Keishi Tanaka|今やりたいことを凝縮した2年半ぶりの新作アルバム

普遍的な象徴としての“Breath”

──ではここから収録曲について聞いていきます。リード曲の「Breath」はどんなふうに生まれたんですか?

実はこの曲ができる前に、もう1曲いい曲があったんですよ。それが4枚目のアルバムの鍵になりそうだなって実感もあって、弾き語りライブでも歌っていて、評判もよかったんです。それを肉付けする形で、メンバーとスタジオに入ってたんです。だけどそのあたりからその曲の制作が止まっちゃって。心地よいし、めっちゃいい曲なんだけど、何かが足りない。このままだとアルバム自体の制作も止まっちゃいそうだなと思って、ほぼ9割ぐらいできてたんですけど、その曲をお蔵入りにして。そこから新しく作ったのが「Breath」だった。この曲に関しては、心地よさだけじゃない何かが必要だなという反動から生まれた曲でもありますね。

──確かにイントロのギターの特徴的な音色から、おっ?と耳を奪われます。“Breath”って単語自体は歌詞の中に出てこないんですよね。

Keishi Tanaka

リリースする時期が春ということもあって、新しいことに向かっていくような感じで歌詞を書き始めたんです。でも曲としてできあがったら、もっと大きなことを歌ってるって気付いて。日常的にある感情を歌ってるし、普遍的なものの象徴として“Breath”という単語が浮かんできた。呼吸するように、そこにあるもの。そういうふうにこの曲がなったらいいなって思うんです。

──いいことも、もやもやすることもある中で、それでもずっと呼吸はし続けるわけで。それは結局生きてるということで。

それさえできれば、とりあえずはね。生きているといいことばかりじゃないし、誰しも喜怒哀楽みたいなものがある。みんなそうなんだってわかってほしいというか。僕も含めて。たまに言われるんですよ、ストレスなさそうですねとか。まあそれはSNSの使い方によると思ってるんですけどね。ストレスや迷いを書いてないと、そういうのがない人だと感じる。でもそんな人いない!(笑)

この音楽が誰かのためになればいい

──3曲目の「雨上がりの恋」は、純粋にポップソングとして洗練された仕上がりだと思いました。

「雨上がりの恋」に関しては、サウンド的にあまり作り込まないようにしようと思って。自分がDJでソウルをかけるときに、パッと入れられるような曲を作ってみようと思って。歌詞に関しても、あまり考え込みすぎないようにして。映画のワンシーンみたいな、ストーリーが動きだす直前の冒頭5分、10分ぐらいの話を書いたんです。その先は、自由に想像してもらうような感じで。

──想像力を巡らすという意味では、6曲目の「知らない街の大聖堂」も、いろいろ情景が浮かんできます。

この曲に関しては、自分の中でメッセージがあって。僕はライブも含め、現場が大切だって思ってるんです。それが前提にあるうえで、だけど目に見えるものがすべてだというのも違和感があって。想像力の欠如というか、じゃあ見えないものはどうなんだ?と感じることが多い。見えないものを想像することも重要で、その上で現場に立っていたいと思うんです。自分に言い聞かせるためにも、歌にできないかなと思って。ただ、それを直接的に言うよりは、書き方として、世界中を旅するような情景が見えるような歌詞にしてみたんです。

──なるほど。

言いたいことが明確にあれば、直接的な言葉を使わなくても伝えられるから。そこにたどり着くためのストーリーを作ったりして。昔からそういうやり方をしてるんですけど、言いたいことをそのまま言うよりは、自由度は高いんですよね。それに書いてるときは自分のためにやってるので、単純にその方が楽しい。それが曲としてできあがって、発売日を迎えた途端、誰かのためになるという感覚がある。CDやレコードの音源は、そこでどう切り替わるかが大切で。

Keishi Tanaka

──個人的な思いが根本にあるけど、そこと聴き手のいろんな部分がリンクするという。

昔よりも、この音楽が誰かのためになればいいなと思う気持ちは強くなってるかもしれないですね。以前は「100%自分のためにやってます」とインタビューでも言ってたし、今もそう思ってる部分もあるけど、それは作っているときの話で。完成しちゃえば、それが誰かのためになったほうが、自分がうれしいし。そういう風に今は考えているので。伝わる言葉で、自分が楽しめる言葉遊びも含めて、考えながらやってます。

──続く「Untitled」は、いろんな思いが交差していくような曲ですね。

「Untitled」は、友達に子供が生まれて、それがすごくうれしくて。その話を直接聞いたすぐあとに、1人でスタジオ入ったら喜びからメロディができたんです。そのときはサビのフレーズだけボイスメモに残しておいた。しばらく経って、ちょうどアルバムの制作に入ったときにそのボイスメモの存在を思い出して、歌詞を考え始めたんです。だけど、時間が離れすぎてうまく歌詞が乗らなくて。それからまたしばらく経って、今度は北海道で大きな地震があった。そこで予定していたライブが3本ぐらい中止になったんですね。北海道は地元だし、時間が空いたからって休もうという気分にもなれなくて。だから曲を作ろうと思ってもう一度ボイスメモを引っ張り出して。歌詞自体はもともと曲を作ったときの感情とまったく違うんですけど。東京から北海道に思いを馳せて、想像しているような。無垢な子供と固定概念から逃れられない大人、未来を決めつけるようなことはしたくないなとか、いろんな想いが交錯する曲ではあるんですが、それもまたいいかなって思って。だからタイトルも迷ったんですけど、テーマである無題をそのままタイトルにしました。

バンドと弾き語り、都会と地方

──サウンド面で印象的だったのは、4曲目にスキット的に入っている「How's It Going?」と、先行してシングルでリリースされた「This Feelin' Only Knows」のシームレスなつながり。これって、録音してる時期は違いますよね?

そうですね。「This Feelin' Only Knows」をシングルとしてリリースしたあと、ライブで演奏するときに、その前にバンドでつなぎになるようなセッションをやってたんですよね。それがよかったのでアルバムにも入れたいなと思って。こういうのを生音のバンドでやるのもいいじゃないですか。

Keishi Tanaka

──バンドに関してはGENTLE FOREST JAZZ BANDや、RIDDIMATES、LUCKY TAPESらのメンバーが参加していて。ソウルやファンク、スウィングと音楽的なバックグラウンドがそれぞれ違っているけど、バンドサウンドの中に自然とエッセンスとして溶け込んでるような面白さがありますよね。それが今回のアルバムにおいて、重要なファクターになっている。

メンバーが固定しているからできたアイデアでもありますよね。このメンバーで今こうやってライブをやってるから、生音のスキットを入れたいなと思ったり。

──バンドだからこそできる幅広い表現というのもあるし、弾き語りじゃなきゃできないアプローチもある。その両方が成り立ってるのがいいんでしょうね。

もともと弾き語りってギター演奏50、歌50みたいなイメージがあったんです、やる前は。だからあまり興味を持てなかったんですけど、やってみたら歌の調子がいいんですよね。たぶん自分1人で演奏してるから、タイム感も自由だし、「弾き語りいいじゃん」と思えるようになった。だからやっぱり基準は歌なんですよね。自分が歌をどう歌えたか。だけど、サウンド的に弾き語りのようなアプローチをやりたいわけじゃないので。そうなるとやっぱりバンドセットを止めるわけにはいかない。それはずっと変わらないところですね。

──話は変わりますが、Keishiさんはアウトドア雑誌で連載を持っているほどのアウトドア好きで。登山やキャンプをよくやられていますよね。

田舎育ちってこともあって、アウトドアが好きなんですよね。人里離れたところに行くことで見える街のよさとか。東京のよさとか。ツアーもそうだけど、地方に行くことでこっちのよさがわかるし、東京にいることで地方のよさもわかるし。そういうのを繰り返していきたい。

──Keishiさんの音楽はやっぱり街の音楽だと思うんです。洗練された中に抜けのよさを感じるのは地方の風景や、自然に包まれた環境に思いを馳せてる部分も影響してるのかなって。

そうかもしれないですね。サウンド的には街を意識するものから入ることが多いですけど、青空の下で歌っても違和感はない。聴いてる人と空間を共有できていることが重要だなと思っていて。弾き語りでは小さな町のカフェなんかでもライブをやることが多いんです。バンドではどうしても行けない街もきっとありますよね。だけどそこに行かないよりは、弾き語りでも行ったほうがいいって思っているので。現場に行くだけでいいと思わないし、想像するだけで足りるわけじゃない。そのバランスですよね。中学生ぐらいのときに読んでた本で、もはや誰の言葉かも忘れたんですけど、「人生の価値は快楽の量じゃなく、感動の量で決まる」と書いてあって。それがものすごく記憶に残っていて。まさに僕は今、それをやってるんだなって思うんです。

Keishi Tanaka

ツアー情報

Keishi Tanaka「BREATH RELEASE TOUR」
  • 2019年6月9日(日)新潟県 GOLDEN PIGS BLACK STAGE
  • 2019年6月21日(金)神奈川県 F.A.D YOKOHAMA
  • 2019年6月27日(木)京都府 KYOTO MUSE
  • 2019年6月28日(金)広島県 福山Cable
  • 2019年6月29日(土)香川県 高松TOONICE
  • 2019年7月7日(日)福岡県 INSA
  • 2019年7月24日(水)栃木県 宇都宮HELLO DOLLY
  • 2019年7月25日(木)宮城県 enn 2nd
  • 2019年8月2日(金)三重県 club chaos
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