片平里菜|“伝える”という壁を越えて生まれた新しい自分

片平里菜が新作音源「HEY! Darling EP」を9月9日にリリースする。「光が差すような作品にしたかった」と語った前作「一年中」を経てリリースされる今作は、“伝える”がテーマ。もともと人とコミュニケーションを取ることが苦手だった片平は、音楽で出会った人たちとの交流を通して、伝える難しさや伝わる喜びを知っていったという。彼女にとって“伝える”とはどういうことなのか、なぜ“伝える”をテーマにしたのか、今作にまつわる思いをじっくりと語ってもらった。

取材・文 / 小林千絵 撮影 / 伊藤圭

伝えるということをあきらめたくない

──今作は“伝える”がテーマだそうですね。

片平里菜

テーマが最初から決まっていたわけではなくて、作品を出そうと思って、そのために曲を作り貯めていく中で「伝えることをテーマにしたら面白そうだな」と思ってこのテーマにしました。

──このテーマはコロナ禍やそれに伴う生活の変化に影響を受けて出てきたものですか?

レコーディングが延期になるなど実作業にはコロナの影響がありましたが、楽曲自体には意外と影響はなかったかな。「伝える」とか「伝えたい」「届かない」というキーワードは、私の中から自然と出てきて。もともと私自身のテーマだったのかもしれないです。

──「伝える」ということをずっと意識してきた?

私は昔からずっと自分のことを人見知りだとか、人とコミュニケーションを取ることが苦手な人だと決めつけていて。だからこそコミュニケーションの代わりに曲を作って、音楽で食べていこうと決意できたところもあると思うんです。でも音楽を続けていく中で、人の温もりや優しさを知るようになって、「1人で生きるのは嫌だな」「誰かと過ごしたいな」と思うようになったんです。

──そのためには苦手なコミュニケーションを取る必要が出てくる。

そうなんです。そうやって人とつながりを持つことに挑戦していくうちに、やっぱり自分の気持ちを伝えたり、思ってることをわかってもらえるようになったりするのって難しいなとも感じるようになって。人と対峙すると傷付いたり、傷付けたりして、そうしてるうちに心を閉じてしまいたくもなる。だけどそれをしなくなってしまったら終わっちゃうじゃん、って。だったら「伝わらなくても伝えていく」ということをあきらめたくないなと思ったんです。その気持ちが、今回の“伝える”というテーマにつながった気がします。

「勇気を出して何かを伝える」

──そんな“伝える”をテーマにした本作は表題曲の1つである「HEY!」で始まります。「turu ru to hey!」という軽快なフレーズが印象的ですね。

自分の中で、勇気を出して何かを伝えるということが1つの壁になっていて。その壁に挑戦して、乗り越えて新しくなっていく様子を曲にできたらいいなと思って作った曲です。

──「一年中」(2020年1月発売の4thフルアルバム)の収録曲「ラズベリータルト」でタッグを組んだNAOKI-Tさん、大知正紘さんと再びの共作ですね。

「ラズベリータルト」もそうだったんですけど、NAOKI-Tさんと大知さんは私が思い付かないメロディラインをいつも提示してくださるので、フックになる曲が欲しいなと思うときにお願いしています。自分で作るとダウナーな曲が生まれがちなので、「明るい曲を」とお願いしました。今回はお二人にアレンジとメロディを紡いでもらって、そのあと曲のテーマや歌詞も一緒に考えて制作しました。

──話しかけるような語り口で、歌詞もとても明るいです。

どこか上のほうから……天使さんがささやいているような歌詞になってます。意外とこういう歌詞は書いたことがなかったんですよね。普段の私だったらこういうことは言えない。「輝くはずだよ」とか。私じゃない何かに言わせたいなと思って書きました。

──自分で作ったメロディじゃないからこそ、普段だったら言えないことを言えたのかもしれないですね。

そうかも。自分ではなかなか言えないけど、歌詞だったら言えるような前向きなことを言いたかったのかもしれないです。

──カントリー調で、ライブでも映えそうな曲ですね。

みんなで演奏してる姿が見える曲ですよね。早くお客さんの前で披露したいです。

恋愛がしぼんでいく過程で生まれる感情を無下にしたくない

──対して、もう1つの表題曲「Darling」は恋の終わりかけを歌ったアンニュイな曲ですね。この曲も「一年中」でタッグを組んだ渡辺拓也さんとの共作です。

近所のコーヒー屋さんでボケーッとしてたときに流れてきた曲がすごくいいなと思って。気だるくって、隙があるようでないような、セクシーな感じの曲だったんです。「気持ちよくていいなあ」と思ったので、渡辺さんに「こういう曲を作ってみたい」とお伝えしてトラックを先に作ってもらいました。

──メロディと歌詞はそのトラックを受けて書いたものですか?

はい。トラックに鼻歌でメロディを乗せていったんですけど、自然と「ダーリン」と歌っていたのでそこからイメージを広げて、恋愛感情がしぼんでいく過程で生まれる感情にフォーカスしました。「悲しい」とか「寂しい」とか、そういう気持ちを伝えたい女の子の感情を描いています。

──片平さんは、恋愛感情が薄れていく過程の気持ちをすくいあげるのが上手だなという印象があります。

ありがとうございます。気持ちが離れていくことは仕方ないことだと思うんですけど、その過程で生まれる感情は無下にすべきではないんじゃないかなと思っていて。とはいえ、こういう女の子の心の機微にいちいち付き合ってくれる人はいないので(笑)、日記に残しておいたり、歌詞にしたりして、自分で自分を癒やしています。女友達ともこういう話をよくするので、私の曲を聴いた女の子が安心したり、抱きしめられたような気持ちになったり、共感してもらえたらいいなと思っています。

──「Darling」もそうですし、「星空*」「水の中で泳ぐ太陽」もどちらかと言えばアンニュイな雰囲気の恋愛ソングですね。こういうタイプの曲を新曲として発表するのはひさしぶりですよね。

片平里菜

「一年中」にはこういう曲はなかったのでひさしぶりですね。世に出してないだけで、いっぱい書いてはいるんですけど。「一年中」のときは、楽曲も、ステージに上がったときの存在感も自覚的に明るくしていたので。

──前回のインタビューでも「光が差すような作品にしたかった」とおっしゃっていましたね(参照:片平里菜「一年中」インタビュー)。

はい。実際に自分でも開けた感じがしたし、「明るくなったね」と言われることも多かった。やってみてよかったなと思います。

──それを経て今はどんなモードですか?

今は……普通かな。「一年中」で気持ちが開けたのはよかったけど、その路線を目指して陽の気質を強めていっても、いつかエネルギー過多で疲れちゃうだろうなって。だから今はバランスが大事だなと思うようになりました。

──だから今作では、明るい「HEY!」と、どこか影のある「Darling」の2曲を表題曲にすることでバランスを取ったと。

そうです。陽の要素も必要だとは思っていたので「一年中」のときに取り入れてみてよかったです。そのうえで、今は好きなものを好きな分だけ取り入れられるようになった時期かなと思います。