かつしかトリオ「ウチュウノアバレンボー」インタビュー|“大人げないオトナ”が早くも宇宙へ (2/3)

デモテープをそのままリリースしてもいいくらい

──具体的に楽曲制作はどういうふうに進むんですか?

櫻井 まず、最初の下地となるアイデアはデータで共有するんですよ。

向谷 それぞれがDAWで作ったデータを一旦僕が集約して、マージして送り返します。そこで「ちょっと解釈が違う」とか「ここはもっとこうしたほうがいい」という意見が出てきたりするんで、それを加味して直したものをまた送り返す。曲によってはそれを何回か繰り返す場合もあります。で、月に1回3人で集まったときに「じゃあ今日はこの曲とこの曲を詰めていこう」という感じで、いろいろ決めていくという流れですね。。

櫻井 向谷さんのスタジオにみんなで集まって、そのデータをもとに膨らませていくんです。そのときは僕と神保くんは何も楽器をいじらずに、ひらめいたアイデアをその場で言い合いながら、向谷さんが鍵盤で形にしていきます。

向谷実(Key)

向谷実(Key)

──せーので音を出しながら作っていくやり方と、個人が自宅で作り込むやり方のちょうど中間みたいな感じですね。

向谷 デモ作りはそうですね。その結果、(おもむろにカバンから譜面を取り出して)こういうものができあがります。これは「ウチュウノアバレンボー」の譜面なんですけど。

──おお、すごい。そのまま売り物にできそうなくらい精密ですね。

向谷 これは間違いなく正しい譜面です。普通のジャズ / フュージョンバンドは、ここまで作り込んだものは使わないんですけど。マスターリズム譜という、メロディとコードとキメのタイミングだけが書かれた簡易的な譜面を使って、細かいところは奏者に任せるのが普通なんです。でも、こうやって細かく記録しておかないと僕は忘れちゃうので(笑)。

神保 向谷さんがちょっと弾いたフレーズがすごくよかったりすると、すかさず「それそれ!」って言ったりするんですけど……。

向谷 「え、どれ?」って(笑)。片っ端から忘れちゃうんで、形として残しておく必要があるんですよ。で、そんな楽しいやりとりを経てできあがったものをブラッシュアップして、レコーディングに備えるわけです。だから今回、デモテープのクオリティは非常に高かったですね。そのままリリースしてもいいくらい……まあ、この人たちは何も弾いてないけど(笑)。デモの段階だと全部シンセなんで。

TikTokとかに上げたらいいのに

向谷 「ウチュウノアバレンボー」の場合は、神保くんの作ってきた耳に残るメロディがまずありました。マイナー調の、いわゆる伝統的なフュージョンメロディでね。

櫻井 こういう大きなメロディを作ることに関しては、神保くんは本当に見事で。みんなが歌えるメロディを書いてくれるんですよね。

向谷 そうそう。ただ、メロディはすごくいいと思ったんだけど「そのままだと、どこにでもありそうな曲になっちゃうよね」って僕が言ったの。

神保 メロディは王道だけど、ドラムの音色とリズムアレンジが普通じゃないんですよ。

神保彰(Dr)

神保彰(Dr)

向谷 最初にそう言われたときは何を言っているのか全然わからなかったけど(笑)、実際にレコーディングが始まったら、スネアの上にシンバルを置いて叩いたりしているわけですよ。音作りからめっちゃこだわっていて、しかもリズムパターンもやたら複雑なものになっている。だからこそ、その上に乗るメロディは王道である必要があったというか。これが複雑で細かいメロディだったら成り立たない、という確信が神保くんには最初からあったんです。

神保 そうですね。ちなみにスネアにシンバルを乗せるという手法は90年代後半頃から存在していたもので。それをすると、ちょっとマシンライクな、打ち込みっぽい音になるんです。今回のアルバムで大人げなさをもう1段階上げるにあたって、そういうアプローチにも挑戦してみようと思いました。大気圏内に収まっていたところから宇宙空間に飛び出した、みたいなイメージですね(笑)。

櫻井 宇宙で暴れてるイメージ(笑)。で、この曲の肝は転調にあると僕は思ったので、中間セクションのソロ回しのところも転調させました。その中の、ベースソロのところで鳴っているコードは、最初はシンプルなものだったんですけど……。

向谷 Cマイナーのところが、いわゆるハイブリッドコード(2種類の和音を掛け合わせたコード)になっています。ベースソロが普通のハーモニーを許さないフレーズだったので、ここのコード構成音は七声とか八声くらいになっていて。

──ドレミファソラシド全部が鳴ってるくらいの勢いですね(笑)。

向谷 しかも、それをオープン(構成音の音程間隔を空けること)じゃなくクローズド(間隔を詰めること)で弾いているという。ここがこの曲のポイントですね。

櫻井 ソリストが自由に弾くというよりは、コードも含めて緻密に構築することによってスリル度を上げようと。ここはけっこうがんばりました。あとは、ピアノとベースのユニゾンだけじゃなくてドラムとベースの3連ユニゾンもかなりアクセントになっていて、いろんな組み合わせが楽しめる曲にもなっています。

向谷 そうそう。そういうアイデアがどんどん足されていってね。

櫻井 どんどん面白くブラッシュアップされていった曲です。

──そのようにテクニカルなパートではとことん高度なこだわりを詰め込みながら、一方で親しみやすいメロディアスなパートもすごく大事にしていますよね。どちらかに偏らず、両方に突き抜けているのが実にかつしかトリオだなあと感じます。

向谷 歌いたくなるようなメロディがちゃんとあるというのは、このバンドで一番重要なところですね。全編にわたってギミック、キメ、ソロ、難しいコードの応酬、ということにはならないんですよ。ならないし、なりたくないというか。この曲も中間のパートでは暴れに暴れているんだけど、出だしから歌詞を付けたくなるようなメロディで始まってるし。

櫻井哲夫(B)

櫻井哲夫(B)

神保 向谷さんは、すぐおかしな歌詞を即興で付けて歌い出すんですよ。別バージョンとしてTikTokとかに上げたらいいと思ってるんですけど(笑)。

向谷 車を運転してるときとかによく歌いますね。今回のアルバムだと、「Banana Express」も神保くんのメロディがキャッチーでヤバいです。非常に歌詞が乗りやすい(笑)。

櫻井 「ウチュウノアバレンボー」以上に“フュージョン!”って感じの曲ですね。

神保 前作に「Red Express」という曲がありましたけど、「なんとかエクスプレス」がアルバムに1曲必ず入ってるといいなと思ったんです。向谷さんといえば鉄道だし。