ナタリー PowerPush - 川田まみ

もうひとりの自分との出会いが生んだ転換期に迫る

私のビジュアルイメージに寄せた楽曲を作ってもらった

──川田さんが主導権を握ることでアルバムの制作スタイル自身も変わったりしました?

ええ。今までは楽曲ありき。制作陣から上がってきた楽曲を川田まみが歌うことで「川田まみの楽曲」「川田まみのアルバム」を作っていたんですけど、今回はまず「川田まみがライブで歌っている姿を想像して曲を作ってください」とオーダーさせてもらいました。楽曲に自分を寄せるのではなくて、私のビジュアルイメージに寄せた楽曲を作ってもらったのも、これまでとは違う楽曲が並んだ理由のひとつだと思っています。

──皆さんの中に「川田まみさん」像が出来上がっているはずなのに、制作陣に川田さんをイメージしてもらったらバラエティに富んだ楽曲群が出揃ったっていうのは、ちょっと面白いですね。

でも「Don't stop me now!」なんかも私らしい楽曲ではあるんですよ。「川田まみさん」の楽曲のイメージというと、さっきおっしゃっていたとおり激しいデジロックだとは思うんですけど、実は私、ロックっぽくシャウトしたことって一度もなくて。どちらかというと、声を張り上げずにクールに歌うタイプなんですよね。で、前作の「LINKAGE」にちょっとハウスっぽい「TOY」っていう楽曲を入れてみたんですけど、そういうトラックに熱っぽさを帯びずにまっすぐ歌う私の声が乗るのが結構新鮮で心地良かった。なので「TOY」の作編曲をしてくれた井内舞子さんに改めて制作をお願いしてみたら、私の歌い方や私の感じている心地良さを汲んだ上で、さらにハウスっぽくてトランシーな「Don't stop me now!」を作ってくれたんです。もし「川田まみさん」の一歩先に進んでいるアルバムだと思ってもらえるのであれば、それは私のことをよく知っている制作陣がそれぞれ、ちょっと意外なんだけど、確かに合ってる「川田まみさん」像向けの曲を作ってくれたからなんでしょうね。

いつも私の隣には歌える環境があった

──今回のアルバム収録曲の作詞はすべて川田さんですか?

そうですね。実はタイトル曲「SQUARE THE CIRCLE」の詞が最後に出来上がったんですけど、「SQUARE THE CIRCLE」(円を正方形にする)、つまり「不可能を企ててやろう」という気持ちはアルバムの制作当初からあって。「川田まみさん」と私自身のギャップを埋め合わせられない葛藤もそうなんですけど、これまでごまかしてきた悩みやいらだちをさらけ出して、きちんと立ち向かう歌、これまでの私ならまず不可能だったことに挑戦する歌を歌ってみたかったんです。

──確かに多くの詞の中で、川田さんは自分のありように無力感やどうしようもなさを覚えていて、それを乗り越えようとしています。ただ、そういうコンセプトを採用したこと自体、不思議ではあるんですよ。「川田まみさん」と実像にギャップがあるとはいえ、それこそアルバム収録曲の「No buts!」がオリコンウィークリーチャート6位になるような、売れっ子ボーカリストがなんでこんなに悩んで、いらだってるんだろうって。

インタビュー写真

これはすごく贅沢な話ではあるんですけど、私ってホントに苦労してないんですよ。通っていたボーカルスクールの講師だった島みやさんにスカウトされるような形でI'veのオーディションを受けて、そのまま採用されて、3年後にはKOTOKOさんの次にメジャーデビューもさせてもらって。いつも私の隣には歌える環境があったんです。しかも家族にも恵まれ、父母弟、みんなに愛されて育っている。もちろん幸せに暮らせたことや音楽ができていることにはすごく感謝しているんですけど、私はその現状にすごく甘えているんじゃないか、っていう漠然とした不安とか悔しさとか怒りみたいなものが常につきまとってるんです。だから、そういう気持ちをさらけ出して立ち向かいたかったし、実際、さらけ出せたつもりではいます。

──気持ちを素直にさらけ出す作業は順調に進みましたか?

産みの苦しみが絶えなかったですね。というのも、今回のレコーディングってあり得ないくらいの幸福感に満たされちゃってたんですよ。自分の気持ちを吐き出せるから。例えばみんなが寝静まったあと「ここからはオレの時間だぜ」って感じで、何かを始めようとする「Midnight Trip」の詞なんかは、まさに私の小さな頃の気持ちですし。父親からも母親からも厳しく叱られて育ったんですけど、そこに愛情があることがわかっているから、ワガママも言えないし、いい子でいたいなとは思っている。でもやっぱりそれは窮屈で、みたいなジレンマをようやく歌にすることができましたし。

満たされちゃうと曲が作れなくなるからビールを我慢

──お話を聞く分には、すごく楽しそうな制作現場なんですけど。

確かにレコーディングしては満足して、ミックスダウンを聴いては満足してたんですけど、今回のアルバムはコンセプトがコンセプトだけに、満たされちゃうと曲が作れなくなっちゃうじゃないですか。

──ああ、そうか。じゃあ、その充足感ってどうやって解消したんですか?

ビールを我慢しました! 「ただでさえ私は普段から満たされてるんだから、これ以上満たされないためにも制作期間中、大好きなビールは飲まない!」「飲めないフラストレーションの中で戦ってやる!」って(笑)。もうねえ、何度コンビニで「一番搾り」を握ろうとしたことか!

──あはははは。ストイック……なのか、それは?(笑)

1日だけ「発泡酒で我慢してやったぜ!」って感じで、一番搾りじゃなくて発泡酒を手にしてみたんですけど、やっぱり次の日にはすごい罪悪感が襲ってくるんですよね(笑)。満たされていることや、満たされている状況に簡単に身を委ねてしまう自分の存在が、私の最大のストレスや創作の原動力になっていることをホントに痛感しました。……って、変ですかね、私?

──いや。不景気だし、震災もあったから、最近の状況はまた違うんでしょうけど、川田さんのファンや僕らの世代の多くは、劇的な貧しさや困難に直面せずに生きてこられた。でも、その普通の生活に満足している人はそういないはずです。だから、発泡酒を前に凹む姿は面白いものの(笑)、川田さんの歌う葛藤やいらだち自体は、実は誰もが抱えている普遍的なものなんだとは思います。

なら、よかった(笑)。

ニューアルバム「SQUARE THE CIRCLE」/ 2012年8月8日発売 / ジェネオン・ユニバーサル

CD収録曲
  1. SQUARE THE CIRCLE
  2. No buts!(TVアニメ「とある魔術の禁書目録Ⅱ」オープニングテーマ)
  3. my buddy
  4. Don't stop me now!
  5. Clap!Clap!Clap!
  6. Usual…
  7. See visonS(TVアニメ「とある魔術の禁書目録Ⅱ」新オープニングテーマ)
  8. live a lie
  9. Midnight trip // memories of childhood
  10. らせん階段
  11. F
  12. Going back to square one
  13. Serment(TVアニメ「灼眼のシャナⅢ-Final-」2ndオープニングテーマ)
川田まみ(かわだまみ)

2月13日生まれ、北海道出身の女性シンガー。学生時代から歌手を志し、2001年に島みやえい子の推薦でI'veのオーディションに参加し合格。同年11月に発表された「風と君を抱いて」で歌手デビューを果たす。2004年6月にリリースされた「I've Girls Compilation 6『COLLECTIVE』」収録曲「IMMORAL」「eclipse」で高評価を受け、2005年2月に中沢伴行プロデュースによるシングル「radiance / 地に還る~on the Earth~」でソロデビュした。以降、さまざまなアニメのテーマソングを手掛け、独特の繊細なビブラート、透き通るように伸びやか、かつ力強い歌声で幅広い層からの支持を獲得。2012年8月に通算4枚目のアルバム「SQUARE THE CIRCLE」をリリースする。