川崎鷹也がカバーEP「白」を9月14日にリリースする。
「白」は川崎によるカバー曲を集めたEPシリーズの第1弾。“大切な人との想い出を繋ぐ歌”というテーマのもと、美空ひばり「愛燦燦」、エレファントカシマシ「悲しみの果て」、竹内まりや「元気を出して」、HY「366日」、玉置浩二「メロディー」のカバーが収められており、川崎のシンガーとしての魅力を存分に堪能できる1枚となっている。
音楽ナタリーでは本作の発売に向けて、川崎の“シンガー”と“ソングライター”の両面の魅力に迫ったレビューと、著名人5人による「白」を聴いてのコメントを掲載する。
文 / 上野三樹
川崎鷹也が紡ぐ物語
川崎鷹也は、歌うべき物語を持ったシンガーソングライターである。2020年の夏に、たった1人の何気ないTikTokへの投稿から「魔法の絨毯」が一気に広まって多くの人に愛されたことは記憶に新しい。アコースティックギターの音色が印象的な、シンプルな弾き語りで届けられたこの曲は、あまりにもストレートなラブソング。「アラジン」をモチーフにしたロマンチックな描写と、「お金もないし、力もないし、地位も名誉もないけど / 君のこと離したくないんだ」という強い気持ちに心打たれた人も多いだろう。「何もなくたって、この愛だけで君を守りたい」と歌うこのラブソングの主人公のようになりたい、そんな気持ちを自らの恋愛模様と重ねる多くの人の投稿がSNS上で大きな盛り上がりを見せることになった。そればかりでなく、曲の途中で字余り気味に言葉を詰め込んだ「君が仮にどんな恋を重ねてさ」の部分を友人とハモるTikTokユーザーも続出。思わず歌ってみたくなる、そんなメロディそのものの心地よさを証明する現象だった。
コロナ禍に入ると、ライブに足を運ぶことが難しくなった時代背景も手伝い、YouTubeやSNSで突然バズって大きなヒットを生み出すアーティストが多く輩出された。2022年に入り今まで通りとはいかないがライブやフェスの開催が徐々に増えていくにつれ、ステージでのパフォーマンス力を試されるミュージシャンも多いことだろう。そんな中でも、2年前にバズった当初からライブパフォーマンスには自信があるんだとどっしり構えていたのが川崎鷹也である。
彼が曲作りを始めたのは高校を卒業し、地元・栃木から上京して音楽の専門学校に入学してから。ギターを手にしたのもその頃だというから、決して早いタイミングではなかった。しかし彼のすごいところはギター初心者の頃からライブを行い、1回30分ほどのステージを月に4本、8年間続けてきたということ。以前インタビューをした際に「どうやったら音楽で、ひと握りの輝ける人たちみたいになれるんだろうっていつも考えてた」と、その頃を振り返って語っていた。お客さんがゼロの日も、共演者しかいないフロアに「お待たせしましたー!」と出て行って歌っていたという。半端な気持ちではそんな武者修行のような日々を続けることはできない。「ライブハウスにお客さんがいなくても、日本武道館のつもりで歌っていた。今思えば全然なんですけど、その頃から気持ちだけは、いつ『明日、武道館でやりますよ』って言われてもいいようにしていたんです」と。そんながむしゃらな日々を過ごしてきたという自負と実力があるからこそ、予想外のチャンスが突然舞い降りてきても、どんなに大きなステージでも、テレビの生放送でも、堂々たるパフォーマンスを披露することができるのだ。これは川崎鷹也を語るうえで大切なバックグラウンドの1つであり、言うまでもなくアーティストとしての自信につながる強みでもある。
そしてソングライターとしての武器は、いつも日常の実体験を描いているということ。プライベートでは高校時代に出会った女性と結婚し、1児の父でもある。時に家族が集まるダイニングテーブルで曲を作り、「奥さんがいいって言ってくれたらそれでいいんですよ」と、あっけらかんと笑う。“どこかにいる誰かに”ではなく“ここにいるあなたに”歌っていることが、川崎鷹也が作る曲の普遍性になり、大きな説得力にもなる。
一方、シンガーソングライター・川崎鷹也の“シンガー”の部分に、華やかなスポットライトが当てられたのが、2021年7月にリリースされた作詞家・松本隆のトリビュートアルバム「風街に連れてって!」。同作のプロデューサーである亀田誠治からのオファーを受け、大瀧詠一の「君は天然色」のカバーで作品に参加した。亀田は今作において「J-POP史上に輝く名曲『君は天然色』の歌唱をお願いしたのも、川崎鷹也さんが時代を越える歌声の持ち主だと確信していたからです」とコメントしている。ちなみに筆者は、川崎に対しアコースティックギターを相棒に日々の実体験を歌う、どちらかというとフォークシンガーのようなイメージを持っていたので、「君は天然色」のようにさわやかな80年代ポップスがこんなにもフィットすることに驚いた。亀田の狙いはさすがだ。川崎はジャンルも時代も超越した、豊かでスケール感のある歌唱力で、この名曲を歌いこなしていた。それは川崎鷹也の新たな一面を鮮やかに見せつけられたような体験だった。
往年の名曲に吹き込まれる新たな命
そんな川崎が9月に5曲入りのカバーEP「白」をリリースする。コンセプトは「大切な人との想い出を繋ぐ歌」ということで、1曲1曲、ストーリーがある楽曲を選曲し、カバーに挑んでいるのが彼らしい。1曲目の美空ひばりのカバー「愛燦燦」は、祖母との思い出の楽曲。今作は音楽プロデューサーの武部聡志が全曲プロデュースとアレンジを担当しているということで、この「愛燦燦」も川崎に似合うバンドサウンドながら、原曲の持つ雄大さや多くの人に愛されてきた歌謡曲としてのよさも生かした仕上がり。祖母への感謝や優しさを惜しみなく声に託したようなボーカルが実に味わい深く、その声はどこか昭和の歌謡スターのような貫禄すら感じさせる。
2曲目はエレファントカシマシのカバーで「悲しみの果て」。これは高校の同級生であり、現在は川崎のマネージャーを務める親友に捧げた歌。冒頭で「川崎鷹也は歌うべき物語を持ったシンガーソングライターである」と述べたが、その同級生でありマネージャーでもある彼は間違いなくその物語における主要キャストの1人。芸人になりたかった親友と、ミュージシャンになりたかった彼は、高校の学園祭で初めて同じステージに立ってパフォーマンスをした。4曲目に収録されたHYの「366日」は、まさにその学園祭で披露された1曲だ。そこから始まった、違う夢を追いかけてきた彼らの友情が、これらのカバーには宿っている。
そして3曲目の竹内まりやのカバー「元気を出して」は、事務所の社長に捧げた楽曲。下積み時代を送る彼に「一緒にやろう」と、何度断られてもラブコールを送り続けていたという。そんな社長とマネージャーと川崎の3人がそろう取材現場はいつも、実にアットホームで和やかなムードが漂っている。“歌いたい誰か”と“がんばる理由”が明確にあるからこそ、どんどん前に進んでいけるのだろう。これは今回のカバー全体を通して言えることだが「元気を出して」は特に、エアリーな声質や、繊細な抑揚、ブレスの位置まで考え抜かれていて見事だ。まるでフィギュアスケート選手や体操選手のノーミス演技のような数分間を耳で味わえる。
今作のラスト、5曲目に収録されたのは玉置浩二のカバーで「メロディー」。この曲は唯一、自分のために歌ったとも言える曲なのではないだろうか。心から尊敬しているアーティストのカバーを収録するかどうか悩んだが、武部に背中を押してもらって決意したという。郷愁あふれるこの曲を今の川崎はどんな思いで歌ったのだろう。音楽の道に進むと決めた日のこと、自分との約束、そして今も聞こえているメロディに思いを馳せて。まるで心の叫びのようにエモーショナルに歌い上げた終盤に、心打たれた。
歌そのものの魅力をつかんで引き出す声の表現力と、堂々たる歌いっぷり、そして川崎鷹也だけの物語で往年の名曲たちに新たな命を吹き込んだカバーEP「白」。彼のソングライターとしてのみならず、シンガーとしての魅力をたっぷり堪能させてもらえる1枚だ。この先も、とことん日常におけるリアリティを描き出すハートフルなソングライターとして、そして名曲を誰かのために歌い継ぐシンガーとして、その両面を存分に発揮しながら、ステージから音楽を届け続けてくれることだろう。