iriが6枚目のフルアルバム「PRIVATE」をリリースした。
Yaffle、ESME MORI、ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)、さらには近年のサウスロンドンのビートミュージックシーンでその存在感を大きくしているedbl(エドブラック)とKazuki Isogai(SANABAGUN.)とのタッグなど、今作もさまざまなトラックメーカー、プロデューサーが参加している。
現行のクラブミュージックと親和性の高いグルーヴィな音楽は今作においても健在なのだが、中盤から後半にかけてはiriの“素”があらわになっていくような引き算のサウンドプロダクションが施された楽曲が並び、「PRIVATE」というアルバムタイトルに込められたリアルな思いが浮かび上がってくる。前作「neon」のリリース以降の期間で自身に起きたという変化や、それを経て形作っていった本作の核心について、iriが語ってくれた。
取材・文 / 三宅正一撮影 / 大川晋児
iri色を強く出したい
──「PRIVATE」はグルーヴィかつポップな前半から中盤を経て、サウンド的にも後半に向かってどんどん素の状態になっていくような流れで構成されているなと思いました。もっと言えば、曲がキャッチーなほどそこに描かれている切実なリリックが生々しく迫ってくるような感触もある。そして、アルバムを聴き終えたときに「PRIVATE」というタイトルを踏まえて合点がいったんですね。要はかなり生々しいアルバムだなと思いました。iriさんの実感としてはどうでしょう?
だいたい1年1枚のペースでアルバムを作っていると、季節によって私自身のメンタルに上がり下がりがあるというか。寒い時期から春にかけてはしっとりした気持ちになるし、夏に近付いていくとアップテンポで明るい踊れる曲を作りたくなる自分がいるんですよね。あとは今回、いろんなチャレンジをしていて。海外のアーティストと一緒に曲を作ったり、いつも一緒に制作しているYaffleくんとも今までとちょっと違う作り方をしてみたり。そういういつもと違う収穫もあったんですね。
──Yaffle氏が提供した今作の収録曲「DRAMA」では、どのように制作を進めていったのでしょうか?
「neon」に収録された「摩天楼」もそうだし、そのほかの曲もだいたいYaffleくんが大枠となるトラックやコードを組んで、そこに私の歌を乗せてブラッシュアップしていくという流れが基本的にあるんですね。でも、今回は私が鍵盤を弾きながら紡いだコードをもとに作ってみたんです。例えば「rhythm」(2019年5月リリースのシングル曲)は私がギターで作った曲をYaffleくんにアレンジしてもらうという形だったんですけど、「DRAMA」はギターを鍵盤に変えて、私が感覚的に先にコード進行を考えて、そこに歌を乗せたものをYaffleくんにシェアして作り上げていって。それは、自分の中でずっとやってみたかった作り方でもあったんです。
──その理由というのは?
Yaffleくん主導で制作できるのはすごくありがたいし刺激的でもあるんですけど、もっとiriとしての色を強く出したいと思ったのが大きいですね。
全体的に聴き心地のいいサウンドにしたかった
──「Go back」はedbl氏とKazuki Isogai氏の共同プロデュース曲ですが、海外のトラックメイカー、プロデューサーとの制作もずっとやってみたいことの1つだった?
そうですね。ただ、たまたま自分が一緒に曲を作りたい人が海外アーティストだったというニュアンスも強くて。
──edbl氏とKazuki Isogai氏は、昨年「The edbl × Kazuki Sessions」というアルバムをリリースしてますが、iriさんのライブのサポートメンバーでもあるIsogai氏からedbl氏を紹介してもらったんですか?
実は2人が一緒に作品を作ってることを知らなかったんです。Kazukiくんといろいろ話している中で「edblいいよね」「実は一緒に曲を作ってるんだよね」「いいなあ。お願いできないかな?」みたいな会話があって。そこからオファーしたんです。もともと3年前くらいかな? 私もラジオでよくedblの曲を紹介していたんです。休みの日によく聴いていてめっちゃいいなと思っていて。そしたら、Kazukiくんが一緒にやってるというから「うらやましい!」となって(笑)。
──縁がつながった。
そうなんです。不思議な縁だなと思いました。
──過不足ないサウンドプロダクションが施されているなと思うし、浮遊感に富んでいて、とても色っぽい曲になってますよね。アウトロのギターソロも効果的で。
気持ちいいですよね。もともとedblの、心地よく聴けるんだけどメリハリのあるサウンドがすごく好きで。edblとKazukiくんが前に一緒に作ったデモを、「この中からもし気に入ったものがあれば」という感じで聴かせてもらったんですね。そこから私が気に入ったトラックをチョイスして、Kazukiくんがよく使っているスタジオにお邪魔してその場でギターのフレーズなどを加えていってもらって。最終的にedblが仕上げてくれました。
──この曲はアルバムの中で中間色的な役割も担っていると思っていて。iriさんがアルバムを作るうえで、いわゆる現行のクラブミュージック、ビートミュージック然としたビートと、iriさんがギターでコードを導きながら立ち上げていく曲とのバランスを常に意識していると思うんですね。今作はそのあたりの意識はどうだったのかなと。
ローがしっかり出ていてパンチがあって踊れる曲=iriのリード曲、というイメージがあると思うんですね。今作はなるべく全体的に聴き心地のいいサウンドにしたいという思いはすごくあって。より日常に馴染むサウンド感であり、歌詞も生々しくてリアルすぎる感情というよりは、情景を多く入れてみることを意識していたと思います。
──歌詞は確かに情景豊かな描写も多いんだけど、感情をすくい上げる筆致も全体的にかなり生々しいと思いましたね。
まあまあ、それはもうしょうがないです(笑)。
──だからこその「PRIVATE」というアルバムタイトルなんだと思いましたし。
「PRIVATE」というアルバムタイトル自体は、最後に収録されているAsoと作った「private」からきてるんですけど、Asoからトラックが送られてきて歌詞を書いてるときになんとなく「private」というワードが浮かんできて、いいなと思ったんです。毎回そうと言えばそうなんですが、今作を作るまでの時間は今まで以上に自分の私生活や日常の中で感じることが多かったし、29歳という20代最後の年齢を迎えて、いろんな発見や価値観の変化があったんですね。その気付きや変化というのはアーティスト活動におけるものというよりも、自分のプライベートな部分に強くあって。
いろいろ開き直ることができた
──その気付きや変化についてもう少し詳しく話していただくことはできますか?
今まで気にしていたことに対して「別にいいや」って思えたというか(笑)。いい意味であまり考えすぎないようになったと思います。皆さんよくおっしゃるじゃないですか。「30代になるといろいろ吹っ切れるよ」とか。それが何かはまだよくわかってないんですけど、もしかしたらそういう段階に向かっているのかなと思うんですよね。
──食い下がるようで申し訳ないのですが(笑)、今まで気にしていたことというのは例えば?
音楽活動においてもそうなんですけど、日常の人間関係において私はもともと性格的にすごく気にしいなタイプの人間なので。なんだろう……正直に言ってしまうと、このアルバムに「PRIVATE」というタイトルを付けたのもそうですけど、アルバム冒頭の「Season」をはじめ、1曲1曲にあまりにもプライベートすぎる部分があるというか。
──うん。
だから、このアルバムについてあまりしゃべりすぎると、本当に悩んでる人みたいに見えてしまうと思うんですよ(笑)。自分のお悩み相談みたいなインタビューになるのがすごく嫌で。だから、最悪「それはプライベートなことなんで言えないです」ってスルーできるかなと思ったりして(笑)。
──なるほど(笑)。
それくらい言葉にするとだいぶ恥ずかしいんですよね。でも、自分の中ではいろいろ開き直ることができているタイミングの話という感じなんです。
──このアルバムを作ったことで吹っ切れ始めているということなんでしょうか。
実際に吹っ切れられているかはわからないですけど、曲を書きながら自分が変化していることは感じてました。「Season」なんかは特に謎のポジティブワードも出てきていて(笑)。自分の中で少し成長を感じられる気がします。
──確かに、このアルバムについてiriさんがインタビューで語るのは難しそうだなとは思ったんです。逆に言えば、それだけ曲で伝わってきたとも言えるんですけど。
そうですね。曲で伝わるのならそれでいいのかなと思ってるんですけど、インタビューは話さなきゃダメじゃないですか(笑)。
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