石崎ひゅーい|過去最大級の壁を乗り越えてたどり着いた地平

この1年、石崎ひゅーいは実に精力的に活動してきた。コロナ禍で2020年3月に発表したシングル「パレード」のリリースツアーが中止となるも、7月に菅田将暉とのコラボで中島みゆき「糸」のカバーを発表。11月には映画「STAND BY ME ドラえもん 2」の主題歌「虹」を菅田に提供し、大ヒットを記録した。同じく11月に石崎は映画「アンダードッグ」の主題歌として「Flowers」をリリースし、年末には有観客ライブを開催。年が明けてからも菅田のオンラインライブへのゲスト出演、自身の東名阪ツアー、YouTube企画「THE FIRST TAKE」で披露した「さよならエレジー」「花瓶の花」の配信リリースなど、歩みを止めることなく活動を続けている。

そして5月にはドラマ「警視庁・捜査一課長season 5」の主題歌「アヤメ」がリリースとなった。音楽ナタリーではこの1年のさまざまなトピックを石崎に振り返ってもらいつつ、「虹」を乗り越えたからこそ完成したという「アヤメ」の制作エピソードを聞いた。

取材・文 / 丸澤嘉明 撮影 / 山崎玲士

僕の声はぬめっとしている(笑)

──「パレード」リリース時にお話を聞いて以来、約1年ぶりのインタビューとなります(参照:石崎ひゅーい「パレード」インタビュー)。石崎さんはコロナ禍でも積極的に活動をしていてトピックがたくさんあったと思うので、まずはこの1年間の振り返りをさせてください。

そっか、もう1年も経つんですね。よろしくお願いします。

──まず2020年5月から予定していた「パレード」のリリースツアーが中止になってしまったあと、7月に中島みゆきさんの名曲「糸」のカバーが配信リリースされました。8月公開の映画「糸」で主演を務めた菅田将暉さんと一緒にカバーすることで、楽曲の新しい魅力が引き出された印象がありました。

石崎ひゅーい

これまでライブで菅田くんといろいろな曲を一緒に歌ってきたんですけど、音源をリリースしたことはなかったのでよかったですね。菅田くんと僕は歌手として持っている声質が正反対で、面白い対比になるんですよね。菅田くんは乾いていてまっすぐな歌い方をするんですけど、憂いを帯びているというか、僕はぬめっとしているというか(笑)。

──役者をやりつつ歌手もやる方はまっすぐ歌う人が多いですよね。

そういうところに刺激をもらえるんですよね。自分では成長だと思って変化させてきた歌い方が、傲りとまでは言わないけど、クセになっているかもしれないと気付かせてもらえる。菅田くんの隣で歌うとよりそう感じますね。

めちゃくちゃ模索した「虹」

──その後11月に菅田さんがリリースした、映画「STAND BY ME ドラえもん 2」の主題歌「虹」を石崎さんが書き下ろしました。どういう経緯で提供することになったんですか?

リリースの1年くらい前に菅田くんから「ドラえもんの歌を歌うことになったから、また一緒にやってくれない?」ということを、確か映画「糸」の打ち上げのときに言われたんですよ。「糸」は新型コロナウイルスの影響で公開が遅れたけど、撮影はだいぶ前に撮り終わっていたので。それで「俺でいいの?」と思いつつ引き受けて、制作はほぼ1年かかりましたね。

──「ドラえもん」という国民的アニメに対してどういう曲がふさわしいのか模索して時間がかかった?

めちゃくちゃ模索しましたね。制作に関わってるスタッフの皆さん、全員「ドラえもん」に対してものすごく思い入れが強いんですよ。もちろん僕と菅田くんも子供の頃からずっと観ていたわけだから強い気持ちを持ってるし。始まる前から絶対に高い壁だとわかっていたんですけど、まあ大変でしたね(笑)。

──その壁を乗り越えて、曲が完成するに至った要因はなんだったんでしょう?

歌詞で悩んでずっと決まらない箇所があったんです。具体的にはDメロの「家族や友達のこと こんな僕のこと」の部分なんですけど、そこをどうしようと思っていたときに、菅田くんが「これは家族の歌だね」と言ったんです。もともとは恋愛的な表現というか、のび太くんのしずかちゃんに対する恋心みたいなものを表現していたんですけど、そこをガラッと変えたときに全体がすごく大きなものになったというか。

──恋愛だけではなく、もっと普遍的な愛を歌った曲になった。

石崎ひゅーい

そう。もともとの表現も僕の中ではこだわりがあって、自分らしさが反映された歌詞だったんですけど、変えたときに「あっ、この曲完成した」と思いました。菅田くんもこの歌をどういう歌にすべきかをずっと考えていて、とはいえ僕が作っているから申し訳なさそうに、「ひゅーいくんやっぱりさ、Dメロの歌詞を変えたいんだけど……」って言ってくれて。今まで僕が作る曲に対して「こうしようよ」って言ってくることはなかったんですけど、もちろん僕もそれで変な感情になることもなく。僕が自分の世界の中に入って見えなくなっている部分があって、作品を俯瞰的に見ている菅田くんだからこその判断だったので、単純にすごいなと思いましたね。

──プライベートでも仲のいいお二人ですが、なあなあで済ませることなくお互いちゃんと意見をぶつけ合える関係というのはいいですね。

そうですね。だから本当に2人でめちゃくちゃでかい壁を越えた感覚があります。

──実際、国民的ヒット曲になったと言っても過言ではないと思います。子供が歌っているのをよく見かけますし。

本当に、子供が歌うのがすごいなと思って。今まで作った曲で一番子供から反応があったと思います。別にそこを意識して作ったわけじゃないんですけど。

──自分たちが意図してなかったところまで広がるほど大きな曲を作れた今の手応えはいかがですか?

シンプルでまっすぐに幸せについて歌っている曲なので、内容的にめちゃくちゃ難しかったんですよ。何かなくなったものに対して書くのはある意味簡単だけど、今あるものに感謝するというか、その喜びを歌うことって歌を作る中でも特に難しいと僕は思っていて。そういう難題に立ち向かったのが「虹」だったので、新しい感覚をちょっと掴めたかもしれないと思いました。それは今回リリースした「アヤメ」にも生きてくるんですけど。

ギリギリの心情をぶつけた「Flowers」

──「アヤメ」の話はのちほど聞かせてください。菅田さんの「虹」がリリースされたのと同じく昨年11月に、石崎さんは映画「アンダードッグ」の主題歌として「Flowers」をリリースしました。ボクシング映画に呼応した硬質なロックナンバーですね。

「Flowers」は台本が上がっていて、映像もすでにできている箇所があって先に見ることができたんです。それと現場に行って武正晴監督や森山未來さんと挨拶させてもらったので、曲のアイデアは最初から頭の中にあって。ただ映画やドラマとタイアップするときって、もちろんその作品に寄りそうことが必要なんですけど、それだけじゃダメで、自分の中でその作品と戦えるモチーフを見つけないといけなくて、それはいったいなんなんだろうってずっと探していたんです。そんな中、外出自粛期間中に家からスーパーまでの道でひび割れたコンクリートからみすぼらしい姿で咲いている花を見つけて、それを見たときに当時の自分の心情と「アンダードッグ」が持っているメッセージがリンクして、一気に書きましたね。

──作品と戦えるモチーフが路上に咲いていた花だったわけですね。

正直、あの頃は精神的にけっこうギリギリで。やっぱり家の中での生活の中だけだとやばいぞ、と。なんにもないし閉鎖的だし、表現が止められることにも腹を立てていて、現状を打破するような怒りをそのまま曲にぶつけました。