音楽ナタリー Power Push - 川田まみ
キャリア10年で魅せた新たな真髄「E.M.R」の正体
新曲のアイデア出しは早い者勝ち!?
──クリエイターの皆さんにはやっぱり作曲家として「こういう曲がやりたい」というビジョンがあると思うんです。でも、ほかの人と曲が似た以上、そのビジョンを曲げざるを得ないわけですよね?
そうなんですけど、例えば私が上から「ここは変えなさい」と命令するのではなく、どちらかといえばおのおのが自分で気付いて「手直し」していく感じでした。もし行き詰まったらみんなで話し合いを重ねながら。例えばC.G mix作・編曲の「Enchantress」は、サビこそ彼特有のキャッチーなメロディラインになっていますけど、それ以外の部分ではすごいチャレンジしてもらったんですよ。
──「E.M.R」になるように?
はい。彼は普段から「俺は歌謡曲を目指してるんだ」と言っていて、実際それが彼の音作りの特長になってるんですけど、そこをグッと「E.M.R」に寄せてくれて。それって、彼にとっては初の試みでもあったので悩んだみたいなんですけど、それこそ周りのみんなでアドバイスをしたりしながら仕上げていきました。あと会議では、毎回各自デモを持ち寄ってみんなで聴くことにしてたんですけど、聴く順番がうしろになった人ほど困った顔をしてましたね。
──それは早い者勝ちだから? 先に提出した人とテイストがカブってて、しかもそのテイストがOKになったら、また別のアイデアを練らなくなる感じというか。
そうそうそう(笑)。「うわ、俺もそういうリフ考えてたのに……」「ヤバい、今、仮で作ってる曲のBPMが似てる!」「オレの曲、ここ変えたほうがいいよね?」みたいなやりとりをその都度して、また曲を書く。その繰り返しです。
──それができるのはやっぱりI'veというチームで作っているからですよね。外部の作曲家さんと組んだら、そこまで密な連携を図るのはなかなか難しかった気がします。
ですよね。特に今回はそれがいい方向に作用していて。本格的に作曲に入ってもらう前に必ずそれぞれと曲の方向性を聞くようにもしていたので、完成した曲に対して「一から作り直してください」と言うことがなかったんです。それにデモが採用されるかは先着順によるところもあったものの、もし誰かとカブって再提出ってなったとしても、その場ですぐに曲のアイデアをディスカッションできるような状況でしたし。あと何より全員とも「ネタがカブったー!」って頭を抱えながらも、「E.M.R」というコンセプトがブレない範囲で一所懸命楽曲のバラエティの幅を広げてくれたんですよね。
絶望のほうが大きい3年間だった
──川田さんは、前作「SQUARE THE CIRCLE」発表時のインタビュー(参照:川田まみ「SQUARE THE CIRCLE」インタビュー)で「満たされている状況に簡単に身を委ねる自分への苛立ちを歌った」とおっしゃっていましたが、今回のアルバムでは、大半の曲の詞の主人公が前を向いているように見受けられます。前作から何か心境の変化が?
うーん……。前作のリリースから現在に至る3年間は、私にとって非常に大きな3年間だったのですが、その内訳はというと、むしろ絶望のほうが大きかったというか……。
──絶望?
ガールズバンドを結成したり、クラブイベントでDJと共演したり、いろんな経験をさせてもらったし、もちろんいいこともたくさんあったんですけど……。ただ私、若い頃は「年をとれば、もっと楽に自分と向き合えるようになるのかな?」「将来はもっと伸びやかに音楽ができるのかな?」って思ってたんですね。諸先輩方を見ると……例えばアニソン界でいえばJAM Projectさんなんか素晴らしいじゃないですか。だから私もがんばらなきゃって張り切っていたんですけど……。
──現実は思っていたのと違った?
なんだか、やればやるほど閉ざされていく気がしたんですよ、未来が。すごく恵まれている自覚はあるんですけど、やっぱり年を重ねるに連れて人生の選択肢って減っていくじゃないですか。だから今後は少しずつ諦めていく作業も必要になってくるし、ただ突っ走るだけではいけないんだってことを強く感じた3年間だったんです。そういう気持ちが、実は「PARABLEPSIA」っていうアルバムタイトルにもつながってるんですよ。
──日本語で「錯視」。例えば静止画の幾何学模様が、じっと見つめているうちに動いて見えるような目の錯覚ですね。
そう。つまりこのアルバムは、本当はひとつの動かぬ真実があるのに、それがぐるぐる動いて見えたり、世の中が歪んで渦巻いているような感覚に囚われて、「この先どこを見据えて生きればいいんだ!」みたいな不安や焦りから始まってるんですよ。でも、そこで今一度憧れの先輩方を見ると、やっぱりカッコよくて、「私も後輩に希望を与えないでどうするんだ!」みたいな感覚も覚えたんですね。
──先輩方を差し置いて腐っている場合ではないと。
生きてりゃ絶望もする、ということを提示しながらも、やっぱりその先を照らさなきゃいけない。だからといって、ただ「明日は明るいよ」とはもう言えない。もはや希望だけを拠り所に生きていくのは難しいし、未来を全肯定するわけにもいかないけれど、それでも前進し続けなきゃいけない。そういう私なりの、ちょっとキャリアを積んだ人間なりの前向きさを表現できればいいなと思いまして。
──確かにどの歌詞にも、どこか閉塞感のある場所から飛び出していくような、そんな場面を連想させる言葉が散見されますね。
昔は、自分のうしろにはキャリアも歴史もないから、ただ前を向いていればよかったんですけど、ある時期からやたらうしろ向きになり「ああ、年をとるってこういうことか!」と。でも逆にいうと、いろいろなことを経験させてもらえたからこそ今の感情があるわけで、じゃあそれも引っくるめて前向きになってやろう。例えばタイトルトラックの中の「trick me!」という歌詞は自分を取り巻くネガティブなものに対して「騙してみろよ!」と。「私はその嘘の先を行ってやる!」と挑んでる感じなんです。
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収録曲
- parablepsia
- Borderland
- I...civilization
- fly blind
- Eager Eyes
- PIST
- Enchantress
- here.
- HOWL
- Replica_nt
- It's no big deal
- Break a spell
- Dendritic Quartz
川田まみ(カワダマミ)
2月13日生まれ、北海道出身の女性シンガー。2001年に島みやえい子の推薦でI'veのオーディションに参加し合格。同年11月に発表された「風と君を抱いて」で歌手デビューを果たす。2004年6月にリリースされた「I've Girls Compilation 6『COLLECTIVE』」収録曲「IMMORAL」「eclipse」で高評価を受け、2005年2月にテレビアニメ「スターシップ・オペレーターズ」の主題歌に採用されたシングル「radiance / 地に還る~on the Earth~」でソロデビューした。以降、さまざまなアニメのテーマソングを手掛け、独特の繊細なビブラート、透き通るように伸びやか、かつ力強い歌声で幅広い層からの支持を獲得。2012年8月に通算4枚目のアルバム「SQUARE THE CIRCLE」をリリースし、2013年2月には初のベストアルバム「MAMI KAWADA BEST BIRTH」、ニューシングル「FIXED STAR」を立て続けに発表した。2014年にはアニメ「東京レイヴンズ」後期エンディングテーマ「Break a spell」を、2015年にはアニメ「To LOVEる -とらぶる- ダークネス2nd」のエンディングテーマ「Gardens」を発表。そして9月16日には3年ぶり5枚目のオリジナルフルアルバム「PARABLEPSIA」をリリースする。