iriの5thアルバム「neon」が2月23日にリリースされる。
昨年10月にメジャーデビュー5周年を迎え、自身初のベストアルバムをリリースするなど、音楽人生において1つの節目を迎えたiri。彼女が音楽的にも人間的にも、新たな地平に立つ意思を示したのがニューアルバム「neon」である。2021年6月発表の「渦」やアルバムのリードトラックである「摩天楼」を筆頭にグルーヴィな楽曲も収録されているが、作品の全体像としてそれ以上に印象に残るのは、「今は可能な限りシンプルな歌を体現したい」と希求する、彼女のシンガーとしての実像だ。制作中に感じた自らの心の動き、「neon」というアルバムに込めた思い、そして自身の現在地についてiriに語ってもらった。
取材・文 / 三宅正一撮影 / 岩澤高雄
自分の声は必要最低限で
──アルバムが完成した率直な思いや手応えはどうですか?
うーん、疲れました。
──出し切った、という感覚ですか?
そうですね。今回は作詞だけじゃなく、制作全体を通して細かく気を使う部分が今まで以上に多かったんです。自分自身がいろんなことに敏感になっていて、気になることが多かったので、神経質になって作ったアルバムという感じです。
──気になることというのは、例えば?
曲作りにおいて、とにかく無駄なものを排除したいという気持ちが強かったです。
──ああ、引き算の視点は歌詞や音からも伝わってきました。
かなり削ぎ落とした感じがありますね。ボーカルもよりシンプルに、なるべくドライな質感で、自分の声をそのまま届けたいという思いがありました。ミックスのときにエフェクトがかかったボーカルを聴いて、「iriの声はこんなにきれいじゃない」と思って。それで、あえてエフェクトを排除してもらったら、「そうそう、これがiriの声だよな」と納得できたんです。
──ベスト盤リリース後のオリジナルアルバムでそういったマインドになれたのは、すごくよかったんじゃないですか?
そうですね。いろいろ飾り付けるのはもういいかなとはっきり思えたのは大きいと思います。ボーカルやサウンドのエフェクトを効果的に使えるならいいんだけど、全部が全部盛り盛りな音源にしたくないんですよね。必要最低限でいい、というモードになってますね。
──そのモードについて、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?
自分の声がきれいになっている音源を聴くと、自分を隠しているように感じることがどんどん増えてきて。それがすごくイヤになったんです。もちろん、ピッチがズレてるところを違うテイクに差し替えることはありますけど、基本的にはツルッと歌った自然なテイクを、なるべく修正せずにそのまま音に乗せたいんです。だから、音源で無理やり艷やかに、キラキラにされていると、「これは自分の声じゃない」と思うんです。
──生々しい声を届けたいというのが今のモードなら、真っ当な感覚なんじゃないですか。
うーん、正直今もモヤモヤしている部分はあるんですけど、作品作りには正解がないというのもわかっています。自分で納得いったと思っても、次の日にはやっぱり納得できないという気持ちになることはよくあるから。
難しく考えすぎなくていい
──このアルバムは今までのようにグルーヴィな曲もあるんだけど、iriさんのモードとしては「はじまりの日」から通底するものがある気がして。それはなるべくシンプルな歌を歌いたいというシンガーとしての欲求の表れというか。アルバム曲の「泡」や「雨の匂い」、「baton」などを聴いて特にそう思いました。
そう感じてもらえてすごくうれしいです。ある意味、今、自分のことを試しているんだと思います。飾り付けずに、素のままの自分を世に放ったら、どんなリアクションが返ってくるのか。そういう考えがこのアルバムには色濃く反映されていると思います。
──で、最後に「The game」という新境地にたどり着くみたいな。
あの曲は完全に遊んじゃいましたね(笑)。
──冒頭は「何やら悪そうな曲だな」という印象なんだけど(笑)、やがてヒューマニスティックなイメージになる曲だなと。大きな愛情を持って他者を許し、認め、包み込むという歌になってますよね。かといって、イライラしている自分も隠していない。でも、その先に歌えることがまだあるという意思表示を歌詞の中でしていて。
自分でも次につながるいい曲だなと思います。この曲を作っているとき、ここからまた面白いものを作っていけるなと思えたというか、「難しく考えすぎなくていいんだ」と。作り方としては、自分で弾いたギターのフレーズを%Cくん(TOSHIKI HAYASHI(%C))に渡して発展させていったんですが、最初はどんな感じの曲になるか自分でも想像できなくて。歌詞もどんな内容にするか、まったく考えていませんでした。と言うのも、この曲は%Cくんとアルバムの最後に作ったんですけど、そこまでの制作がけっこうしんどかったんですよね。「baton」みたいに、グーッと頭を使いながら作っていた曲が多かった。それもあって「The game」では、デモの段階から何が起きるのか自分でも予想できない曲を作りたいなと。結果的に、聴いている人に「なんだ、この曲!?」と思わせながら、iriのこれからを楽しみにしてもらえるような、メッセージ性がある曲を作ることができました。
──ちなみに「こんなアルバムにしたい」というイメージはあったんですか?
既発曲の「渦」がアルバムに入ることを踏まえて、1曲目「はずでした」、2曲目「渦」、3曲目「泡」、4曲目「摩天楼」と組曲のようにつなごうと思ったんです。私の中では「はずでした」と「泡」は、「渦」を書く前後の心境を描いているので。
──ああ、なるほど、面白い。その構成は気付かなかったけど、そういう視点でこの4曲を捉えると合点がいきますね。「渦」は不安定な状態や時間の連なりの中で、いかに好奇心を殺さず、情熱的に生きられるか問いかけている歌だと思っていて。
まさにおっしゃる通りですね。コロナ禍になってから、仕事がなくなってしまったり、メンタル的に落ちていたりする友達が多かったんですけど、それでもみんな自分の仕事にプライドを持っていて。そういう姿を見てカッコいいなと思ったし、自分も音楽に対する熱量やプライドというものを改めて大事にしていきたいなと。「渦」はそういうことを考えながら作った曲でした。
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自分に発破をかけて