神山羊が新曲「恋巡り」を配信リリースした。
神山は昨年4月に1stアルバム「CLOSET」を発表し、同年11月よりひさびさにライブ活動を再開。今年7月クールのテレビアニメ「BLEACH 千年血戦篇-訣別譚-」のエンディングテーマとしてヒトリエを迎えて制作された最新シングル「Endroll」が話題を呼ぶ中、9月には約3年半ぶりのワンマンライブを行うなど、活動のペースを上げつつある。
今回リリースされた新曲「恋巡り」は2021年3月発表の「色香水」の続編を描いた楽曲。同作でオープニングテーマを担当したアニメ「ホリミヤ」の“インスパイアソング”として制作されたという。「ホリミヤ」ファンの間でも話題を呼び、神山にとって大きな転機ともなった「色香水」の世界を、新たな目線から描いた理由はなんだったのか。今回の楽曲に込めた思いや、ひさびさのワンマンライブを終えた心境などを、神山は少しリラックスした表情でたっぷりと語ってくれた。
取材・文 / 須藤輝
僕自身が本当にライブが好きなんだと再確認させてもらった
──神山さんは9月22日に、3年半ぶりのワンマンライブ「神山羊LIVE 2023『Endroll』」を開催しました(参照:神山羊、3年半ぶりワンマンライブで初期曲から未発表曲まで熱唱「またすぐ会おう!」)。
はい。
──「色香水」(2021年3月発売の2ndシングル)リリース時のインタビューで神山さんは、ライブはしたいが、できない理由として「ライブって、体験として残るものじゃないですか。それを嫌なものにはしたくない」とおっしゃっていました(参照:神山羊「色香水」インタビュー|切なく懐かしい匂いが漂う「今だから歌える歌」)。そこからどのような心境の変化があったんですか?
「色香水」をリリースした当時、ライブを再開させるアーティストが徐々に増えてはいたんですよね。一方で、依然としてコロナもしっかり流行っていたので、ライブに対するネガティブな意見も見聞きしたし、自分の周りにもライブにあまり前向きになれないアーティストがたくさんいて。僕自身も自分のライブとの関わり方について「本当に、どうしようかな?」とかなり長い間悩んでいたんです。でも、だんだん世の中的に「みんなと会う機会を増やしていってもいいんじゃないか?」みたいな空気になっていく中で「じゃあ、果たして僕らが我慢してた時期って、本当に正しかったのか?」「今、ライブしないという選択はお客さんにとっての正解になるのか?」と思ったりして、イベント出演や対バンという形から少しずつライブをやっていくようになったんです。ただ、自分が主催するワンマンライブとなるとなかなか決心がつかず……。
──9月22日にライブをやるとなったら、その数カ月前に会場を押さえる必要があると思いますが、どのくらいのタイミングで決心がついたんですか?
「ライブをやりたい」という気持ちはどんどん大きくなっていたんですけど、なにしろ前回のワンマンから時間が空いたこともあり「中途半端なものにしたくない」という気持ちも同時にあって。だから準備にも時間をかけつつ慎重に判断した結果、本当にギリギリのタイミングで、箱を押さえたのも確か開催日の2カ月前ぐらいだったんですよ。
──今おっしゃった「前回のワンマン」とは、メジャーデビューシングル「群青」(2020年3月発売)のリリースに合わせて行われた東名阪ツアー「神山羊 TOUR 2020『群青』」の、大阪公演ですね。
そうです。そのツアーファイナルの東京公演が、「群青」リリース日の翌日に予定されていて。つまり、東京公演がデビュー後の初ワンマンになるはずだったんですが、中止になってしまった。だからデビューしてから3年半もの間、初ワンマンがお預けになるという、恐ろしいことに。
──そんな背景もあってか、神山さんは「群青」のイントロで「やっとできた!」と喜びを爆発させ、曲の後半では歌声を詰まらせる場面もありました。
あれは、最前列で泣いているお客さんが目に入って、僕ももらい泣きしてしまい……ミスりましたね。
──ミスと言われればそうかもしれませんが、そのあと神山さんを支えるようにフロアから合唱が起こりましたし、お客さんにとっても悪い体験にはなっていないのでは?
いや、反省しています。誰かが泣いてるのを見ると、自分も無理になっちゃって……しかも、あの瞬間に「群青」をリリースしてから3年半のいろんな記憶がブワーッとよみがえってきたんですよ。だから精神を整えながら歌うのが難しかったんですけど、お客さんが一緒に歌ってくれたのは本当にうれしかったです。おっしゃる通り、支えてもらいましたね。それも含めて、僕自身が本当にライブが好きなんだと再確認させてもらった日でもあったし、そういう日をまた迎えられるように、これから先もたくさんいい曲を作っていきたいと思いました。
「色香水」の続編を作りたい
──このたび配信リリースされる新曲「恋巡り」も、ライブで初披露されました。
ひさびさのワンマンに来てくれたお客さんへのサプライズにもなるし。これはステージでは言わなかったんですけど、この3年半の間、僕はファンの皆さんからもらってばかりだったので、何かお返しがしたかったんです。
──リリース資料によれば、「恋巡り」はアニメ「ホリミヤ」のインスパイアソングとのことで。
もともと「ホリミヤ」のオープニングテーマだった「色香水」の続編を作りたい、というところから制作が始まったんですよ。懐かしい匂いとか淡い色味とか、あるいは青春とか、そういうものを感じさせる楽曲をまた作ってみたくて。今「続編」という言葉を使いましたけど、より正確に言うなら、同じモチーフを「色香水」とは異なる視点で描いた楽曲が「恋巡り」ということになります。
──「色香水」は歌詞の一人称が「僕」でしたが、「恋巡り」では「私」になっています。「ホリミヤ」に重ねるなら「色香水」は宮村伊澄視点、「恋巡り」は堀京子視点ということになる。
そういうことです。
──もちろん「ホリミヤ」から離れても成立する、普遍性のある歌詞だと思いますが。
うんうん。もっと言えばセクシュアリティとかもさほど重要ではなくて、あくまで視点の違いを描きたかったんですよね。
──「色香水」は80年代的なシンセポップでしたが、「恋巡り」はギターポップですね。
それも視点の違いを出すためにやったことの1つで。「色香水」ではもともと80'sの音楽をやりたかったというのもあるんですけど、この曲は男性的な目線で作っていて、そこに柔らかいサウンドを合わせるのがいいと判断したんです。一方の「恋巡り」は女性的な目線で作ったので、サウンド的にはポップでありつつちょっと骨太な感じも欲しいと思って「ギターかな?」と。ステレオタイプなイメージとは相反するものを共存させたかったんですよね。
──「色香水」と「恋巡り」は楽曲のタイプは異なりますが、歌詞はもちろんサウンド的にも懐かしさや儚さが感じられます。
おお、それはうれしいです。
──なんでなんですかね?
たぶん、自分が青春の渦中にいないからじゃないかな。つまり僕にとって「ホリミヤ」的な世界って、過去の記憶の中にあるものだから、よりディテールに痛みを伴っているというか。そういう痛みって、当時の自分は気付かないものじゃないですか。でも、今の自分はそれこそ痛いほど身に染みているから、僕が青春をモチーフに曲を書くと、どうしても切ない感じになってしまうんだと思います。
──「恋巡り」は、シンプルにいい曲をお出ししてきたといいますか……。
ありがとうございます(笑)。
──神山さんは例えば「色香水」ではトラップを、「Endroll」(2023年8月発売の3rdシングル表題曲)ではドラムンベースを取り入れるなど、ポップスやロックにクラブミュージックの要素をミックスさせるのがお上手だと思うのですが、「恋巡り」ではそういうことをしていない。
していないですね。僕はある種のギミックとして、「音楽通の人に伝われ!」みたいなポイントを意識的に作りがちなんですよ。でも、今回はもっと大枠で楽曲を捉えていて、歌詞や歌、音像というものをダイレクトに届けるにはこの形がベストだと思ったんです。
──サウンド的にはThe Smithsっぽさをちょっと感じました。
確かに、言われてみればそうですね。明確に意図していたわけではないんですけど、自分の中でインディポップの1つの理想像みたいなものとしてThe Smithsがあるので、そこに引き寄せられた部分はあるかもしれません。
──神山さんの楽曲はあくまでJ-POPだけれど、響きは洋楽的なところがありますよね。例えば「色香水」のカップリング曲「生絲」などは絶妙なバランス感覚だと思いまして。
僕も「生絲」はすごく気に入っていて、うちの親父もこの曲が大好きなんですよ(笑)。
──メロディだけ抜き出せばベタな歌謡曲ですよね。ある意味、「色香水」より80年代的です。
そう。その歌謡曲と洋楽的なサウンドのミックスをしていきたいというか、それが自分の特技でもあるんじゃないかと、この3年ぐらいで気付きまして。あくまでJ-POP的あるいは歌謡曲的なメロディや歌詞を主軸にしつつ、いつどこでかかっていてもカッコよく響く曲をこれからも作っていきたいです。それが僕にとっては、新しいJ-POPの形を探すことにもなるので。
次のページ »
懐かしさを感じる曲に“今”の雰囲気を