おかしな人なんですけど
──個人的に、今作で最も「これはヤバい曲だ」と思ったのが6曲目の「ピンクの仔象」なんですが……。
向谷・櫻井・神保 おおおー!
神保 この曲はタイトルもヤバいですよね(笑)。
向谷 ヤバいね(笑)。「ピンク・パンサー」とか「スター・ウォーズ」のようなイメージがもとになっていて、のそのそとした動きの遅いクリーチャーと、宇宙を疾走するスピード感の対比をイメージしました。演奏的には完全なるトリオだよね。
神保 そう。まあどの曲も完全トリオではあるんですけど(笑)、キーボードを複数台使ったりパッドを使ったりもしていない、ミニマルなピアノトリオ編成で作りました。
向谷 で、また櫻井くんのベースがね。この人、書いた通りに弾かないんですよ。1625という循環コード進行(1度、6度、2度、5度の順番で展開する定番の進行)が出てくるんですけど、「1625は人生で死ぬほどやってきたからやりたくない」って。
櫻井 そんな言い方はしてないでしょ(笑)。「そのままだとありきたりで面白くないから、ちょっと変えたいな」って言ったんですよ。
向谷 それでどうするのかなと思っていたら、6度の代理としてまさかの3度フラットを出してきて。あれにはシビれましたね。
櫻井 うれしかったでしょ?(笑)
向谷 うん。あとは神保くんのドラムソロもすごく面白くて。曲がシンプルなだけに、3人のボキャブラリーが盛大に発揮された1曲になっていますね。
櫻井 僕、向谷さんの書くメロディも大好きなんですよ。神保くんのメロディとはまた違った、ロマンチックなよさがあって。本人はおかしな人なんですけど……。
神保 「おかしな人」(笑)。
向谷 ちょっと待ってくださいよ!(笑)
櫻井 9曲目の「天ノ川」も向谷さんのメロディだけど、すごく繊細ですよね。そういうメロディをフレットレスベースで弾かせてもらったりすると、うっとりするような響きになるんです。向谷さんは実はけっこう繊細なロマンチストで。おかしな人なんですけど。
向谷 何度も言わなくていいよ(笑)。その「天ノ川」で櫻井くんが弾いてくれたソロがラシドラファーって始まるんですよ。コードはAマイナー(ラ、ド、ミ)なのに、ファの音を経過音じゃなくロングトーンで使うというのが衝撃的で。
櫻井 みんな最初は戸惑ってましたけど(笑)。
神保 しばらく黙って顔を見合わせましたね(笑)。
向谷 すごいことするなと思って。でもそれが悶絶するほどいいんです。あれだけ自信満々にファを伸ばされると、誰も文句言えなくなる。もし新人くんのプレイだったら「君、もっと音楽を勉強しなさい」って言っちゃうところだけど。
──「イチローが見逃したならそれはボールだ」みたいなことですね。
向谷 あれはもう最盛期のマイルス・デイヴィスに匹敵する1音だね。
櫻井 (笑)。
僕と神保くんには1ミリも刺さらなかった
向谷 で、アルバム制作の終盤に櫻井くんの「Zero G」という曲が出てきまして。これが最後だったよね?
櫻井 そうそう。
向谷 神保くんが今回やろうとしていた“今までにないドラムサウンド”の集大成みたいな音になっています。さっき言ったスネアにシンバルを乗せるのもそうだし、この曲ではタムを全然叩いていないんですよ。
神保 生まれて初めてタムを1回も使わないレコーディングになりました。ドラムの録音って、マイクの本数が増えれば増えるほど位相の問題で音が奥に引っ込むんですよ。この曲はドラムの音をもっと前に出したかったので、マイクの本数を減らすためにタムを封印して。その結果、この「Zero G」のドラムは本当にゼロ距離で鳴っているような聞こえ方になりました。
櫻井 そういう発想に至るところがすごいなと。すごくファンキーな曲なので、本来であればドラムはもっとカッコいいプレイをいくらでもできるはずなんですよ。でも、そこをあえて超シンプルなアプローチにして、カッコいい音色で叩くことに特化したグルーヴマシンに徹するという。
向谷 もうマシンだったよね。ジンボマシン。
櫻井 しかも、それをやるのが誰よりも技術を持っている神保彰だという事実がめちゃくちゃカッコいいなと思います。そのおかげもあって、ベースはもう大胆にいろんなプレイを思う存分やっていて。
──僕の取材メモには「Zero G」について、「どうかしてるスラップベースの曲」と書いてあります(笑)。
櫻井 どうかしてるでしょ?(笑)
向谷 最初のアイデア時点でどうかしてたからね。
神保 この曲も最初にみんなでデモを聴いたとき、みんな止まったよね(笑)。フリーズしちゃって。
櫻井 みんなが固まった理由はコードだったんですよ。僕なりに知恵を絞って考え抜いた末のコードを当てていたんですけど、どうやらそれが引っかかっている様子で。なのでメロディとベースは最初のデモのままなんですけど、コードを丸ごと入れ替えることになったんです。
向谷 その件、まだ根に持ってるの?
櫻井 僕自身はすごく好きなコードだったんで……。
神保 我々には1mmも刺さらなかった(笑)。
向谷 そうそう(笑)。せっかくスラップバリバリでカッコいい曲なのに、お客さんが「どう聴いていいかわからない」というふうになっちゃったらお互いに不幸じゃないですか。櫻井くん的には渾身のコードだったけど、僕と神保くんには1mmも刺さらなかったので、たぶん聴いてくれる人にも5mmくらいしか刺さらないんじゃないかなと。
櫻井 わははは。それで向谷さんにリハモしてもらったことで、すごくハッピーな曲になって。もともとベースライン自体は今までにないユニークなものが作れて非常に気に入っていたので、それを生かしてくれるドラムの音色とシンプルなプレイも含めて、大好きな曲に仕上がりました。
向谷 まあ、そういう楽しい紆余曲折を経てアルバムというものはできあがるんですよ。
本当の意味でのかつしかトリオのサウンドを
──ところで、前回のインタビューで「3人の合計年齢がもうすぐ200歳になる」というお話をされていましたよね。計算してみたところ、今年その日を迎えるようですが……。
向谷 え、今年? 来年じゃない? 僕が今67歳で……2人は今何歳?
櫻井 僕は66歳。
神保 で、僕が65。
向谷 67+66+65で、198でしょ? そんで、今年10月に僕が68になって……。
──11月に櫻井さんが67歳になられるので、そこでちょうど200です。
向谷 本当だ!
神保 今年の11月13日から来年の2月26日まで、約3カ月間だけそうなる計算ですね(笑)。
向谷 そうか……! じゃあ、11月26日の東京国際フォーラムが200歳で迎える最初のライブになるのか。ツアータイトル変えないと(笑)。
櫻井 もう遅いでしょ(笑)。ステージでチラッと言えばいいんじゃないですか?
向谷 舞台に「200」って書いておこうか。それなら今からでも間に合うでしょ。
神保 数字の形をした風船とかで?
櫻井・向谷 わはははは!
神保 500円くらいの金色のやつ(笑)。
向谷 そうかあ、うっかりしてたなあ……もっと早く気付いておけばよかった。
櫻井 でもまあ、別にいいじゃないですか(笑)。
──演奏には関係ないですし(笑)。ひとまずはそのツアーへ向けて集中していく感じですよね。
向谷 そうですね。今回はステージ美術も含めたビジュアル演出を……風船はさておき(笑)、ちゃんと考えようかと思っていて。そろいの衣装も作ったしね。
神保 そうなんですよ。アルバム用の宣材写真でも着てるやつなんですけど。
櫻井 ステージ衣装をオリジナルで作るなんて、40年ぶりくらいですよ……!
向谷 それに加えて、今回のアルバムでかつしかトリオのオリジナル曲が合計20曲になりましたから。ほぼそれだけでセットリストを組むことができるようになったので、その意味でも楽しみにしてもらえたらと思っています。
神保 これまでは、カシオペア時代の曲なども混ぜないとフルコンサートの尺は埋まらなかったですから。
櫻井 そうですね。僕らのシグネチャーサウンドというか、オリジナリティを全編にわたってお届けできる初めてのツアーになります。もちろん80年代の僕らに思い入れを持って来てくださるお客さんもいらっしゃると思うけど、そういう人にも今の3人の音楽を存分に楽しんでもらえたらうれしいですね。
神保 本当の意味での“かつしかトリオのサウンド”をお届けしますので、期待していただければ。
向谷 ぜひ!
公演情報
かつしかトリオ LIVE TOUR 2024
- 2024年9月28日(土)東京都 かつしかシンフォニーヒルズ
- 2024年10月5日(土)大阪府 なんばHatch
- 2024年10月20日(日)北海道 共済ホール
- 2024年11月4日(月・振休)愛知県 中日ホール
- 2024年11月9日(土)京都府 京都テルサ
- 2024年11月10日(日)福岡県 JR九州ホール
- 2024年11月26日(火)東京都 東京国際フォーラム ホールC
プロフィール
かつしかトリオ
元カシオペアのメンバーでもある向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)によって結成されたインストゥルメンタルバンド。2021年に活動をスタートさせ、全国5カ所でライブを開催。2022年7月に新曲3曲入りの音源をリリースし、iTunes Storeのジャズチャートで1位を獲得した。2023年10月に1stアルバム「M.R.I_ ミライ」を発表し、2024年9月には前作から1年足らずで2ndアルバム「ウチュウノアバレンボー」をリリース。同月から全国6カ所でワンマンツアーを行う。