作詞家・イルリメの才能
──改めて話をアルバム「BlueSongs」に戻しますが、そうしたいろいろな出会いや経験を踏まえての作品でありながら、あえて自分1人での制作にこだわったというのも、ちょっと不思議に思える話ですよね。実際ほかのミュージシャンは、作詞を担当したイルリメこと鴨田潤さん、「The Night」と「On and On」と「BGM」でデュエットしている一十三十一さんしかいません。1人で突き詰めて作業していると、悩んだ部分もあるんじゃないですか?
そうですね。最初からすべてのビジョンがあったわけでもなかったですし、作ってるうちにやっと見えてきたというアルバムでもありました。制作の後半になってきて手応えが明確になってきた感じなので、ある種ずっと迷いっぱなしでした(笑)。
──実際に手応えがつかめた曲は、どれになります?
1曲目の「Breezin'」と7曲目の「You」ですね。テクノとかアンビエントっぽい質感にソウルっぽい要素が乗るというバランス感は、この2曲のものが特に気に入っています。今回のアルバムのサウンドコンセプトの指針になったと思っています。
──イルリメさんに歌詞をお願いするというアイデアは最初からあったんですか?
作詞は自分でやるというアイデアも最初はあったんですけど、僕が書くとかなりビギナーな感じが出てしまったり、努力賞的な完成度になる恐れもあるなと思いました。今回は言葉のクオリティも妥協なくやりたいという気持ちも強かったので、(((さらうんど)))にサポート参加した際に作詞に関するさまざまな面の考察の深さなどを実感していたイルリメくんに絶対お願いしたいと思ったんです。わりと早い段階から「歌詞をお願いしたい」という話はしていたと思います。
──冨田ラボの最新アルバム「Superfine」(2016年11月発売。参照:冨田ラボ「Superfine」インタビュー)で藤原さくらが歌ったイルリメ作詞の「Bite My Nails」を聴いて、僕も改めて彼の歌詞は素晴らしいなと思っていました。
彼は天才だと思います。言葉のチョイス1つひとつに気迫に満ちた気概が隅々までありますし、ラップを通ってきた人ならではなのかもしれませんが、作詞のグルーヴに関する深い考察もあって。今の彼は新しい活動を海外でも積極的にしていますし、そういう突破者的な視点もすごく好きで、彼しかいないと思ってました。そういうイルリメくんならではのソリッドさを今回のアルバムに落とし込んでもらいたかったんです。
──そしてアルバムのマスタリングを担当したのは、砂原良徳さんです。
砂原さんのソロワーク、プロデュースワークでの音響哲学的なものを含めた圧倒的なクオリティの高さはもちろん言わずもがなで、とにかく遥かな高みにいるヒーローといった存在でした。実際の音源上での僕との関わりは、(((さらうんど)))作品で砂原さんがリミックスやプロデュースを手がけたときが初めてでしたけど、特に衝撃だったのが、砂原さんのDJを現場で観たときでしたね。砂原さんの順番になって、そこで出した1音目から音がすごすぎて衝撃を受けたんです。例えると、それまでのDJの人はテープで、砂原さんからCDになったのかな的な、メディアがガラッと変わったと思えるほどの出音の違いでした。ご本人に聞くと「音源をDJ用にマスタリングしている」とのことでした。近年はマスタリングワークもたくさんされていますし、そういった経緯や衝撃が重なって「ソロアルバムを作るときはマスタリングは絶対に砂原さんにお願いしたい!」と考えるようになりました。
あらゆる設定を切り離して
──あと、これは皆さん気になると思うんですが、ジャケットイラストが永井博さんですよね。永井さんはソウルマニアでDJもされてますし、近年も若いアーティストにジャケットイラストを提供したり、音楽との関係は密な方ではありますが、これはどういうきっかけだったんですか?
永井さんとは以前にLUVRAW & BTBでイベントをご一緒したり、一十三さんの音源を聴いていただく機会があったり、Twitterでつながっていたりと、深くはありませんでしたが交流はときどきありました。それが、2014年に僕が受けたロングインタビューを永井さんが目にした際に面白いと思っていただけたようで、突然Twitter上で「(ソロアルバムの)ジャケット欲しいときあったら描くから言ってね」といった内容のメンションが届いたんです。本当にびっくりしました。ただ、その時点ではまだアルバムの話は具現化していなくて、結局2年近くお待ちいただくことになったんですが、その永井さんの「ジャケット描くよ」のひと言がアルバムを作る大きな原動力になったことは確かです。
──それがあの絵になったんですね。
ただ、イメージを持っていただくために音源をまず聴いていただくのが普通だと思うんですが、ラフなデモの段階で音源を聴いていただくのは自分でもちょっと躊躇があり、ある程度の形になる状態まで待っていただこうと思い、永井さんにもそうお伝えしました。でも、結局お聴かせできたのはマスタリングが全部終わってからで、絵のほうが先に完成していて。なので怪我の功名ですが、最後の1カ月間は永井さんの絵を部屋に飾りながら仕上げの作業をすることができました。とてつもなくぜいたくな時間でしたね。そのおかげで逆に僕が絵に影響を受けていった部分もありました。
──風景画ではなくポートレートになったのは?
最初の打ち合わせで、永井さんに僕から「ポートレートでお願いします」と言ったんです。その理由は、さっきも言いましたが、今回のアルバムではいろんな設定を外して制作してみたかったというのが大きくありました。乱暴に言ってしまうと、最近の音楽には引用性やインスパイア元が土台の設定として明確になっているものが多すぎるような印象がありました。永井さんの風景画も僕はもちろん死ぬほど好きですけど、僕がもしそれをお願いしたら、僕の現状の活動のシルエットと相まって「AOR」「シティポップ」「リゾートミュージック」といったイメージが結果的に強く備わってしまう恐れがあると思いました。
──大滝詠一「LONG VACATION」(1981年3月発売)をはじめとする永井さんの業績から「永井博が手がけたジャケット」にそういった設定を読み取ってしまう人は多いかもしれませんね。
なのでどういうオファーをすべきか、いろいろと悩みました。そういった中で永井さんの東急本店での個展に行く機会があったんですが、そこで展示されていた数々の人物画が本当に素敵で衝撃だったんです。なぜ今まで人物画ジャケをそんなに多くは書かれていないんだろう、と思ったくらいでした。そこで自分の40歳のデビューアルバムのジャケには、肖像画をお願いするのがベストではないかと思い始めました。やはり設定感のない方向で行きたかったので、あえて背景もなしで。いろいろ考えをまとめた後、意を決して、永井さんにそうお願いしました。
──そしたら?
すぐOKをもらえました(笑)。「ポートレート得意だから」って。永井さんほどの方に「自分の肖像画を描いて欲しい」ってお願いするって、とんでもなく大それたことを言っているはずだし、場合によっては怒られてしまうのではないかと心配もしていたんですが(笑)。
──あっさりOKだったんですね(笑)。では、背景の印象的な「青」は指定ですか?
確か赤やピンクなどの暖色系ではないものでお願いしたいとだけお伝えしましたが、基本的には永井さんにお任せでした。そして仕上がってきたのがあの色だったんです。で、アルバムタイトルをどうしようかと思ったときにも、永井さんの色彩感に引っ張られて「BlueSongs」になりました。トータルなパッケージイメージは、あの絵によって臥龍点睛になったと思います。
──「青」というのが印象的ですよね。もちろんPPPにまつわる海のイメージもあるのかもしれないけど、もっとピカソの“青の時代”のような感覚もありますよね。第一歩感というか、まだ青い時代のKASHIF。
確かに、1stアルバムを発表する新人ですしね(笑)。
──アルバム全体から伝わってくる「こういうものを作りたい」という意思はすごくはっきりしているし、今こういうサウンドをほかに日本で作ってる人もいないと思います。フューチャーソウルとかテクノソウルとかジャンルはいろいろあるのかもしれないですけど、結果、これからKASHIFが作る音楽は「KASHIF」というジャンルになったらいいんじゃないかなと思います。そういうことができるかもしれない第一歩を踏み出したんじゃないでしょうか。
聴き手にどう取られてももちろん構わないんです。ただ、僕自身はあらゆる設定を切り離して、テクノ的なスクエアさの中で自分の望むセルフポートレイト的で内省的なサウンドを作ったつもりです。うれしかったのは、アルバムを聴いてもらった知人の何人かに「このアルバムを聴いて自分も作品を作りたくなった」と言われたことでした。そういう感想をもらったのは初めてでしたが、それって「こんなにうれしいものなのなんだなあ」と思いましたね。
- KASHIF「BlueSongs」
- 2017年5月3日発売 / Billboard Records
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[CD] 2592円
HBRJ-1025
- 収録曲
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- Breezing
- On and On
- The Night
- Clean Up
- Desperate Coffee
- PPP I Love You(Part2.1)
- You
- Neverland
- Be Colorful
- BGM
- PPP I Love You(Part3)
- KASHIF(カシーフ)
- 横浜を拠点とする湾岸音楽クルー「Pan Pacific Playa」所属のギタリスト、作・編曲家、ボーカリスト。同じくPan Pacific Playaに所属する“ネオドゥーワップバンド”JINTANA & EMERALDSのメンバーでもある。2006年よりKASHIFとしてPan Pacific Playaで活動を始め、インディーズシーンでさまざまなアーティストのサポートを務める。ギタリストとしての活動を主軸としつつも、楽曲提供やサウンドプロデュースでも頭角を現し、ソロではDJをしながら同時にギターを弾く形でセルフセッションする“ギターDJ”スタイルでも活動中。2017年5月に初のソロアルバム「BlueSongs」を発表する。