楽曲やライブなどを通じてリスナーの生活に潤いを与えてくれるアーティストやクリエイターは、普段どのようなことを考えながら音楽活動を行っているのだろう。日本音楽著作権協会(JASRAC)との共同企画となる本連載では、さまざまなアーティストに創作の喜びや苦悩、秘訣などを聞きつつ、音楽活動を支える経済面に対する意識についても聞いていく。第2回は、ハロー!プロジェクト所属グループをはじめとするさまざまなアーティストやアニメ作品に歌詞を提供し、近年は小説家としても活躍する児玉雨子が登場。10年以上も第一線で作詞家業を続けてこられた理由や作詞家としての矜持、今後の野望について語ってもらった。
取材・文 / 張江浩司撮影 / 笹原清明
プロフィール
児玉雨子(コダマアメコ)
1993年生まれの作詞家、小説家。モーニング娘。'20、℃-ute、アンジュルム、Juice=Juice、つばきファクトリー、BEYOOOOONDSといったハロー!プロジェクト所属グループをはじめ、近田春夫、フィロソフィーのダンス、CUBERS、私立恵比寿中学、中島愛といった数多くのアーティストに歌詞を提供している。
作詞家になるならDAW機材をそろえて日商簿記を取れ……!?
──児玉さんが作詞家業を始めるようになったきっかけについては、以前音楽ナタリーでもお伺いしましたが(参照:佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」1回目 前編 / 作詞家・児玉雨子とアイドルソングの歌詞を考える)、初めての作詞はどのように進んでいったんですか?
いわゆるJ-POPだと、8.5割くらいは楽曲のメロディが固まったうえで作詞家に回ってくるんです。でも、まだ高校生だった2011年に書いた「カリーナノッテ」(※静岡朝日テレビ「コピンクス!」主題歌)のときは時間がなさすぎてサビの音源だけがある状態で、「これに適当に歌詞を付けて」と言われたんです。作曲家さん以外、スタッフもみんな初めての音楽制作だったんですよ。今考えるとあんまり段取りがよくなくて(笑)、譜面もないし、歌詞を書いても譜割とかをどうやって伝えればいいかわからなかったんですよね。
──リスナーに届けるよりも前段階の、スタッフにどう伝えるかという。
今だったらボーカロイドを使って自分でデモ音源を作れるんですけど、当時は本当にどうすればいいかわからなくて。「iPhoneに吹き込めばいいんだよ」って言われても、私はシンガーじゃないし、聴くに耐えないものになっちゃいますから。それまでもコピーバンドをやったり、趣味で簡単な作曲をしたりしていたので、ちゃんとしたDAWのソフトを買ってくるところから始めました。「Cubase、学割使っても高え!」とか思いながら(笑)。
──確かに会心の歌詞ができても、スタッフに聴かせるデモの音質のせいで印象が悪くなってしまったら元も子もないですもんね。
そうなんです。私の音痴のせいであんまりいい歌詞に聴こえなかったら嫌だし。歌詞の研究よりもボーカルエディティングのような、ディレクターさんに伝えるための技術ばっかり考えてましたね。最近は「Synthesizer V」「CeVIO AI」「VOCALOID6」とか、どれもすごいじゃないですか。もう技術も放棄してAIに頼ってます。
──AIに任せられる分、今のほうが作詞自体に集中できるのでは?
効率はすごく上がりましたし、作詞について真面目に考えるようになったと思います。
──児玉さんは小説を書かれたり、構成作家として台本を書かれたりもしていましたが、それらの仕事と作詞はどう違いますか?
どちらかと言うと、作詞と小説は同じ頭を使う感じなんですけど、構成作家の仕事は大学の課題をやってるみたいで全然向いてなかったですね(笑)。作詞は「うまく書けない」という歯痒さはあっても、ストレスはなかったんですよね。
──作詞も構成の仕事も、誰かから依頼されて書くという点では共通していますが、児玉さんの中では明確な線引きがあったんですね。
自分はあくまで音楽と小説が好きで、エンタテインメントのすべてが好きなわけじゃないんだという嫌な気付きがありましたね……(笑)。
──作詞家を続けているのも、「好きだから」という要素が大きいんですかね?
そうですね。小説や作曲などもするからなんとなく器用な人に見てもらえることが多いのですが、実は私は不器用で、好きなことだけ絞り込んで取り組んでいるから“いろんなことができる人”に見えるだけだと……。心の底から興味がないとマジで何もやれないんです。就活も3社にしかエントリーシートを出さなくて失敗しましたし(笑)。世の中には他人から言われたことをするのが得意な人もいると思うんですけど、私は就活で無理やりそっちの方向に行こうとして、まあダメでしたね(笑)。
──興味がないことを仕事にするのが大人だと思う時期ってありますよね。
ありますあります! それが大人の証拠だと思ってた。給料は我慢料だって言う人もいますし。でも、それは我慢が得意な人の言葉ですよ。適材適所ですよね。作詞は好きだからなあ。
──作詞家に必要な条件なんかがあるわけでもなく。
各々が好きなことが作詞にも生きると思うので、「これが必要だ!」というものは特にないですね。「音楽を聴け」とも「映画を観ろ」とも思いませんし。それなら日商簿記の資格をとったほうがいいですよ(笑)。パズルみたいで楽しいですし。
手癖のメロディを輝かせたい
──これまでにいろいろなタイプの歌詞を書かれてきたと思いますが、例えばBEYOOOOONDS「ビタミンME」やアンジュルム「SHAKA SHAKA TO LOVE」はアイドルソングでありながら商品とのタイアップソングでもありますよね。作詞をするにあたっての縛りがかなり多そうだなと思うんですが。
「ビタミンME」のときは初めて薬機法にぶつかりましたね。「元気になる」がダメだったのが衝撃的で! それまでは自由に書かせてもらうほうが好きだったんですけど、法律というルールに直面して「こういうゲームがあったか……!」という感じで、かえって面白く仕事しました。
──なるほど! 言葉のチョイスがいつもとは違ってきますね。
「SHAKA SHAKA TO LOVE」は、自信満々で書いたフレーズがあろうことか同業他社の商品名だったことがありましたね。悔しかったし難しかったけど、一方でこれも楽しかった。タイアップソングはいつにも増して歌詞が注目されたり、コンセプトが重要だったりするので、作曲家さんやディレクターさんと話し合いながら曲と詞を同時進行で作っていくことも多いんですよ。みんなでわいわい共同作業していく感じが楽しいですね。
──アイドルソングを多数手がける一方で、超大御所にして作家としても大先輩にあたる近田春夫さんにも詞を提供しています。
あれは自由にもほどがありました。楽曲だけ送られてきて「好きにやっていいよ」と。「もう少し注文ください」って言っちゃったくらい何もなくて。本当に好きに書いたら、ディレクターさんから感動して泣いてる近田さんの自撮りが送られてきました(笑)。
──そんな近田さんのかわいいエピソードが(笑)。しかし、「超冗談だから」というフレーズに近田さんっぽさが凝縮されていて、初めて歌詞を目にしたときはご本人が書いたんだと思ってました。
わー、うれしいです。恐縮なんですけど、近田さんのことは「週刊文春で連載やってる人」くらいの認識しか当時は持ってなくて。「今から調べても絶対に付け焼き刃になっちゃう」と思ったから、近田さんの曲を聴くのは2、3曲程度に抑えました。
──デビュー直後のアイドルグループを担当するときと同じやり方ですよね?
同じです。アイドルでも結成3年もすればコアなファンが付いてますよね。そういう人たちと同じ気持ちになることは難しい部分もあると思うんですよ。ものすごいキャリアをお持ちの近田さんならなおさらで。だから開き直りじゃないですけど、このタイミングで私に声をかけてくださってるんだったら新しい視点が欲しいんだろうなと。じゃなければご自身で書かれるわけですから。
──児玉さんは詞を提供するアーティストの芯の部分を把握するスピードが早いんでしょうね。「アイドルグループの立ち上げに関わったことがあまりなくて、むしろ引き継ぐことが多い」(参考:ナタリー15周年記念インタビュー 第1回 / ヒャダイン×児玉雨子が語るカルチャーの変遷)とおっしゃっていましたし、それまで培ってきた歴史をよく理解しているんだなと。
そうだとうれしいですね。もし今後既存のグループやコンテンツで歌詞を書く機会があれば、古参ファンの方には「ふーん、児玉雨子にできんの?」みたいな目で見てほしいです。俄然燃えますね(笑)。
──例えばアンジュルム「46億年LOVE」などに顕著ですけど、ミクロとマクロの視点をダイナミックに行き来するのが非常につんく♂さん的で、意図的に踏襲しているのかなと思ったんです。
私はハロヲタってわけじゃないんですけど、「リズム天国」(※つんく♂がプロデューサーを務めたゲームボーイアドバンス用ソフト)をやってたし、アニメ「しゅごキャラ!」も観てたし……ハロプロじゃない文脈でつんく♂さんの作品に触れてきたので、もしかしたらその影響があるかもしれませんね。「リズム天国のおっちゃまの声はつんく♂さんなんだよ」みたいな、ハロプロの王道から脇道に逸れたことは知っています。あとは、小学生から高校生の頃まで流行っていたフィクションがいわゆるセカイ系だったので、それがベースにあるのかなと。セカイ系の影響を直に受けるというより「自分と地球は同等だ」という自意識みたいな。
──つんく♂さんとセカイ系がつながるとは……!
あはは。あと、単に私が落ち着きがなくて、同じ視点が続くと単純に飽きちゃうんですよ。心情のことばかり書いてると、情景を書きたくなるし。歌詞はメロディがあるから視点が飛躍しても違和感にならないし、むしろ曲にパワーが出るんです。また、作詞と作曲は分業していても密接でないといけないので、歌詞を書くときに言葉の意味や音節数だけ気にしてちゃダメだなって。音程だったり、後ろで鳴ってるコードも大事な情報ですよね。曲からそのダイナミクスが導き出されてる感じもします。
──先に詞だけを完成させる、というパターンもあるんですか?
あるにはあるんですけど、そのときは「こういうリズムをイメージしてます」と作曲家さんにお伝えすることがありますね。
──なるほど、詞先でも音楽的な着想がすでにあるんですね。
でも、そのうえで作曲家さんに自由にやっていただいたほうが絶対面白くなるので、気にしないでくださいと伝えています。
──常にコラボレーションワークし続けてるわけですもんね。歌詞を乗せることで作曲家を驚かせてやろう、みたいな気持ちはありますか?
あー、ありますね! 作曲家さんにとってこのフレーズが肝なんだなというのももちろん汲み取りたいですけど、手癖で書いただろう部分を際立たせたいというか(笑)。全然ダイナミックじゃないメロディを「ここが泣ける!」とリスナーに言わせてみたい。これは分業ならではの面白さですよね。
──スランプで「1文字も出てこない!」ということもありますか?
やる気が出なくて仕事の椅子に座るまでが長い、みたいなことはよくあります。椅子に向かうまで3日かかったのに、いざ座ったらあっという間に書けたみたいな、そんなのばっかりです。
──逃げなければ書けると(笑)。
書ける! でも、いろんな理由をつけて逃げるのがうまくなってきているので、いつかマジでやらかすような気がしてます……。
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印税契約させてくれなかった人々は全員いなくなった
2024年3月28日更新