2022年8月、keinの22年ぶりの復活劇はヴィジュアル系シーンに大きな衝撃を与えた。keinは1997年に愛知・名古屋で結成された5人組バンド。2000年8月の公演をもって3年の活動にピリオドを打ち、以降は玲央(G)がlynch.、眞呼(Vo)とaie(G)がdeadmanを結成するなど、メンバーそれぞれが音楽活動を続けてきた。2022年4月1日、keinは代表曲「嘘」の再録バージョンのリリックビデオをYouTubeに突如公開。同年5月1日に新メンバー・Sally(Dr)を加えた新体制での再結成をアナウンスしてファンを驚かせた。
そんなkeinが11月20日、キングレコードからのメジャーデビュー作となるEP「PARADOXON DOLORIS」をリリースした。昨年8月発表の1stフルアルバム「破戒と想像」は過去音源を現メンバーで再構築した内容となっていたが、「PARADOXON DOLORIS」には“現在進行系”な彼らが自由にアイデアを出し合って生まれた新曲5曲が収められている。このインタビューでは2022年の復活劇の経緯から、メジャーレーベルからのリリースを決意した理由、「PARADOXON DOLORIS」に込めたこだわりについて語ってもらった。
取材・文 / 西廣智一撮影 / 梁瀬玉実
もう一度keinを
──音楽ナタリー初登場ということで、2000年に解散したkeinが2022年に再始動することになった経緯から聞かせていただけますか?
玲央(G) 僕がパーマネントでやっているlynch.というバンドが2022年に一時活動休止に入って、自分のことを見つめ直す時間が増えたんですね。今後のことを見据えて、やり残したことだったり、自分自身のスキルを高めるために必要なもの、やりたいこと、やらなきゃいけないことはなんだろう?と考えたときに、真っ先に思い浮かんだのがkeinだったんですよ。keinの音源を聴き返したら今でも「カッコいいな」と思える楽曲ばかりでしたし、正直自分の中で引っかかっているものや、当時の心残りがまだ消化しきれていなくて。なので、「もう一度keinをやりたい」と僕のほうから各メンバーに連絡をしたんです。ただ、当時のドラマーとは縁遠くなってしまっていたので、aieさんに「もう一度keinをやるなら適任のドラマーを紹介していただけないか」と相談して。aieさんはソロも含めていろんなバンドで活動していて、数多くのドラマーと合わせてきた人間なので、その中で「Sallyちゃん、いいんじゃない?」という話が出てきた。Sallyさんと初めて顔合わせをしたのは、2022年の2月でしたっけ。
Sally(Dr) そうでしたね。
玲央 そこで「もし再始動できるのであれば、こういうプランで動いていきたい」とメンバーにプレゼンしました。「まずは『嘘』という曲を4月1日に公開して、2000年の解散日である8月21日に、同じタイトルで復活ライブをやりたい。なので来月レコーディングをお願いします」と。
Sally 急でしたね、そういえば(笑)。
玲央 いきなり無茶振りしました。で、「なんならメンバーにならないか?」とその場で口説いて、Sallyさんはその日にメンバーになったんです。
──aieさん、眞呼さん、攸紀さんは、この話を聞いたとき率直にどう感じましたか?
aie(G) 面白そうだなって思いましたし、個人的にはスケジュールさえ合えばやりたいことは全部やろうと思っているタイプなので、ぜひという感じでしたね。
眞呼(Vo) 僕もそうですね。
攸紀(B) 驚きはしましたけど、不思議と「このタイミングが来たんだ」と思ったことを覚えています。だから、すぐに「イエス」と答えました。
過去の楽曲を消化したかった
──2022年の復活劇を経て、翌2023年にはキャリア初のアルバム「破戒と想像」がリリースされました。
玲央 今になってかよという話ですけど(笑)、音源化されていない楽曲をパッケージとしてリリースしたいと以前から考えていたんです。再始動と同時にアルバムをリリースするのも1つ方法としてはあったんですけれど、Sallyさんが加入して、ライブを何本かやって、自分たちが過去の楽曲をきちんと消化したうえでパッケージングしたかった。
──なるほど。Sallyさんはドラマーとして、keinの過去作と初めて向き合うことになったわけですが、そのスタイルやサウンドからどういう印象を受けましたか?
Sally keinはヴィジュアル系にカテゴライズされているけど、僕はそれとは違う印象を持っているんですよ。変拍子も多いアレンジで、どこか洋楽っぽさもあったりする音だから面白くて。
──改めて音源をじっくり聴かせていただくと、正直20年以上前の曲という時代の流れをあまり感じなくて。Sallyさんがおっしゃるように、海外のオルタナティブロックやヘヴィロックの流れを汲む作品集として楽しむことができました。
玲央 ありがとうございます。20代半ばの生意気な考えかもしれないですけど、当時も「流行りに囚われずに長く聴いてもらえる曲を作ろう」と強く意識していました。それゆえに「もっとできることがあるんじゃないか?」と常に模索していたので、楽曲制作のペースはちょっと遅かったんですよね。
──そういう独特な世界観の楽曲の中で、眞呼さんのボーカルの存在感というのが非常に強烈で。
眞呼 本当ですか? ありがとうございます。今度焼肉にでも行きますか?(笑)
aie 眞呼さん、ヴィーガンだから肉食えないのに?(笑)
攸紀 見てるだけ?(笑)
Sally それはライターさんが食いにくいですよ(笑)。
──(笑)。海外のバンドだと、こういうオルタナティブロックのサウンドにスクリームやグロウルなどを乗せて歌を表現することも多いですよね。でも、keinの場合はしっかり“歌”として届けるところに日本のロックバンドとしての矜持というか、オリジナリティが感じられるんです。
aie 日本のロックですよね。言っていること、すごくわかります。海外の音楽ってカッコいいし、もちろんすごく影響を受けているけど、彼らは玉置浩二の歌を聴いてきてないから。日本独自のメロディ感ってすごくあると思います。
20数年を経て、あの頃のファンと
──アルバム発売後にはツアーも行われましたが、音源がファンのもとへ行き届いた形でのライブは2022年の復活時とはまた違った手応えがあったのではないでしょうか。
玲央 ちょっと重複しますけど、20年以上前の楽曲をやっても、ちゃんと正面から受け止めて楽しんでもらえている、喜んでもらえている、という感覚があって自信になりました。それに「20数年前の自分たちがやっていたことは間違ってなかった」という証明にもなったのかなと思います。
──ステージからお客さんを見ていて、何か印象に残ったことはありましたか?
aie 当時のファンがまたライブを観に来てくれたのはうれしかったし、みんな大人になったなと思いました。インストアイベントにお子さんを連れてきたりして、その様子を見てると「よかったね。みんなマトモになって」と感慨深くて(笑)。
──そうか、20年以上経つってそういうことですもんね。
aie あんなに不安定だった子たちが、みんな大人になったなって。
眞呼 昔なんて、(ギターの)フットスイッチを手で押しちゃう子がいましたよね。
aie ああ、いたいた。
玲央 (目黒)鹿鳴館でやられたなあ(笑)。当時は柵もなかったので、手を伸ばしたらフットスイッチに手が届くんですよ。aieさんなんて「グラミー」のギターソロのときに、クリーントーンのスイッチを押されちゃいましたから(笑)。
aie あと、SEが鳴ってるときに、よくメンバーの名前を叫ぶ人がいるじゃないですか。あのときに俺、「嫁にめとれーっ!」って言われたからね(笑)。そういう子たちが大人になって、ちゃんと別の人にめとってもらって、イベントに自分の子供を連れて来てくれるという。ちょっと脱線しちゃいましたけど、感慨深いですよね。
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なぜ今メジャーデビューするのか?