梶浦由記「Kaji Fes.2023」特集|世界を魅了してやまないコンポーザーがライブを愛する理由

梶浦由記が昨年12月に日本武道館で開催したライブ「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の模様を収録したBlu-rayがリリースされた。

梶浦のデビュー30周年のフィナーレという位置付けで行われた集大成的なライブは2日間にわたって行われ、DAY 1にはAimer、笠原由里、Remi、Revo(Sound Horizon、Linked Horizon)、DAY 2にはASCA、伊東えり、KOKIA、JUNNA、戸丸華江、Hikaru、結城アイラ(ASUKA)がゲストアーティストとして出演。関わりの深いアーティストたちを入れ替わり立ち替わり迎えて繰り広げられるパフォーマンスに会場を埋め尽くしたオーディエンスは熱狂し、祝祭的なムードとめくるめく梶浦ワールドに酔いしれた。一瞬一瞬がハイライトとも言えるライブを推進した梶浦はステージに立ちながら何を感じていたのか? 普段はコンポーザーとして楽曲を生み出し、そのサウンドで世界中のファンを魅了する彼女がライブにこだわる理由とは? 「Kaji Fes.2023」の開催から約半年が経ったタイミングで話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝

1つの到達点だった武道館

──梶浦さんは去年、FictionJunctionの3rdアルバム「PARADE」をリリースした際のインタビューで(参照:梶浦由記デビュー30周年&FictionJunction「PARADE」発売記念インタビュー)、1993年にSee-Sawでデビューしたもののさっぱり売れず、映画「東京兄妹」(1995年公開)の劇伴を手がけたことがきっかけでアニメ音楽の世界に入り、「アニメの仕事をもらえてる間に、やりたいことを全部やっちゃおう!」と必死になっていたら30年経っていたとお話しされていました。

はい、そうでしたね。

──その30年の音楽活動の1つの到達点が、このたび映像化された「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」だとするなら、音楽を続けているととんでもないことが起こるんだなと。もちろん今言った到達点は、現時点ではすでに通過点になっているわけですが。

私はもともとデビュー10周年とか20周年というのをあまり気に留めるほうではなかったんです。周年イベント的なことに労力を割くあまり、音楽を作る手が止まってしまうんじゃないかという懸念もあって。一応、私を応援してくださる方に、私にできる一番のファンサービスは作曲だと思ってずっとやってきたんですよ。とにかく1曲でも多く作ってお届けすることだと。でも、去年は意識的に作曲の手を止めて、30周年の記念になることをいろいろとやってみたんです。例えばファンクラブイベントとしてライブ&サイン会(「30th Anniversary FictionJunction Station Fan Club Talk&Live vol.#2」)をやったり。

梶浦由記

梶浦由記

──梶浦さんのサイン会はレアですよね。

たぶん、30周年というきっかけがなければやろうと思わなかったんですが、やってみたらやってみたで、得るものがすごく大きくて。ライブ&サイン会というのも、こちらとしては「みんなのために、会いに行きます」的な、どこかしらおごった気持ちが正直あったんですよ。でも、ひさしぶりにキャパ100人ほどの小さな会場で、私と4人の歌姫さん(KAORI、KEIKO、YURIKO KAIDA、Joelle)だけでライブをしたら、そういう状況でしか起こり得ない現象が起こるんですよ。いい意味でこちらの視野も狭くなって、歌姫さんたちも「あれ? 今日の私たち、おかしいぞ?」みたいな、客席の熱につられて思考が飛んじゃうような瞬間を味わったりして。

──客としても、ライブハウスとホールでは体験の種類が違ってきますからね。

私たちが普段やっている「Yuki Kajiura LIVE」の会場はだいたい2000人規模なので、やはりある程度冷静さを保った演奏がどうしても必要で。でも昔、100人とか200人規模のライブをやっていた頃はそういえばこんな感じだったなあと。それがまた次のライブや創作への原動力になっていたりしたんです。それから、私はライブのときにいつも「音楽は1対1のものだと思っています」と言っているんですが、今回サイン会でも1人ひとりの方から思いを届けていただいたことで、改めて“1対1”であることを確認できたんです。そうやって、普段はしないことをファンサービスのつもりでやってみたところ、全然「みんなのため」じゃなかった。むしろ私たちのほうが大事なものを受け取っているのでは?と感じる瞬間が何度もあったんですよね。そんな30周年イヤーの最後に待っていたのが「Kaji Fes.2023」なんですけど、思った以上にチケットが売れまして……。

──そりゃあ、売れますでしょう。

いや、先ほども言ったように「Yuki Kajiura LIVE」って、普段はキャパ2000でちょうどソールドアウトするぐらいなんですよ。だから武道館というのは私にとってはすごく背伸びをした場所で、どんなに少なく見積もっても7000人は入れなきゃいけないわけですから、正直どうやって埋めようかと。それは収益がどうこうではなくて、お客さんと演者の皆さんに寂しい思いをさせるのが一番嫌だったんです。でも、プロデューサーの森康哲さんが早くから策略を巡らせてくださったこともあり、思った以上にお客さんが入ってくださって。

「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。

「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。

──ステージの後ろも客席として解放する形になりましたね。

その大人数のお客さんの圧を……もちろんうれしい圧なんですけど、これほどの圧を感じて演奏したことはなかったです。今までも、大きいものだと3万人規模のイベントに出演させてもらったことはあったし、そういう場でいただく拍手や声援もすごくうれしかったんですが、それとはまた全然違っていて、体の芯にズン!とくるものがありました。そうした圧はステージ上の演者さんたちにとって一番のエネルギーになりますし、DAY 1の1曲目から雰囲気が違うんですよ。たぶん多くのお客さんが「Yuki Kajiura LIVE」にとって武道館は過去最大規模の、特別な場所だとわかって来てくださっていた。おまけに30周年ということで、長く応援してくださっていた方からすれば「30年かけてここまで来た」みたいな。

──相応のお祝いムードも。

本当に「お祝いしてあげたい!」という気持ちをひしひしと感じる、すごく温かい声援をいただいて。もう武道館なんて慣れっこ、なギターの是永巧一さんが「こんな雰囲気の武道館、初めてかも」と言ったぐらい、不思議な雰囲気の会場になっていました。私にとっても、おそらく演者さんみんなにとっても忘れがたい、特別な2日間でしたね。私は、音楽を何年やろうと今の自分がいる地点は道半ばでしかないし、明日も曲を作るわけですから「ここがゴールではない」と言い張ってきたところがあって。だいたい、ものを作る人にゴールなんかないじゃないですか。「明日作るものが今までの自分の作品の中で一番いいものだ」って、100人中100人がほぼ確実に思っていますから。

──はい。

でも、そうは言っても、あの武道館のステージは私たちの1つのゴールであったと素直に認めてもいいんじゃないかという感覚になったんです。私は武道館を目指していたわけでは決してないし、ライブ自体、私は自分の仕事はあくまで曲を書くことだと思っているので、その合間に与えられるご褒美のようなものだと思っていたんですね。たくさん曲を作ったら、「いっぱい作ったから聴いて!」とお客さんに披露する会みたいな。それを何度も続けてきて、たどり着いたのがあの場所だった。だからあの2日間を映像作品として残せたことは、ゴールを記録できたことはもちろん、ずっと一緒に「Yuki Kajiura LIVE」を作ってきてくれた歌い手さん、プレイヤーさん、スタッフさん、そしてお客さんと「これをやったんだよね!」と言えるものを残せたことが、何よりうれしいですね。

梶浦由記

梶浦由記

ライブはやめられない

──映像を観ていて、梶浦さんがカメラに抜かれたり映り込んだりしているときに、だいたいニコニコしていらっしゃるのがすごくいいなと思いました。

本当にライブはご褒美だし、あんなにぜいたくな体験はないと昔から思っていまして。作曲の仕事をしていると、作り上げたものに対して誰かの反応が返ってくるまでタイムラグがあるんですよ。私が曲を作っているときにリアルタイムで「いい曲ですね」なんて温かい感想をくれる人は誰もいないので。

──誰も?

いないです(笑)。まあ、プロの歌い手さんに「歌うまいですね」ととりたてて言う人がいないのと同じで仕方ないんじゃないでしょうか。特にサントラ仕事の場合は曲数も多いですから、例えば30曲持ってこられたらスタッフの方もいちいち感想を言っていられないですよね。だから、曲を作ってレコーディングが終わってから、だいたい2カ月か3カ月、下手したらもっと経ってから、ようやくリスナーの方々からいろいろな声が届いてくるんですよ。「めちゃくちゃいい曲ですね」とか「いつも同じだね」とか(笑)。でも、その頃にはもう私はほかの仕事で精一杯なので、感想をいただけるのは本当にうれしいんですが、正直頭は違う方に向いちゃっているんです。それがライブでは、私たちがパンッと放った音に対して、その場でお客さんが「わああ!」って応えてくれる。あれはヤバいです。

──ヤバいですか。

あのリアルタイム性は病みつきになりますね。書き仕事では絶対に味わえないものですから。普段は地球から別の惑星に向けて音楽を打ち上げるような距離感で仕事をしている分、音楽をその場でやりとり出来る感覚というのは「楽しい」としか言いようがないし、書きの喜びとはまた違う原始的な音楽の喜びの原点がある。だから、ライブはやめられません。

梶浦由記

梶浦由記

──ライブはご褒美であり「楽しい」とはいえ、この2日間のライブを作る労力たるや……とも思ってしまったのですが。

「Yuki Kajiura LIVE」は2008年からやっていて、武道館で開催した「Kaji Fes.」はその19回目にあたるんですが、いつもの「Yuki Kajiura LIVE」では定番曲もやりつつ、お客さんをいい意味で裏切るために、新しい曲や意外性のある曲も必ず入れるようにしているんです。逆に「Kaji Fes.」は、まだ2回目ですけど「梶浦の曲の中でお客さんが聴きたいであろう曲を上から順番にやる」という明確なコンセプトがあるので、選曲ではそんなに悩まないんですよ。ゲストボーカルの方々も決まっているので「このゲストさんだったら、みんなが聴きたいのはこの曲でしょう」というのが自ずと定まってくる。ただ曲数がかなりあるので、それを2日間に収めるのは大変でしたね。大まかなセットリスト案はプロデューサーの森さんが出してくれるんですけど、それに対して私が「いや、この曲もやらなきゃ」とか言っているうちに7時間を軽く超えていて「あれ?」みたいな。

──そうなりますよね。

そもそも前回の「Kaji Fes.」(「Yuki Kajiura LIVE Vol.#10 "Kaji Fes.2013"」)は1日開催で5時間超えをしてしまって、バンドの方々から「次は無理です」と言われて「じゃあ、2日に分けましょう」ということになったんですが、結局初日が3時間、2日目が4時間で合計7時間になり「前より大変でした」と言われてしまったという(笑)。

梶浦由記

梶浦由記

──(笑)。

あと、去年は夏に全国ツアー(「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#18 ~The PARADE goes on~」)、秋にアジアツアー(「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#18 ~The PARADE goes on~ in Asia」)があったので、バンドも歌姫さんたちもツアーの曲的にはかなり仕上がっていたんです。ただツアーが終わってから「Kaji Fes.」開催まで3週間弱しかなくて。すぐにリハーサルを始めたものの、曲数が多すぎていくらリハをやっても終わらないんです。もともと「Yuki Kajiura LIVE」のリハーサルは非常に過酷で、定番曲は1回ぐらいしか合わせないんですけど、「Kaji Fes.」では通しリハすらできず(笑)。

──それであのクオリティのライブができるんですか?

バンドの皆さんも経験豊富ですし、そういうのにも慣れているので。ただ、緊張感はありましたね。さすがに2日間でこの曲数だと、今まで1度はライブで演奏した曲がほとんどですから、1曲1曲は演奏出来ても曲のつながりが覚えられないんですよ。しかもサントラの曲だと1曲の時間も短く、メドレーに近くなったりして。頭からピアノを弾かない曲だとつい冒頭油断してしまって、イントロが始まって3小節目ぐらいで「よし、こっちか!」みたいな、危険な場面は多少ありました(笑)。でも、たぶん私もバンドの皆さんも、そういう緊張感の中でかなり高めなテンションになった部分もあるし、それも含めて全部お祭りかなって。

──ずっとハイライトみたいな感じでした。

いつものツアーのハイライトを全部つなげたようなセットリストですし、私たちも基本的には最初から最後までクライマックスのつもりでやっていましたね。

「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。

「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。

──ただつなげただけではなく、例えばDAY 1はテレビアニメ「NOIR」(2001年放送)と「.hack//SIGN」(2002年放送)の楽曲、すなわち梶浦さんの初期の劇伴曲でスタートさせていたり、曲順にも意味を持たせているのでは?

ゲストさんの出番もあるので、完全にクロノロジカルというわけではないんですけど、やっぱり1日目の1曲目は「NOIR」で始めたくて。「NOIR」は、私にとってもこの仕事を続けられるきっかけになった作品ですし、当時から深夜アニメをご覧になっていた方にとっては非常に印象深い作品で、今でも「ライブでやってください」という声を多くいただくんです。そんな「NOIR」楽曲のほとんどをYURIKO KAIDAさんが歌ってくださっているので、最初のボーカル曲は彼女1人に託しました。「NOIR」のような人気があったアニメーションの曲は、いつもライブのアンケートで「あの曲が聴きたかった」「なんであの曲をやらないの?」といったご意見をいただくことが多くて。じゃあ、曲数が多い「Kaji Fes.」ならそんなご意見が減るかと思いきや、むしろ「Kaji Fes.」のほうがそういったうれしい苦情は多いんですよ。

──例えば?

これはあとで気が付いたんですけど、今回は劇場版「空の境界」(2007年から2009年にかけて全7章公開)という人気作の曲を一切やっていなかった。だから「『空の境界』の曲をやらなかったのは、何か意味があるんですよね?」とか……。

──深読み(笑)。

意味はないんです。やりたかったけれど入らなかっただけなんです。そういう作品はほかにもけっこうあって、当たり前ですけど、何時間やってもすべてのお客様に満足していただくのは難しいですよね。