カシオペアの元メンバー向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)によって結成されたインストゥルメンタルバンド・かつしかトリオが、2ndアルバム「ウチュウノアバレンボー」をリリースした。
昨年10月にリリースされた1stアルバム「M.R.I_ミライ」には「大人げないオトナの音楽」というコンセプトが掲げられていたが、今作「ウチュウノアバレンボー」のテーマはタイトル通り“宇宙”。前作をさらに上回るような、規格外の“大人げなさっぷり”が遺憾なく発揮されている。音楽ナタリーはかつしかトリオの3人にインタビューを行い、前作「M.R.I_ミライ」で得た手応えや、「ウチュウノアバレンボー」制作の裏側について話を聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ
のんびりやってられない
──前作「M.R.I_ミライ」から約1年弱というスパンで2ndアルバム「ウチュウノアバレンボー」が完成しました。リリースのペースがだいぶ早いなという印象なんですが……。
向谷実(Key) あ、そうですか?
櫻井哲夫(B) 年1枚ペースだから、そんなに早いとも思わないですけどね。
向谷 カシオペアで一緒に活動していた80年代当時は「1年でアルバム2枚」とか「2年で3枚」とかって契約があったりもしたから、それに比べたら全然だよね。しかも、今は枚数ありきじゃなくて自分たちのペースで音楽を作れているので、特に早いとも遅いとも感じないかなあ。
櫻井 1年に1枚くらいがちょうどいいペースなんじゃないですかね。それ以上空けると間延びしちゃうというか……年齢的にも、あんまりのんびりやってられないんですよ(笑)。
向谷 残された時間が限られてるからね(笑)。
神保彰(Dr) まだ2ndアルバムがリリースされてもいないのに、もう3rdアルバムのアイデアが沸々と湧いてきたりもしていて。
向谷 まあデビューしたてのバンドですから、少なくともアルバム4枚目ぐらいまでは“このバンドでやれること”を次々と提示していく段階なのかなと思います。タイトにスケジュールを詰めてやっている意識はまったくないですね。
──なるほど。その中で今作の“宇宙”というモチーフについては、どこから出てきたアイデアなんですか?
櫻井 アルバムの1曲目に収録した「ウチュウノアバレンボー」のデモができたときに、ものすごくスケールの大きな暴れっぷりがすでに発揮できていたので、このタイトルがなんとなく浮上してきたんです。みんな最初からハンパなく気合いが入ってた。
神保 最初に形になったのがこの曲だったよね。「ウチュウノアバレンボー」というタイトル案もかなり早い段階から出ていて、なんとなくアルバム全体を象徴する言葉としてハマった感じです。
向谷 その名称を最初に決めたからこういうアルバムになった、ってことだよね。前作が「大人げないオトナの音楽」というキャッチコピーで、今回のタイトルが「ウチュウノアバレンボー」というのは、まあ五段活用みたいなもんで。
櫻井 五段活用(笑)。
向谷 「大人げないオトナの音楽」をしのぐ言葉はなんだといったら、もう「宇宙」くらいしかない!みたいなノリです。
神保 大人げなさに拍車をかけよう、という気持ちは最初からありましたね。
──実際、前作以上に大人げないアルバムで(笑)。それだけ前作での手応えがあったということだと思うんですけれども。
向谷 一定数の認知をいただけた感触はあります。この間、「Jazz Fusion Summit 2024」というイベントに出たんですよ。私たちは新人バンドとして先輩方の胸を借りるつもりで臨んだんですが、ステージで「かつしかトリオ、ご存じですか?」と言ったらけっこう反応がよくて。
櫻井 80年代に10年間一緒にやっていた3人が今またこうしてバンドをやっている、ということを喜んでくれているお客さんがいらっしゃるのを実感できてうれしかったですね。僕らはあの頃と同じことをするのではなく、自分たちが今やりたいことをやっているわけですけど、その姿勢もちゃんと伝わったうえで喜んでもらえているのを感じました。
向谷 ずっと聴いてくれている人たちにとっては懐かしいものとして、初めて聴く人たちにとっては新しいものとして受け取ってもらえているんですよ。
櫻井 メンバーの共作という形でやれているのは大きいと思います。リーダーを立てずに3人でフランクに意見を交わしながら作っているので、その結果として、懐かしさがありながらもこれまでにない音楽を生み出すことができている。なので、すごくいい状態で2枚目の制作に入れましたね。このままみんなが健康でいれば、どんどんパワーアップしていくかつしかトリオをライブで体感していただけるのではないかなと思います。
──本当に、くれぐれも健康には気を付けていただきたいです。
向谷 そこがね(笑)。じじいバンド最大の課題だね。
神保 でも、それも1つの挑戦じゃないかと思っていて。我々くらいの年代になると、若い頃のままエネルギッシュな人と、芸風を変えて省エネになっていくタイプの2種類に大きく分かれると思うんですよ。それに対して、我々は“年齢に反比例してパワーアップしていく”というようなロールモデルを提示できればいいなと。
3人全員がリーダーにもバランサーにもなれる
──「リーダーを置かない」というお話が出ましたけど、3人が自由に意見をぶつけ合うことで収拾がつかなくなったりはしないんですか?
神保 それはあんまりないですね。
櫻井 みんなでアイデアを出し合いながら進めるんですけど、最終的にそれぞれの曲がそれぞれ違う形でまとまるんです。そこに法則性はないんですよ。まず誰かが大元のアイデアになるものを持ってきて、それを「どうやってもっとよくしようか」とみんなで考えていく……例えば僕が「ここに何か刺激的な、ジャズっぽいフレーズを入れます」と言って演奏すると、そこに向谷さんが「それならこのハーモニーだろ」ってコードをビャッと当てるみたいな。そういうのが積み重なってできあがっていく。
──「これどうよ?」と出したものに対して、「いいじゃん」となる感覚が3人でそろっているからまとまる感じですか?
櫻井 いや、そろわないです(笑)。
向谷 そろわないよね(笑)。でも、この3人はそれぞれリーダーにもなれるし、1人のメンバーとしてバランスを取る立場にもなれるんですよ。その両方の資質を全員が兼ね備えているからバンドとして成立するんじゃないかと思います。誰かが旗振り役になることでスムーズに進むこともあるかもしれないけど、それによってほかの誰かに遠慮が発生するくらいだったら、みんなで「これどうよ?」と徹底的に言い合える体制をとったほうがいいなと。
櫻井 それによってこれだけ幅広い音楽ができているというのは間違いないんじゃないかな。自然発生的なひらめきをみんなが遠慮なくバンバン言える、というのがかつしかトリオのいいところだと思います。
向谷 単純にそっちのほうが楽しいんですよ。明確なリーダーを置くことのメリットもデメリットも40年間ずっと経験してきた3人だし、今さら「誰がリーダーやる?」なんてことを話し合うような関係性でもないしね。
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デモテープをそのままリリースしてもいいくらい