ナタリー PowerPush - 川田まみ
もうひとりの自分との出会いが生んだ転換期に迫る
「Usual...」は日々の葛藤や悩みを象徴する曲
──アルバム中盤に収録されている「Usual...」が、非常に印象的な仕上がりですが。
実は「Usual...」って、日々の葛藤や悩みを象徴する曲なんです。この曲ってすごく混沌としているじゃないですか。深いリバーブをかけたドラムの上で、I'veの尾崎武士ってギタリストにうねるギターを弾いてもらって、私のキレイめなコーラスが入るという。
──ええ。だから逆説や皮肉を込めて「Usual...」(普通の)っていうタイトルをつけているのかと思いました。
実はその逆で、素直に付けたタイトルなんです。コーラスを入れる前、曲が上がってきたときに中沢さんと尾崎さんと3人でそれを聴きながら「これって普通な感じだよね」「うん、"Usual"だね」って話になって。私たちの心の中には、なにかしら葛藤や悩みが渦巻いていて、それが苦しかったりもするんだけど、実はそれこそが普通のことであり、そういう気持ちを抱えて暮らすことこそが日常なんじゃないかって思いを込めてみたんです。
怒りと悔しさのネタ不足でちゃぶ台をひっくり返し
──断酒によって創作の原動力を手に入れてからも作詞は大変でした?
そうですね。3曲目に録った「Don't Stop Me Now」までは、詞の中の私も普通にムカついていられたんですけど(笑)、4曲目の「live a lie」あたりから雲行きが怪しくなり。ただでさえ毎日フラストレーションが溜まってるから、言いたいことはたくさんあるんだけど、これまで怒りを露わにした詞を書いたことがなかったから、表現方法、要は言葉のチョイスや詞の構成がそれまでの3曲と似てきちゃったんですよ。それでも5曲目に録った「Going back to square one」は作詞中にパッと思い浮かんだ「いろいろあったけど、結局振り出しに戻る」という、すごく残念なモチーフのおかげで結構スムーズに書けたんですけど(笑)、6曲目の「らせん階段」の詞を書いてるときに、ついに怒りと悔しさのネタ不足がピークを迎えて、ちゃぶ台をひっくり返しちゃいました。
──それまで書いていた詞を白紙に戻したってこと?
いえ、実際にちゃぶ台をひっくり返してやりました。家にいると娯楽や誘惑が多いので、事務所の一角に脚を折りたためる小さなテーブルを持ち込んで、その上にパソコンを置いてパタパタと詞を書いてたんですけど、そのテーブルをバーン!っと。いつもそういうことをしている人だと思われると嫌なんで、人生初であることは強調しておいてもらいたいんですけど(笑)。
──それは「大胆な行動に出たら新しいアイデアが思い浮かぶかも」という実験で?
120%本気です! あまりの書けなさに「あーっ!」ってなって、ひっくり返してやりましたから。ただ、ひっくり返す前にテーブルの上にあったパソコンと紙だけは脇によけておくという(笑)。
──ホントにお行儀のいい子に育てられてますねえ(笑)。
しかもひっくり返したことによって、今は煮詰まり過ぎて自分だけが大変な目に遭ってるんだって視野が狭くなってるだけ、本当はみんなも日々大変な思いをしてるんだ、ってふと我に返ってしまい。自分のことがものすごく情けなくなって、その日は札幌の国道12号線っていう大きな道路をひとりでワンワン泣きながら帰ったんですよ。我がことながら、ホンットに気持ち悪いんですけど(笑)。で、次の日が東京出張だったんですけど、ちゃぶ台をひっくり返して泣いて反省した結果、すごく素直な気持ちになれて、行きの飛行機の中で一気に書いたのが「らせん階段」なんです。
吐き出せた気持ち良さはあるけど今も悔しい
──長い長い「らせん階段」を登り切ってからは、ようやく作詞のスピードも上がり?
いや、詞が溜まってきたら、今度はこれまでのI'veの作品、KOTOKOさんの書いた詞や島みやさんの歌った詞と自分の詞を比べるようになっちゃったんです。I'veを引っ張ることを期待されている「川田まみさん」像を意識しすぎて「I'veとはなんぞや」ということを考え過ぎてしまって。
──悩みは尽きませんねえ(笑)。
ただ、途中で「私が任されている以上、私らしい作品を作ることが重要なんじゃないか」ということに気付き。それで、普段抱えている痛みや葛藤、過去のI've作品に対する嫉妬心こそが、「my buddy=私の相棒」なんだ。苦しいし嫌なんだけど、私はそういう気持ちに駆り立てられて突き進んでいるんだから、痛みも葛藤も嫉妬もかかってきなさいっていう「my buddy」の歌詞が完成したんです。それからですね。「あっ、悩んでいる自分と向き合っちゃえばいいんだ」「それってある意味、私らしくもあるし、クールな『川田まみさん』らしくもあるのかな」って、アルバムコンセプトや自分の気持ちにまっすぐ立ち向かえるようになったのは。その後も曲数が溜まるたびに「私、もういろんなムカつき方しちゃったしなあ」って表現方法に悩んだりはしましたけど、最後には不可能を企ててやる、現状を塗り替えてやる、破り捨ててやると、私の心境をすべて反映するような「SQUARE THE CIRCLE」も書けましたし。今の自分が見せたいこと、知ってほしいことはすべて書き留めることができたんじゃないかな、とは思ってます。
──既発のシングルを除けば10曲の歌詞を通じて自らの心の奥底をさらけ出した結果、川田さんは救われました?
うーん……。吐き出せた気持ち良さはあるんですけど、今もなんか悔しいんですよねえ。過去を変えられるわけではないので、この満たされていることに対する悔しさや怒りは一生ついて回るんじゃないですか。だから一生歌い続けようかな、とは思ってます(笑)。ただ、せっかく新しい表現を手に入れたんだから、この楽曲をより私らしく磨き上げてお客さんに観てもらいたいな、という前向きな気持ちにもなれてるんですよ。CDを聴いて「川田まみ、変わったじゃん」と思っていただいた方に「おっ、ライブも変わったじゃん」って思ってもらいたい。いくら楽曲が新しくなっても、ステージの私が変わらなければ、表現者として新しい一歩を踏み出せたとは言えませんから。CDとライブ、どちらも次のステップへと進みたいんですよね。
ニューアルバム「SQUARE THE CIRCLE」/ 2012年8月8日発売 / ジェネオン・ユニバーサル
CD収録曲
- SQUARE THE CIRCLE
- No buts!(TVアニメ「とある魔術の禁書目録Ⅱ」オープニングテーマ)
- my buddy
- Don't stop me now!
- Clap!Clap!Clap!
- Usual…
- See visonS(TVアニメ「とある魔術の禁書目録Ⅱ」新オープニングテーマ)
- live a lie
- Midnight trip // memories of childhood
- らせん階段
- F
- Going back to square one
- Serment(TVアニメ「灼眼のシャナⅢ-Final-」2ndオープニングテーマ)
川田まみ(かわだまみ)
2月13日生まれ、北海道出身の女性シンガー。学生時代から歌手を志し、2001年に島みやえい子の推薦でI'veのオーディションに参加し合格。同年11月に発表された「風と君を抱いて」で歌手デビューを果たす。2004年6月にリリースされた「I've Girls Compilation 6『COLLECTIVE』」収録曲「IMMORAL」「eclipse」で高評価を受け、2005年2月に中沢伴行プロデュースによるシングル「radiance / 地に還る~on the Earth~」でソロデビュした。以降、さまざまなアニメのテーマソングを手掛け、独特の繊細なビブラート、透き通るように伸びやか、かつ力強い歌声で幅広い層からの支持を獲得。2012年8月に通算4枚目のアルバム「SQUARE THE CIRCLE」をリリースする。