音楽ナタリー Power Push - 川本真琴

“ふとしたこと”を積み重ねてきた20年

大切なのはスタンダードであること

──今回リリースされるアルバム「ふとしたことです」では、これまで発表されてきた楽曲をピアノ弾き語りアレンジでセルフカバーされています。各楽曲と改めて向き合うことで何か気付いたことってありましたか?

「この曲ってこういう曲だったんだ」みたいな気付きはありましたね。昔観た映画を大人になってから改めて観直すと違ったところが見えてくるみたいなことってあるじゃないですか。そういう感じがちょっとありました。

──それは歌詞においての気付きですか?

歌詞も多かったし、曲の構造に関してもありました。アレンジがピアノメインになることで雰囲気が変わったからこそ、曲のイメージがまたちょっと違って聞こえてきたりとか。同時に、すべてをピアノアレンジにして並べたときに、全然違和感がないなとも思ったんですよね。

──ああ、なるほど。原曲が作られた時代はバラバラではあるけど、確かに1枚として統一感はありますよね。それはすべてがピアノアレンジだからということ以上に、川本さんの音楽的な根幹を成す部分が変わっていないからでしょうね。

そうそう。1曲における構成の密度、ボリューム感みたいなものは昔の曲も今の曲も変わってないんだなって思ったんですよ。わりとしっかりした曲を昔から作ってきたのかなって自分では思うんですよね。

──そこをもうちょっと具体的に説明してもらうことってできます?

1曲の中にバランスよくいろんな要素……楽しめる要素が含まれてるって言えばいいのかな。その密度って感覚的なものでもあるから、人それぞれ違うとは思うんだけど、私はそこをしっかり考えてるなって思った。あんまりさらっと作ってないというか。例えば料理で言うと、卵焼きとごはんだけのお弁当もあるとは思うんだけど、私の場合はそこにお肉も入れて、野菜も入れて、子供が好きそうなものも入れて、でもあまり子供っぽくはなりすぎず、かつ滋養になるようなものもちゃんと入れて、みたいなことをすごく考えて作っているんじゃないかなって。

──しかも、流行りのおかずだけに頼っていないから、時代を経ても色褪せない。

ま、なるべく楽しめるようにしたいから流行りのもの、その時々にみんなが好きなものをちょっと入れたりはするんですけど、それも音楽的なよさみたいな部分でのスタンダードがあった上で、ですよね。スタンダードであることっていうのは、常に私の中で大事にしていることではあって。そうじゃないと自分でやりきった気がしないというか、「こんなの世の中に出していいのかな」って落ち着かない気分になっちゃうんで。

川本真琴

──でも、スタンダードを生み出していくのって大変なことですよね。

そうですか? 私の中にはそれが最初からあるんですよ。1曲1曲作っていくものではなくて、自分の中にスタンダードっていうのはもうできあがっているんです。だからそこをしっかり出していくことを意識すればいいっていう。

──それは川本真琴としてのスタンダードであり、引いては世の中に対してのスタンダードでもあるという感覚ですか?

そうですね。なんかね、スタンダードって音符が読めるとか、音程がわかるとかそういうようなことだと私は思うんですよ。技術の面のことというか。そういう技術を持っている上で、自分が今面白いと思っていることを入れていけば、それはおのずとスタンダードになるっていう。

ファンの方のブログで「そういう曲だったんだ!」

──ちなみに今回の制作に当たって、原曲も聴き直しました?

うん、全部聴きました。手元に歌詞の資料がない曲もあったので、それはネットの歌詞サイトって言うんですかね、それを探したりしながら。でもアレ、ほとんどがプリントアウトできないじゃないですか。

──基本的に歌詞サイトはすべてそうなっていますよね。

だからプリントアウトできるサイトをずっと探していて。そうしたら、超マニアックなブログを発見して、それをついつい読みふけっちゃったんですよね(笑)。

──どんなブログだったんですか?

なんかね、私の「ドーナッツのリング」という曲を、その方なりの解釈でレビューしてくれている内容で。それを読んだときに、「ああ、あの曲ってそういう曲だったんだ!」って、ちょっと涙目になってしまったんですよね。「いい曲じゃん!」みたいな。

──ご自身の曲なのに(笑)。

「ドーナッツのリング」を出した時期(1998年)にはまだインターネットがそこまで普及してなかったんで、一般の方の感想とかレビューみたいなものを読む機会ってほとんどなかったんですよ。私はコンピュータの電源を入れるのもめんどくさいタイプなので。そういった感想を簡単に見ることができる今でさえもまったく見ないんです。でも、ひょんなことからそのブログに出会ってしまったんで、ちょっと感動したというか。「ドーナッツのリング」は今回のアルバムにも入れることが決まっていたので、「がんばって歌おう!」って思いましたね(笑)。

川本真琴 セルフカバーアルバム「ふとしたことです」
2016年11月23日発売 / 3240円 / 日本コロムビア / COCP-39770
Amazon.co.jp
収録曲
  1. アイラブユー
  2. fish
  3. 愛の才能
  4. gradation
  5. OCTOPUS THEATER
  6. ドーナッツのリング
  7. やきそばパン
  8. タイムマシーン
  9. ふとしたことです
  10. 1/2
川本真琴withゴロニャンず 1stアルバム「川本真琴withゴロニャンず」
「川本真琴withゴロニャンず」
2016年8月10日発売 / 2765円 / MY BEST! RECORDS / MYRD-100
Amazon.co.jp
収録曲
  1. music pink
  2. summertimeblues
  3. ぱいなっぷるめろでぃ
  4. 私が思ってること知られたら死んじゃう
  5. エリエリ
  6. ハッカときみと太陽と
  7. フラッグ
  8. ごろにゃんずいっつぁすもーるわーるど
  9. プールサイド物語
川本真琴(カワモトマコト)

1974年生まれの女性シンガーソングライター。1996年5月に岡村靖幸が作曲・編曲・プロデュースを手掛けたシングル「愛の才能」でメジャーデビューし、いきなりスマッシュヒットを記録する。その後も「DNA」「1/2」「桜」などのシングルがチャート上位にランクイン。個性的な歌詞と独特の譜割り、ポップでキャッチーな楽曲で人気を博す。しかし、2000年代に入ると表立った活動が停滞。その後2006年に朝日美穂、もりばやしみほとの期間限定ユニット・ミホミホマコト名義でミニアルバム「ミホミホマコト」、タイガーフェイクファー名義によるシングル「山羊王のテーマ」をリリースし、本格的に音楽活動を再開させる。2010年2月には前作から9年ぶりとなるソロ3rdアルバム「音楽の世界へようこそ」をリリースし、音楽ファンの話題を集めた。2014年には植野隆司(テニスコーツ)、澤部渡(スカート)らと新バンド・川本真琴withゴロニャンずを結成。2016年8月に1stアルバム「川本真琴withゴロニャンず」をリリースした。同年、メジャーデビュー20周年を記念してセルフカバーアルバム「ふとしたことです」を発表する。現在は、神聖かまってちゃんとのコラボや、竹達彩奈、ぱいぱいでか美らへの楽曲提供なども精力的に行っている。