕が作ったメロディとは少し違う感じで歌ってくれていて。
Tani 自分のクセが出ちゃったかもしれないです(笑)。
蔦谷 それがよかったんですよ。修正してもらったところもあったんですけど、「Taniくんが歌ったメロディのほうがいいな」と思ったところは、そのまま取り入れさせてもらいました。あとは「とにかくセクシーに歌って」と。
Tani 蔦谷さんはとにかく判断が早くて、的確なんですよ。ディレクションもすごく具体的で、気持ちよく歌わせてもらいました。
ひとみ Taniくんのレコーディングには私も立ち会わせてもらったんですけど、すごく早かったですよね。
蔦谷 ひとみさんのボーカル録りもパパッと終わったよね。せっかちなんですよ、僕(笑)。もちろんお二人の表現が的確だったことが大きいんですけどね。
今の音楽シーンに流れる歌謡曲の雰囲気
──本作のレコーディングは蔦谷さんにとっても刺激的なセッションでしたか?
蔦谷 はい。Taniくん、ひとみさんの世代の音楽シーンは活気があるし、お二人もすごい才能の持ち主なので。音楽的な流れでいうと、2020年前後くらいから、歌謡の復興を感じていて。そのことを「ガラパゴス化だ」と言う人もいるでしょうけど、僕は日本の音楽のよさの1つだと思っているんです。サブスクやSNSが成熟して、普通に使われるようになったことで、歌謡的なメロディが海外でも知られるようになって。シティポップの流行もその流れにあると思うんですよね。そういう状況を見ていると、「海外のマネをしなくても、もともと持っている自分たちの強みを生かしたほうがいい」と。
──「ふぞろい」にも、歌謡的でノスタルジックなメロディが入ってますよね。
蔦谷 そうなんです。僕自身はJ-POPのど真ん中に近いところで仕事をさせてもらってますが、KERENMIではもっとトラックメイカー然としていたというか。メロディに関しても「美メロではあるけど、歌謡曲的ではないもの」を追求していたんです。でも、コロナ禍に入って、「自分とは?」「日本人とは?」みたいなことを考え始めて。そういう時期にTikTokを見ていると、自分とはまったく発想が違うアーティストが注目されていたり、ライブをやったこともない人がめちゃくちゃいい曲を作っていたりして。時代が変わっていることを実感したし、さっきも言ったように、歌謡曲的なメロディが復興していることにも気付いたんですよね。僕が子供の頃に聴いていた歌謡曲の雰囲気は今の音楽シーンにも流れているし、それは胸を張るべきことだなと。Taniくん、ひとみさんの曲や歌声からも、歌謡のDNAを感じています。
ひとみ 歌謡のDNAは知らず知らずのうちに入っているのかもしれないです。私の母親は昭和歌謡が好きで、山口百恵さん、中森明菜さんの曲とかを聴いていたんですよ。私もカラオケで歌ってましたし。
蔦谷 うまそうだね(笑)。山口百恵さん、中森明菜さんはどちらも影のあるアイドルですね。
ひとみ そうですね。自分で作る曲にも、そういう方たちからの影響は本能的に入っているんじゃないかなと。
Tani 僕は父親が洋楽好きで、母親が邦楽好きなんです。頻度としては洋楽を聴くことが多かったんですけど、母親が聴いていたチェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」とかは耳にしてました。「ふぞろい」からも歌謡の雰囲気は感じましたね。具体的にどこがどうとは言えないんですけど。
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「思わず歌いたくなるってこういうことなのか」