ナタリー PowerPush - J-Min

時代と国境を越えた歌声の力 すべての音楽好きが涙する濃厚カバー盤完成

今回、J-Minの音楽に大きな変化を与えた中心人物がプロデューサーの佐藤剛氏。氏はプロデューサーとしてTHE BOOM、中村一義、SUPER BUTTER DOGらの作品を手がけるほか、日本のポップミュージックにおけるスタンダードな楽曲を再認識し、日本の文化的な財産として捉えるべく「J-Standard」という概念を提唱している。そんな佐藤氏の目に映るJ-Minはどんな存在なのだろう。プロデューサーから見たJ-Minの魅力について語ってもらった。

無謀に挑戦していこうっていうのがキーワード

——J-Minさんにカバー曲を歌ってもらうという発想はどこから出てきたんですか?

佐藤:最初はJ-Minに僕のプロジェクト(「デコレ村の絵文字たち」)でたまたま1曲「上を向いて歩こう」のカバーを歌ってもらう機会があったんです。そうしたら僕が予想していたより100倍くらい歌える、素晴らしいシンガーだっていうことがわかって、ぜひいっしょにやろうということになった。で、彼女の魅力を今すぐに生かすために、この素晴らしいシンガーにふさわしい楽曲があればいいんだけど、曲をゼロから作るとなるとなかなかたいへんなんですよ。実はオリジナルの曲っていくら作ってもわからないんだよね。3年とか5年経たないと。

——わからないというのは?

佐藤:本当にいい曲なのかどうかがわからない。そのときはみんな本当にいいと思って夢中で、真剣に作ってるんだけどさ、半年くらい経つとそのうちの半分くらいはそれほどでもなかったねってことになる。今は毎年新しい曲が何万曲も生まれてるけど、その中で10年後に残る曲は何十曲くらいのものでしょ。だからとにかくJ-Minっていう素晴らしいシンガーがいるってことを世の中に知ってもらうために、まずは良い曲を揃えて全部カバーでやってみようと。それがスタッフ全員で話し合って出た答だったんです。

——なるほど。でもカバーといってもいろいろな方向性があると思うんですが。

佐藤:そうですね。具体的なテーマはね、もう最初から「えっ、この曲?」っていうのだけをやろうと。つまり、あるスタンダードな名曲を書いた偉大な先輩たちの代表曲の中でも、これは普通あまりにも恐れ多くて手を付けないぞ、とか、オリジナルにかないっこないよっていうものにあえて無謀に挑戦していこうっていうのがキーワードでしたね。そっちのほうが可能性が見出せるだろうと。だからみんなが「この曲いいよね」っていうものよりは、もうちょっと乱暴で「これは無理だよ」っていうものをわざとやったりしてみて。

——大胆ですね(笑)。

佐藤:そういう作業を通して、これが一番肝心なんだけど、彼女が歌や音楽を通じてきちんとコミュニケーションがとれる人だなってことがわかったんだよね。で、スタッフもミュージシャンも固定でやってるから、どんどん緊密な感じになっていって結果として非常に濃いものができたんです。まあ物作りの普通の形なんだけど、今回それがちゃんとできたんですよ。だからJ-Minもリズム録りからダビングまで可能な限り全部つきあって、そのおかげである種充実した、そういうものがちゃんと生まれたんだなあという気がしますね。

——演奏もミックスも、基本的には歌を生かした形ですよね。

佐藤:うん、演奏するほうも原曲から無理にアレンジを変えようとはあまり思わなくて、まああんまり同じだとイヤだけど、だからといって小難しくしたりとか、ちょっと小洒落たのとかさ、みんなやるじゃない。でもそれは基本的にやりたくなくて。歌を信じてたから。素晴らしい歌が乗るんだし、それにふさわしい楽曲なんだから、アレンジもね、今流のアレンジを普通にやればいいんじゃないのっていうのは思ってたよね。レコーディングも基本的にはリズムと歌を一緒に録って、それがほぼOKみたいな、一発録りに近いやり方で。70年代と同じですよ。だから最近流行ってる偽装とか誤魔化しとか(笑)、いろんなもので数値を上げたりっていうのは基本的に一切やってない。新鮮な生のままの歌、コンピュータがなかったころに戻ったような歌を録ったんです。

そこがわかるんだったら歌詞の理解としてはもう満点

——それにしてもこの選曲は名曲揃いになりました。選曲の意図についてもう少し詳しく教えてもらえますか?

佐藤:うん、日本にスタンダードっていう概念があるとしたら、こういう曲がスタンダードとして残る曲なんだねっていうものを選んでみました。懐メロとかじゃなくて、ずっと歌い継がれるいい歌。アメリカだと、ジャズとかカントリーとか映画音楽とか、誰がどう見たってこれは名曲だよねっていう、そういうものがあるじゃないですか。日本はまだ確立されてないんだけど、でもそんな中でもこれはスタンダードとして間違いないっていう曲はわかるでしょう。その中から選んだっていう、うん。それだけなんだけどね、基準は。

——それは剛さんがずっと提唱している「J-Standard」ですよね。

佐藤:そうです。それを外国の人が発見して歌うっていうのは、僕の論理から言うと当然なんだよね。日本人は中にいるから余計なものがインプットされ過ぎていて、素直になれない。でも違うところから来た人は素直に「素敵だ」「いいね」って楽曲に向き合えるから。だから僕はJ-Minにそういう発見をしてもらいたいと思ったし、彼女はそのための力量とか理解力を持ってる。そんな人が現れて、生きているうちにそんなシンガーと出会えたことが僕は非常に嬉しいです。

——先程インタビューをしたところ、J-Minさんは日本語の会話は非常にスムーズでしたが、歌詞の理解度についての不安はなかったですか?

佐藤:いや、日本人でいくら日本語がわかっていても伝わらない人もたくさんいるじゃないですか(笑)。その点、J-Minはまったく問題なかったです。ひとつの歌で肝心なポイントっていうのはそんなにたくさんあるわけじゃなくて。だから例えば「スローバラード」でも、これは自分は体験してないけども、知らないけども、韓国でも民主化運動とか学生達が権力と闘っていた時代があったし、日本でもその昔そういうことがあったということで、J-Minは「そういう時代の少年と少女の話ですよね」っていうことを言ってくれるから、もうまったくその通りじゃないですか。毛布にくるまってっていうの。そこがわかるんだったら歌詞の理解としてはもう満点ですよね。だからそういう意味では「満月の夕」だってそうだったし。彼女が「この一行が好きなんです」って言う一行がね、「そう、この一行が伝えたかったんだよ、作った人は」っていうところにきちっと反応するんだよね。やっぱりそれは歌詞の理解っていうだけじゃなくて、やっぱり音楽家同士わかりあえる、感応しあえるポイントっていうのはやっぱりちゃんと伝わるんだなっていうことで僕は自信を持った。そういうことを信じて、歌を作ったり伝えていったりするっていうのを、僕はやりたいなと思ってるから。そこには希望があるし、日本のポップスはそんなに捨てたもんじゃないよって、いつも言ってるけど、それが彼女のおかげで証明されたような気がするんだよね。

カバーミニアルバム『The Singer』 / 2008年11月19日発売 / 2000円(税込) / AVCD-23680 / avex trax

CD収録曲
  1. 傘がない(井上陽水)
  2. 満月の夕(ソウル・フラワー・ ユニオン)
  3. 春夏秋冬(泉谷しげる)
  4. ONE DAY(KUWATA BAND)
  5. 久遠(仲井戸麗市)
  6. スローバラード(RCサクセション)
  7. 眠れぬ夜(オフコース)
  8. ボーナストラック
    The First Star(上を向いて歩こう)(坂本九)

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プロフィール

J-Min(じぇいみん)

1988年韓国生まれ、現在20歳のシンガー。2006年春、ソウルに来ていた日本のレーベルスタッフの前でナタリー・インブルーリアの「トーン」を弾き語りで歌い、その透明感あふれる歌声でスタッフを驚かせる。2007年9月に1stミニアルバム「ころがる林檎」でデビュー。2008年1月には2nd「Dream on...」をリリース。2008年11月19日にカバーアルバム「The Singer」を発表し、歌い手としての新たな魅力をアピールした。日本語、英語、韓国語を話し、ギターとピアノを演奏する。フェイバリットアーティストはミシェル・ブランチ、カサビアン、ピンク・フロイド、レッド・ツェッペリン、チック・コリアなど。