オリジナルには人間が入ってほしくない
──文筆業がひと段落して音楽活動を再開させるに当たって、今のじんさんだったら「カゲプロ」以外の作品で音楽を作る選択肢もあったと思うのですが。
何か新しいことを始めてしまったら、もう「カゲプロ」はやらなくなっちゃう気がしたんです。5年半前に「『カゲプロ』はもう完結させます」って言ったのに、この5年半間ずっと応援し続けてくれた方もいますし、単純に小説を書き進めていく中で曲になるアイデアがいくつも発見できた。だったら「カゲプロ」を堂々とやるのが1つの筋の通し方になるかなって思ったんです。「カゲプロ」以外にやりたいことも確かにありますけど、それは別のタイミングでも成立するものですから。
──Vocaloidを使用することに関してもこだわりはありますか? アルバムの初回限定盤Bにはじんさんご自身の弾き語り音源も収録されていますし、表現方法も今ではたくさんありますよね。
やっぱり「カゲプロ」の曲を創っていくとき、最初に出てくるイメージはボカロなんですよね。ニコニコ動画の“歌ってみた”動画の投稿者って、原曲のことをよく「オリジナル」と呼ぶんですけど、僕の中で「オリジナルと呼ばれるものには人間が入っていてほしくない」という感覚があるんですよ。ストーリーとキャラクターと哲学だけがあれば、それ以外はいらないかなって。例えばある主人公を据えた楽曲を僕が弾き語りで歌ったら、その主人公が僕自身のように聴こえてしまう瞬間があるんです。それって、僕が意図したいことではないんですよね。
──では、じんさん自身が生配信などで弾き語りを披露することにはどういう意図があるんですか?
あれは一種の二次創作なんです(笑)。ちゃんとオリジナルが存在している曲を僕が歌うわけですから。それと、動画で観てもらうのと弾き語りを生配信で聴いてもらうのって、伝わり方が全然違って。感覚的な話ですけど、僕自身も曲を聴いてもらったあとの「ありがとう」って思いがより強くなるんです。それもあって、今回アルバムの特典として自分の弾き語りの音源を入れてみました。
2人の哲学を混ぜ合わせた「アディショナルメモリー」
──「メカクシティリロード」の収録曲について話を聴かせてください。すでに動画共有サイトで公開されている楽曲「アディショナルメモリー」は、過去に発表された「カゲプロ」の楽曲をマッシュアップした、ファンがニヤリとする作品に仕上げられています。
「アディショナルメモリー」は、「ロスタイムメモリー」と「アヤノの幸福理論」と「サマータイムレコード」を混ぜた作品を創ろうと思って創り始めた曲なんです。具体的には「カゲプロ」の次のストーリーを考えたときに「ロスタイムメモリー」と「アヤノの幸福理論」をクロスさせる必要があった。2人(「ロスタイムメモリー」は如月伸太郎というキャラクターを、「アヤノの幸福理論」は楯山文乃というキャラクターをモチーフにした楽曲)を出会わせるとかそう意味ではなく、2人の哲学を混ぜ合わせるような曲が創りたくなったんです。そうするとサウンド的にも、「ロスタイムメモリー」にはピアノが入っていなかったので、「アヤノの幸福理論」でメインだったピアノの音とかけ合わせたくなったんですよね。
──では、そこにさらに「サマータイムレコード」を混ぜようと思った理由は?
「カゲプロ」で描かれる季節は夏なので、夏を感じさせるフレーズを入れようと考えていたら「サマータイムレコード」のメロディを変形させたものを思い付いて。「サマータイムレコード」という曲は「子どもの頃は楽しかったよな」という記憶を歌った曲なんですけど、「アディショナルメモリー」はどちらかと言うと後悔の曲だから。もともとの明るいメロディラインをちょっと暗いテイストに変えて使っています。
──「カゲプロ」では曲ごとに1人ずつモチーフとなるキャラクターが用意されていますが、それをかけ合わせることの難しさはありませんでしたか?
そこはもう単純に引き算で解決しました。先ほどもちょっと話した「1曲で完結させる」というところにもつながるんですけど、曲の中に何人もキャラクターが出てきてしまうのは、聴く側にもけっこうな負担になると思うんです。語らなくても伝わることがあると僕は確信していたので、「アディショナルメモリー」ではアヤノちゃん1人しか出てこないし、歌詞もシンプルに恋文みたいなイメージを大事にして書き上げて。動画を公開してから皆さんの感想をときどきチェックしているんですけど、ちゃんと読み解いてくれてるファンの方は多くて、伝えたかったことは伝わってるなと感じました。
──サウンド面だけでなく、映像でも過去の「カゲプロ」とリンクする部分が多数用意されています。動画を制作したしづさんとはどのような打ち合わせを?
しづさんに動画を作ってもらうのもひさびさだったんですけど、打ち合わせではそこまで改まった話はしなかったんですよね。「また新しい曲で一緒にやりましょう」「はい」みたいな(笑)。言葉にしなくてもしづさんの「カゲプロ」への熱い思いは感じられましたから、基本的には「動画にはしづさんの世界観があると思っているので引っ張ってもらいたい」とお願いしました。
5年半前だったら、おそらく書けていない
──「失想ワアド」「忘れてしまった夏の終わりに」など、収録曲は小説版やマンガ版の「カゲプロ」に関連した曲が多い中で、「リマインドブルー」だけは少し毛色が違いますよね。この楽曲では「カゲプロ」のストーリーを振り返るような、未来からの視点が描かれています。
これまでの「カゲプロ」の曲って、子どもの主観をすごく大事にしていたんです。子どもから見た世界だったり、子どもの感情そのものを歌ったり。「リマインドブルー」が明確に違うのは、大人になった立場で過去のことを思い出すように歌っていること。僕の中には、「メカクシ団のメンバーをちゃんと大人にしたいな」って気持ちがずっとあって、だから「リマインドブルー」という曲でその一端を皆さんにお見せしたかったんです。
──そういえば、前作のアルバム「メカクシティレコーズ」に収録されていた「サマータイムレコード」も過去を回想する内容の歌詞でしたよね。
「サマータイムレコード」は、大人にはなったけど年齢的にはまだ若い時期に過去を思い出しているイメージで。それに対して「リマインドブルー」は、完全に終わった青春を振り返っているんですよね。意図としては、ちゃんとキャラクターたちも成長しているんだ、ということを描きたくて。でもそれが書けるようになったのは、自分自身がちゃんと大人になれたからっていうのが大きいと思います。5年半前だったら、おそらく書けていない。
──「リマインドブルー」はメカクシ団の団員の1人、シンタローを主人公とした曲ですが、そのほかのキャラクターたちが大人になった姿も今後は描かれるのでしょうか?
まだハッキリとは言えないんですけど、“未来編”のようなストーリーを皆さんにお見せしたいな、とは思っているんです。おそらく小説で書くと思いますし、マンガでもやるかもしれない。あと「カゲプロ」のスピンオフのアイデアもありますし、映像作品も創りたいし……。もちろんそれに合わせて新しいアルバムも創ります。
──メディアミックスプロジェクトの構想がすでにあるんですね。
はい。今後の構想を展開するために、小説もマンガも終わった今のタイミングで「リマインドブルー」という曲を入れたんです。今回のアルバムで再装填(リロード)をしたわけですから、これから先の“発砲”にも期待してほしいですね。
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自分の経験があったから創れた作品
- じん「メカクシティリロード」
- 2018年11月7日発売 / EDWORD RECORDS
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初回限定盤A [CD+漫画]
3218円 / TYCT-69133 -
初回限定盤B [CD2枚組]
3218円 / TYCT-69134~5 -
通常盤 [CD]
2160円 / TYCT-69136
※初回プレス分のみ
三方背スリーブケース仕様
- DISC1 収録曲
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- エバーユースロードショー(Instrumental)
- イマジナリーリロード
- 失想ワアド
- マイファニーウィークエンド
- アディショナルメモリー
- ロストデイアワー
- リマインドブルー
- 忘れてしまった夏の終わりに
- グッバイサマーウォーズ(Instrumental)
- 初回限定盤B DISC2 収録曲
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- 失想ワアド(Acoustic)
- ロストデイアワー(Acoustic)
- リマインドブルー(Acoustic)
- 忘れてしまった夏の終わりに(Acoustic)
- じん
- 1990年10月生まれ、北海道出身のボカロP。幼少期より音楽に親しみ、学生時代にはバンド活動を行う。2011年にニコニコ動画に投稿した「人造エネミー」でデビュー。瞬く間にニコニコ動画ユーザーの間で話題を集め、数々の楽曲でランキング上位入りを果たす。2012年5月、それまでに発表した楽曲の世界観を1枚のアルバムに集約した1stフルアルバム「メカクシティデイズ」をリリース。「カゲロウプロジェクト」と題したメディアミックスプロジェクトを展開し、自身で執筆を担当した小説版「カゲロウデイズ -in a daze-」で小説家としてもデビューを果たした。2013年5月には、音楽版の「カゲロウプロジェクト」完結版として2ndアルバム「メカクシティレコーズ」をリリース。2016年6月には、マンガ家の沙雪とタッグを組んで原作を担当するコミックス「NIRVANA-ニルヴァーナ-」の連載がスタートした。2018年11月、約5年半ぶりのアルバム作品として「メカクシティリロード」がリリースされた。