逃げるとは歌ってるけど、実は逃げてない
──Junさんは、Ken Yokoyamaの新たなアンセムとも言えそうな「Still I Got to Fight」をはじめとして、健さんの歌に対してはどんな印象を持たれましたか?
Jun こんなポップで躍動感のある曲調だけど、確かに歌の内容は曲調と合ってない感じだよね。でも見方を変えれば、世の中の動きに対するスタンスを健なりに明確化させてる歌だとは思うし、それこそ作品タイトルにもあるように、本当にウンザリしてるんだろうね。その気持ちを思い切りぶちまけたかったんだろうなっていうのはわかる。で、もっと言えば「社会に加担しない」っていうのが、社会に対するカウンターの1つだろうし、それが健にとって今のパンクなんだろうとは思う。
──EKKUNさんはどうですか?
EKKUN 僕がKen Bandに参加してから日が浅いからかもしれないけど、個人的には、言い方が変わっているだけで、健さんの歌の立ち位置はそんなに変わってない印象を受けたんですよ。社会がどうであろうが、自分は自分であるっていうスタンスは変わってないというか。だから「逃げるとは歌ってるけど、実は逃げてない」って思うんですよね。
横山 ああ、なるほどな。前作までは、俺からリスナーへというざっくりした関係の中で歌ってたと思うんですよ。聴いてくれる人たちに向かって「お前はどうだこうだ」って言ってた。だけど、今回はそれをやめたんです。なぜなら、敵は俺たちの外にいるということがこんなにわかりやすくなった時代もないから。俺がお前に向けて言いたいことというよりも、今俺と君で共有できるものは何かっていうふうに歌が変わったというか。
次のアルバムにつながるテーマは「死」
──今、健さんがほかの人との間で共有できる感覚とはどういうものだと思いますか?
横山 今は大変な時代だからこそ、共有できるものと言ってもいろいろあると思うんですよ。例えば震災のときは「一丸となってやるんだ」「分け合って助け合うんだ」という優しさの感覚が通用したけど、コロナ禍の状況では通用しない。震災のときとは違って世界全体が同じ困難を経験しているわけだし、助け合う方法すらわからずに個々が狼狽するのも当たり前で。でも、問題意識を持っていたり悩んでいたり、当事者意識を持つからこそストレスを抱えていたりする人とは、「俺も同じだよ」っていう意味で共有できる気持ちがたくさんあると思ったんです。
──「逃げるな戦え」と歌ったり「この指止まれ」と歌ったりすることが新たな排他や痛みを生む可能性があるのなら、自分も同じように苦しんでいる1人なんだよと共有することのほうがリアルに近いというか。
横山 そうなんです。だから、歌が自分の内側の話になってきたのかもしれないなと思って。まさしくTwitterがそうですけど、あそこで社会的なことを発信した途端、結果として「この指止まれ」になっちゃうんです。意図するにせよ意図せずにせよ、それ以外の思想の人を踏んづけてしまうことになりかねない。じゃあひとまず人の渦から撤退して、俺は俺で考えてみるよって言えることが大事だったんです。それが、今回の歌に出てきている「社会と距離を置く」という感覚の正体なのかもしれないですね。震災のときはユナイトという言葉が有効だったし、「この指止まれ」で団結していくしかなかったと思うんですよ。だけど今はそうじゃない。あまりに価値観が分断されすぎていて、「こっちでユナイトすればこっちで新たな争いが生まれる」って状況だから。
──そうですね。
横山 例えばBlack Lives Matterみたいな運動も、本来だったらもっと強烈なユニティが生まれてガーッと盛り上がるはずなのに、なぜかそうならない。それはつまり、今はユナイト以前に個々が自分を確認している最中だっていうことなんだと思う。だから僕自身も、パンクの役割云々以前に「個に還る」っていう作業をしていた気がするんですよね。コロナ禍云々っていうのが起こる前からそういう思想を曲にしてたっていうのは……やっぱりミュージシャンってカナリアなんでしょうね。なんか、いろんな変化があったんだなって自分でもわかってくるね。やっぱり歌の中では自分を隠せないんだなって痛切に思います。
──そこで改めて伺いたいのが、「Still I Got to Fight」にある「どうせ星のようにいつか消えてしまうものならば」「どうせ いつか止まらなければならないならば」というラインなんですね。例えば「I Won't Turn Off My Radio」のリリースタイミングでも「自分が古びてきたことを受け入れた」とどこかのインタビューで話していましたが、それ以上に、人生はいつか終わるという気持ちがかなり切実な形で表出している歌だと感じたんですね。ご自身では、こういう言葉が今出てきたのは、どうしてだと思いますか?
横山 ……これは黙ってましたけど、今の自分のテーマっていうのはまさにそこなんですよ。本当はアルバムのときに話そうと思ってたんだけど、テーマは「死ぬこと」なんです。で、死を意識するっていうのは、生きるということを鮮明に捉えることでもあって。そこに今回の作品群のテーマがあるんですよね。今回のミニアルバムにはたまたま入らなかったけど、アルバム用の曲は“death”とか“die”とか、そればっかりですよ。
──「死ぬこと」というテーマはどこから出てきたものなんですか?
横山 僕はもうすぐ51歳になるんですけど、当然、フィジカル面でもメンタル面でも古びていくことを実感するし、老いていく自分そのものが普遍的なテーマになってきて。昔は考えなくてもよかったテーマが、自然と大きくなっていくんだなっていうことを今まさに体感してるんです。もうどうしたって、閉じることを考え始めるんですよ。音楽人生は死ぬまで終わらないけど、いち人間として閉じることっていうのが、すごく大きなものとして目の前に横たわっていて。そういう気持ちが、「Still I Got to Fight」を象徴にして出てきてるんだと思います。ただ、これは逆説的ではあるけど、自分が閉じていくことを考えるからこそ、生きることの喜びや命の躍動感が炙り出されるはずだと思うんですよ。
──実際、そのエモーションは何よりも音楽に反映されていると思います。
横山 死ぬことを突き付けて人を怖がらせたいわけでも、死を悲しいものとして歌いたいわけでもなくて。死を見つめることによって生まれてくる煌めきを見せたいんです。それに、自分の中で「死」というのは意外と常に持っていたテーマでもあって。例えば僕は41歳のときに年子の兄を亡くしてるんですけど、その頃から、自分の中で死がリアルなものとして見えるようになったんですね。で、今度は自分が年齢を重ねていくと、平たい言葉ではあるけど、悔いのないように一生懸命生きたいっていう気持ちがどんどん強くなっていくんですよ。
──ありがとうございます。この音楽たちがきらめいて躍動しまくっている理由がよくわかった気がします。
横山 おお! ……ドラムじゃなかったんだね。
EKKUN 俺じゃなかったんだ(笑)。
──失礼しました(笑)。ハイスタのドキュメンタリーでも話されていた通り、健さんは抑うつと向き合いながら、死んでしまうかもしれないっていう不安を抱えていた時期もあったわけですよね。そういう意味で健さんのより深い部分が表出してきたタームだと感じましたし、その結果として「生きること」が炙り出されるという気持ちは、さらに多くの人を同志のように鼓舞できる歌につながっていくんじゃないかと思いました。
横山 ありがとうございます。今の話で僕も思ったんですけど、アルバムを作ったり音楽を鳴らしたりするのって、同志を探す作業のような気がしてるんですよ。似たアンテナを持った人間と自分自身を共有し合うためのもの……それはずっと変わらないのかもしれないですね。今回は特に、同志を探す感覚が強い作品なんですけど、それもきっと、自分の内側にある根源的なテーマが出てきたからっていうのが大きいのかもしれないですね。
いいアルバム作ります!
──最後に、去年の9月に健さんが抑うつを再発されたことをコラムにも書かれていましたが、心配している方も多いと思うので、改めてそのあたりのことを伺ってもいいでしょうか。
横山 去年の9月末、「いしがきMUSIC FESTIVAL」に出るために盛岡に前乗りした日の夜だったかな。いきなりズドンときてしまって、すぐにメンバーとPIZZA OF DEATHに話をしたんです。で、それ以降に決まっていたスケジュールをすべてストップしてもらったんですね。30歳で抑うつをやったときよりは軽度で済んだので、11月にはもう曲作りに戻れたんですけど。ただ、今年の4月まで入っていたスケジュールもストップしてもらっていたので、対バンとかで協力してくれる予定だった人たちの手前、調子がよくなったからって都合よく表に出られないと。それもあって、長い間引っ込むことになりました。で、そろそろ行こうかっていう頃にコロナだったんで……結局1年くらいは表に出ない感じになっちゃいましたね。
──シンプルに聞きたいんですが、抑うつを再発したことは、この作品にリンクしていると思いますか?
横山 うーん……直接影響してるかどうかって言ったら、ちょっとわからないですね。ただ、今日話した内容を改めて振り返ると、今作がどうかっていうこと以上に、この2、3年は僕自身の状態が揺れていたのは事実なので。どこかで影響している可能性はあります。まあ……世の中は「うつには原因がある」と語りがちだけど、でも何が原因だなんて本当はわからないものじゃないですか。
──そうですよね。無自覚なところにいきなりやってくる。
横山 だから、その因果はなかなか言葉にできないんです。ただ、今はもうバッチリなので。いいアルバム作ります!
──またそのときに、お話を聞かせてください。それでは最後にEKKUNさん、ひと言お願いします。
EKKUN え、最後に俺!? まあ………いろいろ話したけど、全部俺のおかげだと思ってます!
横山 ははははは!(笑) 間違いない!