入野自由がニューシングル「CHEERS」を12月1日にリリースした。
表題曲の作詞はPEARL CENTERのMATTON、作曲はTENDREが担当した。カップリング曲「LIFE」「トワイライト」もPEARL CENTERのメンバーによる提供曲。さらに4曲目には入野が自身で作詞作曲し、9月に配信リリースした楽曲「April」のextended ver.が収録される。
レーベル・Kiramuneの第2弾アーティストとして2009年に音楽活動を開始し、これまで尾崎雄貴(BBHF)、Mummy-D(RHYMESTER)、向井太一といったさまざまなアーティストとタッグを組んで作品を発表してきた入野。今作の収録曲はどのような経緯でできあがったのだろうか? 制作過程やその背景にある思いを本人に聞いた。
取材・文 / 天野史彬
“燃え尽き症候群”を経て
──4曲入りのシングル「CHEERS」がリリースされますが、本作は、入野さんご自身としてはどのような意図やテーマをもとに作られた作品ですか?
大きなテーマがあったというよりは、まず、9月に配信リリースした「April」が1年半くらい前からデモの状態であって、この曲をどうするかが宙に浮いていたんです。フルアルバムに入れるのか、シングルで出すのか……いろいろ選択肢があったんですけど、まずは入野自由としてやったことのなかったデジタル配信で出してみようと。ただ、今の時代、聴いた瞬間にピンとこないと次の曲に飛ばされちゃうような気がして、デジタル配信したバーションではもともとのデモに入っていた環境音をカットしたんです。なので、今回のシングル「CHEERS」の4曲目に入れた「April(extended ver.)」が、自分にとってはオリジナルの「April」なんです。
──確かにシングルに収録されたバーションの「April」は、より生々しく空間的な感じがしました。
このオリジナルの「April」が土台にあったうえで、さらに毛色の違う自分の曲があれば1枚のシングルとして成立するかなと思って、前半の3曲を作りました。前半3曲に関して言うと、フルアルバム(2020年11月発売の「Life is...」)を出して、オンラインライブもガッツリやって、燃え尽き症候群的な感じになってしまった時期があったんです。そのときに「新しい刺激が欲しいな」と思っておすすめのアーティストを周りの人に聞いたり、自分で探っていく中で出会ったのがTENDREさんでした。そこから、PEARL CENTERさんとも出会い、「彼らと一緒に曲を作るのは自分にとって新しい波、このチャンスを逃してはいけない!」と思いました。
──そうして生まれた3曲と「April」のextended ver.がパッケージングされて、今回のシングル「CHEERS」ができあがったと。今おっしゃった“燃え尽き症候群”というのは、具体的にどういった状態だったのでしょう?
コロナ禍の休みで溜まっていたものをすべて吐き出すように、詰め込んで詰め込んで、創作にのめり込んでいった時期があったんですよね。その溜め込んでいたものを人に見てもらい、昇華したことで、気が抜けたというか。今思えば、時間が必要だったんだと思います。僕はありがたいことにいろんな活動をさせていただいているので、例えば音楽を作ったら次は舞台、その次に声の仕事……という感じで、今まではシームレスに自分自身が切り替わっていく感覚がずっとあって。流れの中で新しい刺激を得て、次にやりたいことが生まれることが多かった。ただ、燃え尽き症候群になっていた時期は、そのための時間があまりなかったのかもしれません。
──それを突破するために、今回のシングルに関しては入野さんご自身が作詞作曲された「April」の存在が道標になったのかなと思うのですが、そもそも、この曲はどのような状況で生まれた曲だったのでしょうか?
去年の3月頃に舞台が中止になったり、仕事という仕事がすべて止まって、ずっと家の中にいる状況になって。そのときに「今までやりたくても先延ばしにしていたことをやってみよう」とマイクを買ったり、オーディオインターフェイスを用意したりして音楽を作る環境を整えたんです。sooogood!のシミズ(コウヘイ)くんや佐伯youthKくんにいろいろ教わったり意見を聞いたりしながら、形にしていきました。歌詞に関しては、そのときになんとなく思いついたこと、そのとき見ていた情景やニュース、あとは過去に書き溜めていたものから合いそうなものを汲み上げていった感じですね。タイトルはそのまま、4月頃に完成したから「April」。
──今回のバージョンに入っている環境音は、どういった音なんですか?
そのときは音楽だけじゃなくて、コマ撮りの映像を作ってみたり、絵を描いてみたり、いろんなことに挑戦していた時期だったんです。なので、周りにあるもの全部が、自分にとっては素材という感覚だったんですよね。(机を叩きながら)こういう音とか、窓の外から聞こえてくる音や、水の音なんかも、全部を素材として録音していて。その中で、この曲に合いそうな音を付けてみたんです。結果として、曲にストーリーが生まれたなと思います。“僕らしさ”が出たというか。
──そうした環境音も音楽を構成する一部になり得るし、音楽の中で生きるという感覚が、入野さんの中にあったということですよね。
そもそも演劇をやっていたので、“ストーリー”というものに敏感だったんだと思います。音楽は音楽として、というだけではなく、演劇的な流れや音も自分にとってはすごく大切になっているんだろうなって、振り返ると思いますね。
音楽って自由なんだな
──「April」の歌詞を読んでみると、まるで流れていく時間の中の一瞬を切り取ったような歌だなと思いました。ご自身で振り返って、この曲に閉じ込められているのはどのような感情だと思いますか?
この曲には、コロナ禍になって、休みが多くなって……という前提がありはするんですけど、そういうことだけではなくて。今聴いても、この先聴いても、自分の中にベースとして流れている日常の感覚があるような気がします。
──4月に生まれたから「April」というのも、本当に余計なものがない状態ですもんね。
そう、すごくシンプルなんです(笑)。深い意味が何かあるというよりは、自分がそのとき思っていたこと、そして今振り返っても「そうだよね」と思うこと、というか。やっぱり自分で作った曲なので、すごく腑に落ちるなと思います。歌うときの感覚も、提供していただいた曲と自分が作った曲では少し違うんですよね。提供してもらった曲の場合、想像して歌うんですけど、自分で作った曲に関しては、実感として、より自分と直結しているので。
──本当に、入野さんの“素”の曲という感じがします。今回のシングルのバージョンは特に体温を感じますし。
僕はギターもちょっとしか弾けないし、トラックも作れないので、この曲も拙いギターと自分のコーラスだけで構成していたんです。しかも、この曲のギターを録ろうとしたとき、ちょうど電池が切れて、アコギをラインで録れなくなったので、エレキでアコギっぽい音を探して弾いていたんですよ。そうしたら、デモを聴いた編曲の家原(正樹)さんが「アコギじゃなくてエレキなのがいいですね」と言ってくれて。自分としては、こういう曲調なので「アコギだろうな」と想定していたんですけど。結果、エレキの音でいくことになりました。
──そうした想定外の出来事も、入野さんのストーリーとして曲にリアルに閉じ込められているということですよね。
いいアクシデントだったんだなと思います。「音楽って自由なんだな」と感じましたね。
幸せってなんだろう?
──シングルの前半3曲「CHEERS」「LIFE」「トワイライト」に関して言うと、1曲目「CHEERS」の作曲・編曲をTENDREさんが担当されていて、ほかの曲の作詞・作曲・編曲に関しては、PEARL CENTERの面々が担当しています。先ほどおっしゃっていたように、まず、TENDREさんとの出会いが最初にあったんですよね?
そうですね。周りの人に教えてもらう中で僕自身、「ああ、好きだな」と思うアーティストの1人がTENDREさんで。あの個性的な声や独特の抜け感が心地よかったんです。感覚的なものですけど、耳馴染みのよさや、自然と体が動く感じ……すべてが心地よかった。TENDREさんの曲は僕が歌ったことのない雰囲気のものだし、歌いこなせるのかはわからなかったんですけど、チャレンジしたいなと思って、お願いしました。その後、PEARL CENTERの皆さんをご紹介いただいて。今回、TENDREさんとは直接会っていないんですけど、PEARL CENTERの皆さんとはリモートで打ち合わせをしたうえで作っていただきました。まず、「LIFE」と「トワイライト」ができあがって、最後に「CHEERS」ができたという流れでした。
──PEARL CENTERの皆さんとはどのようなことをお話しされたんですか?
一応自分なりの曲のイメージを伝えたんですけど、「LIFE」は「作品を作ることが自分にとっては生きることであり、自分にとって生きることは表現すること」という、そのとき自分が考えていたことが曲になったと思います。「トワイライト」に関しては……普段、曲をお願いするときに丸投げは悪いので、自分の思いをなるべく伝えるようにしているんですが、突き詰めていくと、自分が歌いたいことや言いたいことってベースが一緒なんですよ。それを言葉で表現しようとすると、どんどん同じような形になってしまう。それが嫌だったので、「トワイライト」はお任せしました。「“PEARL CENTERらしさ”のある曲を作っていただけませんか?」って。
──「LIFE」はご自身の人生と創作の歌ということですが、そうしたことを特に深く考えるに至ったきっかけがあったのでしょうか?
大きなきっかけがあったわけではありませんが……ただ、やっぱりこの1年間は、ぐるぐると自分の仕事の必要性を考えることはありました。「自分の仕事って必要じゃないのかな?」とか。ただ、自分は舞台をやったり音楽を作ったり、そうやって没頭しているときがすごく幸せなんです。物を作っていれば余計なことを考えずにいられるし、それが自分にとってはすごく幸せなことで、生きている実感がそこにある。そういうことを、長いスパンで考えていたんだと思います。
──去年のアルバムタイトルも「Life is...」でしたし、やはり“人生”というものが、入野さんの表現にとってすごく大切なのかなと思いました。
「LIFE」というタイトル自体はPEARL CENTERさんからいただいたものなんですけど、「Life is...」というアルバムタイトルを考えた頃は、自分にとっての幸せについて考えることが多かったんです。自分の周りにいる役者の方やアーティストの方も、あの時期はみんな悩んでいたし……そういうときに作ったからなのかな。ともかく「自分にとっての人生ってなんだろう? 幸せってなんだろう?」ということを考えていて。自分にとっての幸せは、役者を一生続けていくことなのか、それとも、好きなことをやりながら旅をして生きていくことなのか……。
──その問いに対しての答えは現状、出ているんですか?
何も出ていないです。でも、結局、長いスパンで考えてもあまり意味がないような気がするんですよね。もちろん、多少のプランみたいなものはありますけど、とにかく目の前にあることをやっていくしかないのかなって思います。今の自分にとっては、自分の好きな仕事に没頭できることは、とても幸せなことだなと思うので。
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