じんがニューアルバム「メカクシティリロード」を11月7日に発表した。
「メカクシティリロード」は、じんが展開するマルチメディアプロジェクト「カゲロウプロジェクト」の最新作。彼にとって2013年5月発売の「メカクシティレコーズ」以来、およそ5年6カ月ぶりにリリースするアルバム作品となる。「メカクシティレコーズ」発売時に「カゲロウプロジェクト」の完結を宣言していたじんが、なぜこのタイミングで「メカクシティ」の名を冠したアルバムを作り上げたのか? 音楽ナタリーでは今回、5年半の歩みを振り返りつつ、新作「メカクシティリロード」で再び「カゲプロ」の音楽を制作した理由を本人に聞いた。
取材・文 / 倉嶌孝彦 撮影 / 大橋祐希
単純に「カゲプロ」の音楽が足りなかった
──2013年5月発売のアルバム「メカクシティレコーズ」発売時のインタビューで、じんさんは「カゲロウプロジェクト」の音楽編の完結を宣言していました(参照:じん(自然の敵P)「メカクシティレコーズ」インタビュー)。
はい。もう5年半も前なんですね。
──そんなじんさんが「メカクシティ」という名前の入ったアルバムをリリースすると聞いて、まず驚きました。
「メカクシティデイズ」「メカクシティレコーズ」という2枚のアルバムを創り終えて、僕の中では1回音楽を辞めようって思ってたんです。ありがたいことに音楽編の「カゲプロ」が完結しても小説とコミックの「カゲプロ」は続いていたので、文芸の分野と言うか、書くことに集中しようと思って過ごしていたのがこの5年半ですね。それで、まだ皆さんに発表していない小説のネタを書き溜めつつ、マンガ家の先生と一緒に作品創りをさせてもらったりして(参照:「NIRVANA-ニルヴァーナ-」じん×沙雪対談)。その間に「カゲプロ」小説版の続きを書き進めていったら、単純に(「カゲプロ」の)音楽が足りないなって思うようになったんです。
──5年半前の「メカクシティレコーズ」のインタビューで、じんさんは「小説やマンガも、あと何巻も刊行することは考えていません」とおっしゃっていたんですが、結果的には……。
全然終わらなかったんですよね(笑)。走っても走っても自分が想定していたゴールがなかなか近付いて来なくて。小説やコミックスが出ると「もう音楽はやらないんですか?」という声をいただくこともありましたし、話が深くなっていくにつれて音楽で表現できるものが増えている実感もあったんです。なので、実は2年ぐらい前から「また『カゲプロ』の音楽を創りたいな」とは思っていたんですけど、なかなか環境と条件がそろわなくて。それが整ってようやく完成させられたのが「メカクシティリロード」なんです。
──小説版の「カゲロウデイズ -in a daze-」が昨年12月発売の8巻で完結して、コミックスは次巻で完結することがすでに発表されています。このタイミングで音楽版の「カゲプロ」を再開させるのは、天邪鬼な印象も受けたんですが。
ははは(笑)。確かにそうですね。ただ、単純に小説を書き終わった段階で、軸足を文芸から音楽にちゃんと移そうと思ったからこのタイミングになっただけなんです。小説を書きながら音楽もちゃんと創れるほど器用じゃないですし、音楽をやるなら音楽だけに集中して曲を書きたかったというのもあります。
──文芸に集中していた5年半を経て、再び「カゲプロ」の音楽に向き合う中で何か変化はありましたか?
歌詞の表現はすごく変わったと思います。小説だったらト書きまで全部作品になるわけですが、歌詞っていちいち“私がどうした”とか“あなたがどうなった”とかを全部を説明する必要はないんですよね。歌詞という正解がない言葉の表現方法の中で、何を伝えれば僕自身が正解と思えるのかをものすごく考えました。
──そうは言いますが、5年半前の時点でもじんさんは歌詞が書けていたわけですよね?
そうなんですけど、以前の僕はどこかで「もっといい言葉があるかもしれない」と思いながら歌詞を書いていて、そんな不安を振り払いながら曲を創り続けていたんです。それに対して、今回のアルバムでは自分自身が納得できる言葉で歌詞を書けている自負があって。もちろん「カゲプロ」の1作品としての位置付けではあるんですけど、このアルバムから「カゲプロ」を知る人も楽しめる作品になっていると思います。もし自分がリスナーだったら、やっぱり以前の曲を知らないと楽しめないんじゃないかって敬遠しちゃうと思うんです。でも今回のアルバムの収録曲はそれぞれが1曲としてちゃんと成立していて、それができるようになったのは文筆業に集中してきたからなのかなと感じています。
初音ミクは僕のことを嫌いだろうな
──じんさんが文筆業に勤しんでいた5年半の間で、「カゲプロ」に代表されるようなメディアミックス作品の流行り廃りや、初音ミク発売10周年のタイミングでのVocaloid文化の盛り上がりなど、ニコニコ動画を中心としたシーンではいろんな変化がありました。そういった動きをじんさんはどう見ていたんでしょうか?
僕は1人のユーザーとしてニコニコ動画が大好きなので、もちろんずっと動向は追ってたんです。去年の初音ミク10周年に関しては、今回ナタリーさんにお話ししたかったことがあって。実は「初音ミクの10年」企画(参照:初音ミクの10年~彼女が見せた新しい景色~)でナタリーさんに取材のオファーをいただいていたんですけど、僕はそれを断ってしまって……。
──なぜ断ったんでしょうか?
取材の内容は企画のタイトル通り「初音ミクのことについて語ってください」というものだったんですけど、そもそも初音ミクは僕のことを嫌いだろうな、と思っていて。
──どういうことでしょう。
もう少しわかりやすく言うと、初音ミクカルチャーの界隈は僕のことをよく思っていないだろうなと。実は僕、「カゲプロ」の1曲目(2011年2月にニコニコ動画に投稿された「人造エネミー」)を発表する直前まで、ニコニコ動画のアカウントを持ってさえいなかったんです。そもそもパソコンを持ってなかったし、インターネットにも全然触れてなかった。自分のバンドが解散しちゃって作曲しても歌う人がいなくなってしまったときに、友人が教えてくれたVocaloidを始めたんですよね。それから僕はオリジナルのストーリーとキャラクターを用意して、Vocaloidを使って作品を発表していったんですけど、それってほかのボカロPの人たちとは異なるスタンスだったんです。これは僕自身がニコニコ動画に触れる中で気付いたことなんですけど、初音ミクという文化の中心にはキャラクターとしての初音ミクが存在している。でも、僕の作品の中心には初音ミクという存在がなかったんです。
──じんさんの作品では、オリジナルのキャラクターの楽曲をVocaloidに歌わせているわけですからね。
はい。だから初音ミクを使っている人ではあるんですけど、初音ミクの文化に対して僕が何かものを言う資格があるのか、自分が何か発言して水を差すことになるんじゃないかって感覚がすごくあって。それでオファーをお断りさせていただいたんです。ただ言っておきたいのは、僕もじんとして活動していく中で、初音ミクをはじめとした動画投稿サイトのカルチャーがものすごく好きになったんです。ユーザーとしてとても楽しんでいるし、尊敬している作家さんもたくさんいらっしゃいます。もちろん「初音ミクの10年」特集は全部読んでます(笑)。
──ありがとうございます。原稿になっていない部分も含めて、取材中、じんさんの話題になることは多かったんですよ。
どういう文脈で出てきたのかはあえて聞きませんが(笑)、とても光栄です。僕自身、ボカロPの先輩方には刺激をもらってきましたし、僕の作品がほかのクリエイターに何かしらの刺激を与えられていたらいいな、とは思っていましたから。
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オリジナルには人間が入ってほしくない
- じん「メカクシティリロード」
- 2018年11月7日発売 / EDWORD RECORDS
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初回限定盤A [CD+漫画]
3218円 / TYCT-69133 -
初回限定盤B [CD2枚組]
3218円 / TYCT-69134~5 -
通常盤 [CD]
2160円 / TYCT-69136
※初回プレス分のみ
三方背スリーブケース仕様
- DISC1 収録曲
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- エバーユースロードショー(Instrumental)
- イマジナリーリロード
- 失想ワアド
- マイファニーウィークエンド
- アディショナルメモリー
- ロストデイアワー
- リマインドブルー
- 忘れてしまった夏の終わりに
- グッバイサマーウォーズ(Instrumental)
- 初回限定盤B DISC2 収録曲
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- 失想ワアド(Acoustic)
- ロストデイアワー(Acoustic)
- リマインドブルー(Acoustic)
- 忘れてしまった夏の終わりに(Acoustic)
- じん
- 1990年10月生まれ、北海道出身のボカロP。幼少期より音楽に親しみ、学生時代にはバンド活動を行う。2011年にニコニコ動画に投稿した「人造エネミー」でデビュー。瞬く間にニコニコ動画ユーザーの間で話題を集め、数々の楽曲でランキング上位入りを果たす。2012年5月、それまでに発表した楽曲の世界観を1枚のアルバムに集約した1stフルアルバム「メカクシティデイズ」をリリース。「カゲロウプロジェクト」と題したメディアミックスプロジェクトを展開し、自身で執筆を担当した小説版「カゲロウデイズ -in a daze-」で小説家としてもデビューを果たした。2013年5月には、音楽版の「カゲロウプロジェクト」完結版として2ndアルバム「メカクシティレコーズ」をリリース。2016年6月には、マンガ家の沙雪とタッグを組んで原作を担当するコミックス「NIRVANA-ニルヴァーナ-」の連載がスタートした。2018年11月、約5年半ぶりのアルバム作品として「メカクシティリロード」がリリースされた。