音楽ナタリー Power Push - KAN

“KAN流のかけ算”で生んだ6年ぶりのアルバム

20数年ぶりに作詞を依頼したのが桜井和寿

──ここからは「6×9=53」に収録された楽曲をいくつかピックアップして話を伺います。桜井和寿さんが作詞をされた「安息」は、もともと「弾き語りばったり」ツアーで歌詞が存在しないまま、メロディだけを歌われたとお聞きしています。

曲ができたのは2014年なんですが、歌詞がまったく書けずにいて。でも「相当いい曲になりそうだ」という感触があったので、とにかく歌詞がないままラララで歌ったんですよ。お客さんはたまったもんじゃないかもしれないですけど(笑)。ツアーの後半になっても歌詞の糸口すらつかめない。それどころか、ラララにも慣れちゃって「このままでいいんじゃないのかな?」っていう気持ちにもなりました。

──ラララのままでいけるんじゃないかと。

でも、そういうわけにもいかないので、「桜井さんだったら、いい歌詞書くんだろうな」と思って、やんわり頼んでみたんです。「曲が聴きたい」と言うのでデモの音源を送ったら、書いてくれるということになって。

──できあがった歌詞はいかがですか?

KAN

さすがだなと。ほんの数日で書いてくれて、すごい。しかも、もらった歌詞を歌って、また桜井さんに送ったら「そうじゃないです」って言われて(笑)。僕がもともとラララで歌っているデモテープの譜割りに完璧に合う歌詞を付けたので、ラララのときと歌い方が違うって言うんですよ。

──ちょっとしたディレクションを受けられたんですね。

そうですね。

──もともとKANさんが歌詞をご自身で手がけようと思ったのは、他人が書いた詞を歌うことに違和感を覚えたからだとお聞きしたことがあります。そのスタンスで20数年ずっと続いてきたものが、ここにきて桜井さんに依頼なさったというのは大きな転機ではないでしょうか?

4枚目のアルバム(1989年6月発表「HAPPY TITLE -幸福選手権-」)から25年以上、歌詞を全部自分で作ってきて、ファンの皆さんにとってはすごく歌詞が重要になっていると思うんです。歌詞が書けないからといって他人に頼むのは、「AVギャルがおっぱい見せない」みたいな話なんですよ(笑)。

──最低限、期待されていることですからね。

でも桜井さんだったら、お客さんも許してくれそうな気がする。僕はMr.Childrenをもう20年以上ずっと聴いていて、すごく好きな音楽ですし、素晴らしい作品ばかりですから。

──なるほど。

さらにあの人は本気度が違いますからね。音楽に関しても、何に関しても。

「胸の谷間」は歌うべきテーマ

──ほかの曲の歌詞に焦点を当てると「胸の谷間」も印象的です。最初にこのタイトルを拝見したときは「心の隙間」のようなセンチメンタルなものを想起したのですが、楽曲を聴いて衝撃を受けました。

これはずっと前から歌うべきテーマとしてあって、それがやっとできました。

──確かにKANさんはこれまでに「丸いお尻が許せない」「夏は二の腕発情期」「ひざまくら ~うれしい こりゃいい やわらかい~」といった楽曲をコンスタントに送り出しています。

やはり、おっぱいやお尻といった女の人の身体への興味は、恋愛以前の、もっと根本的な話ですからね。

──先ほど「安息」の歌詞作りについては「糸口すらつかめない」というお話がありましたが、こういったテーマに関してはスムーズに言葉が紡がれていくのでしょうか?

おっぱいが好きっていうのは当然みんなあるとして、曲の納得度としては、ただそれだけじゃダメだと思うんです。年齢的に圏外だとわかっていても、本能的に視線の角度をおっぱいに合わせちゃって、「なんで男ってこうなっちゃうんだろう?」というところまで書かないとダメだなと。

──それがこの歌詞の「おそらく彼女 over 55」という部分に反映されているんですね。

自己嫌悪に陥ってしまうところまできちっと書きたいという思いがありました。

和田唱になりすまして何の説明もなく歌う

──その「胸の谷間」を演奏されたのは、TRICERATOPSの皆さんです。これまで和田唱さんや吉田佳史さんが個別に参加された楽曲はありましたけど、バンド全体では初めてですね。

前々から一緒にライブをやっていて、「レコーディングを1回ちゃんとやりたいね」とは思っていました。

──KANさんが思うTRICERATOPSの魅力はどういった部分でしょうか?

全部いいですね。僕が初めて彼らのライブを観たのは2008年の「LuckyRaccoonNight vol.2」に一緒に出たときで。それまで存在は知っていたんですけど、ちゃんと聴いたことがなくて。そのとき僕は桜井さんと一緒に観ていて「なんだこれ、カッコいい!」って、2人ですごくびっくりしたんですよ。曲もいいし、演奏もうまいし、ルックスもいいし、面白いし。単純にファンになりました。

──和田唱さんとは音楽的にもThe Beatlesやマイケル・ジャクソンが好きといった共通点があるのでは?

KAN

それもありますね。すごく好きなものがけっこう似ています。唱くんはもっと聴いているものが広いですけれど。

──TRICERATOPSさんの15周年ライブツアーにKANさんがゲスト出演されたときも、ひと味違うコラボを実現させたそうですね。

2012年の対バンツアーに呼ばれまして、僕に関しては対バンとは違う形にしようって彼らと話し合ったんです。それでライブのド頭、お客さんにはなんの説明もせずに和田唱の偽者の“和田シャー”としていきなり僕が出ていって、2曲歌いました(笑)。

──和田さんになりすましたわけですね。

そのとき唱くんは何をしていたかというと、お客さんから見えないステージ袖で実際にギターを弾いていたんですよ。僕は歌のほかに、ギターは弾くフリをしながら、足元のエフェクターの切り替えもやんなきゃいけない。お客さんも「ワーッ!」って乗りながらも、目が「ん?」ってなってて(笑)。あれは最高でした。

ニューアルバム「6×9=53」/ 2016年2月3日発売 / [CD+DVD] 3240円 / UP-FRONT WORKS / EPCE-7183~4
「6×9=53」
CD収録曲
  1. Listen to the Music ~Deco☆Version~
  2. 胸の谷間
    [with TRICERATOPS / Cho:菅原龍平]
  3. ポカポカの日曜日がいちばん寂しい
    [Duet with 佐藤竹善(SING LIKE TALKING)]
  4. 安息
    [作詞:桜井和寿(Mr.Children)]
  5. どんくさいほどコンサバ
    [G:根本要(STARDUST REVUE) / Cho:佐藤竹善(SING LIKE TALKING) / Piano:塩谷哲]
  6. scene
    [Dr:吉田佳史(TRICERATOPS)]
  7. ブログ! ブログ! ブログ!
  8. 桜ナイトフィーバー ~Album Version~
    [Special Guest Guitar Solo:和田唱(TRICERATOPS)]
  9. 寝てる間のLove Song
  10. ロックンロールに絆されて
    [Duet with 馬場俊英]
DVD収録内容
  • Recording Documentary【6×9=53が成り立つまで】
KAN(カン)

KAN

シンガーソングライター。1962年、福岡県生まれ。1987年に「テレビの中に」でデビュー。1990年のシングル「愛は勝つ」が200万枚を超えるセールスを記録した。2002年に音楽留学のためパリに移住し、2004年に帰国。大の素数好きを公言しており、デビュー29周年の今年2016年を「KAN芸能生活29周年記念 特別感謝活動年」と銘打ち、精力的な活動プランを公表している。2016年2月、6年ぶり16枚目のオリジナルアルバム「6×9=53」をリリースした。