ナタリー PowerPush - 毛皮のマリーズ
時代の空気を描き出す極上ポップ絵巻「ティン・パン・アレイ」堂々完成
2010年のシーンに最大級の衝撃を与えた毛皮のマリーズが、そのインパクトをさらに増幅させるすさまじいアルバムを完成させた。それが彼らのメジャー2ndアルバムとなる「ティン・パン・アレイ」だ。
1stシングル「Mary Lou」を含むこの作品には、志磨遼平以外のメンバーはほぼ参加していない。“東京”をテーマにしたロマンチックなメロディを最大限に表現すべく、鍵盤、パーカッション、ホーンセクション、ストリングスといった外部のミュージシャンを全編に起用。ロックバンドとしての枠を完全に越えた、豊かで美しいポップミュージックが生み出されている。
前作「毛皮のマリーズ」から本作に至る過程、“東京”を描こうとした理由、そしてこのアルバムがバンドに与える影響まで、志磨自身にたっぷりと語ってもらった。
取材・文/森朋之
大きなライブの前はいつも奇跡を期待している
──まずは「コミカル・ヒステリー・ツアー」のファイナル(2010年12月17日SHIBUYA-AX)のことから訊きたいのですが。もう、ホントに素晴らしかったです。
あ、ホントですか?
──あれ? そんなに手応えがなかったとか?
いえいえいえ、いいライブでしたよ、ええ(笑)。
──「緊張して歌詞が飛んだ」みたいなことも言ってましたね。
緊張というより……たぶんあの場所にいた人の中で、あのライブを一番楽しみにしてたのは僕なんですよね。その思いっていうのはハンパないんですよ。「今日は絶対すごい1日になる」みたいなのが強すぎて、そのぶんガクッと来ちゃうというか。
──理想が高すぎて追いつかない?
頭の中ではすごいことになってますからね。細かく想像してるわけではないんですけど「今まで誰も見たことがないことが起きる」とか「毛皮のマリーズ史上最高のライブになる」っていう……。普段気を抜いてるわけじゃないんですけどね、もちろん。大きいライブのときってどうしてもそれ以上のものだったり、ドラマとか奇跡みたいなものを期待しちゃうんですよ。終わったあと客全員が泣いてるんちゃうか、とか。
──で、それが実現しなかったときに……。
ガクッと来ちゃう(笑)。ただね、今回のツアーっていうのはセットリストを含めて、ものすごく良かったっていうのも事実なんです。今までは事務所の人間とメンバーだけで回ってたんですけど、今回はスタッフもかなり増えてるんですよ。PAさん、ローディさん、照明のスタッフ、カメラマン、ゲストプレイヤーの奥野(真哉)さん。その筋の一流の方々ばっかりやし、チームとしてもすごくうまく回ってるなっていう実感があって。たった3本のツアーですけど、もうね、大阪のときなんてホンマに泣いてもうたんですよ。
──あまりにもライブが良くて。
そうそう。初めてですけどね、そんなの。だからファイナルのAXなんて……しかもチケットはソールドアウトですよ。これはもうウンコでも漏らすんやないか?って思ってましたから(笑)。だから、緊張っていうのとはちょっと違うんですよね。まずメンバーが先にステージに行くでしょ? 「ワーッ!」っていう大歓声が聞こえてきて、「ああ、あいつらも人気者になったなあ」とか思って。そこまでは僕も冷静なんです。で、「よっしゃ、行くか」って感じでフッと出てきて、いざライブを始めると、あとは理想との戦いですよ。そんなこんなで「あれ? いったい何と戦ってるんや?」みたいになるんですよね。あれはもう苦しいもんですよ。大一番はいつもそう。
──なるほど。でも、すごくいいバンドだなって改めて思いましたけどね。
うんうん。良かったです、それは。
「ティン・パン・アレイ」は越えなきゃいけないハードルだった
──実はちょっと不安だったんですよ。「ティン・パン・アレイ」というアルバムは、バンドで再現できない作品ですよね。しかもメンバーはほぼレコーディングに参加してないっていう。そういう作品を作ったことで、バンドに良くない影響が出るんじゃないかなって。
あー、はいはいはい。まあ、アレですからね。「ティン・パン・アレイ」っていうのは踏み絵というか越えなきゃいけないハードルというか、「毛皮のマリーズとは何なのか?」っていうところから生まれてきたアルバムでもあるので。当然、バンドに対する揺り返しみたいなものもあるでしょうし。ただ、そこはもう、ほかのバンドよりもストイックにやってますから。
──「こんなことくらい乗り越えますよ」っていう?
イバラの道ですけどね。「いつもの毛皮のマリーズ節ですね」とか「いぶし銀の~」とか「あうんの呼吸で」みたいなのは、ごめんですから。いつもギッチギチでやらないと意味ないですよ。しかも「ティン・パン・アレイ」は素晴らしいですからね、ホントに。
──志磨さん自身も強い手応えがある、と。
はい。何かの取材でも言ってもうたんですけど、「このアルバムの印税はあなたには払えません」ってことになっても、「まあ、しゃあないな」って思っちゃうんやないかなって。それくらい、自分で作った記憶がないんですよね。何かにとりつかれてたというか、僕はこのメロディをピックアップしただけ、っていう感じなんです。僕のものでもないし、毛皮のマリーズのものでもない。ただそばにいて、それを拾えただけというか、竹やぶから1億円出てきた!みたいなもんですよ。
──(笑)。確認しておきたいんですけど、このアルバムの制作は2010年の予定の中に最初から入ってたんですか?
もちろん。「Gloomy」(2009年4月発売)を作ったときに「このあと、何をすべきか?」ということを考えたんですけど、そのなかのひとつには入ってましたね。「Gloomy」の前までは無邪気なもんだったと思うんですよ。「カッコいいのやるぜ」っちゅうくらいのもんで。ところが「Gloomy」はまさに身を削るようにして制作したアルバムだったもんですから、そこで自然と「毛皮のマリーズとは何ぞや」「ロックンロールとは何ぞや」っていうのが見えてきまして。
──そこからメジャーデビューにつながっていった、と。
デビューアルバム(「毛皮のマリーズ」)ではスタンダードなロックンロールをやりたかったんですよね。THE BEATLES、THE ROLLING STONESもそうですけど、僕の好きなバンドはロックンロールでデビューしてるので。
──そこから「ティン・パン・アレイ」までの距離って、ものすごい飛躍じゃないですか?
うーん、でも、こういうスタジオアルバムはいつか作ってみたかったし。スキルとかポテンシャルってことでいえば、ずっと前からあったものだと思うんですよね。「もともと持っていたが、しかし」っていう。
──以前は制作の環境が整ってなかった。
そうそう、そういうことです。やりたいことがやれる状況になったので、「じゃあ思い切りやります」っていう。
CD収録曲
- 序曲(冬の朝)
- 恋するロデオ
- さよならベイビー・ブルー
- おっさん On The Corner
- Mary Lou
- C列車でいこう
- おおハレルヤ
- 星の王子さま(バイオリンのための)
- 愛のテーマ
- 欲望
- 弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」
DISC 2(※初回限定盤のみ)
- ボニーとクライドは今夜も夢中
- Mary Lou
- 愛のテーマ
- DIG IT(LIVE)
- コミック・ジェネレイション(LIVE)
毛皮のマリーズ(けがわのまりーず)
志磨遼平(Vo)、越川和磨(G)、栗本ヒロコ(B)、富士山富士夫(Dr)による4人組ロックバンド。2003年に結成し、都内のライブハウスを中心に活動。2005年に発表した自主制作CD-R「毛皮のマリーズ」が話題を呼び、2006年9月にDECKRECから1stアルバム「戦争をしよう」をリリースする。その後も音源の発表を重ねつつ、ライブの動員も激増。2010年には日本コロムビアと契約し、4月21日にアルバム「毛皮のマリーズ」をリリース。同年10月発表のシングル「Mary Lou」がスマッシュヒットを記録する。