iriが3月24日に最新作「はじまりの日」をリリースした。
2020年、新型コロナウイルスの流行で思うように身動きが取れなかった中でも、iriは9月に無観客生配信ライブ「iri Presents “ONLINE SHOW”」実施、11月に配信シングル「言えない」リリース、12月に自身初のZeppツアー「Five Zepp Tour 2020」開催など、その歩みを止めずに活動を続けてきた。
そんなiriが、トラックメイカーのTAARや三浦淳悟(ペトロールズ)といった自身の信頼するアーティストを迎え制作した新作「はじまりの日」。表題曲は彼女が原点である弾き語りに立ち返り、バンドメンバーと丁寧にアンサンブルを編み上げたシンプルかつ力強いサウンドが印象的で、デビュー以降、フロアライクな楽曲を発表し続けてきた彼女の新たな一面が垣間見られる楽曲に仕上がっている。
音楽ナタリーではiriに、今作に込めた思いやコロナ禍以降の日常で見つめ直したという自身の人生観、そして今後の展望などについて語ってもらった。
取材 / 三宅正一 文 / 三宅正一、笹谷淳介 撮影 / トヤマタクロウ
これまでの“iri”に飲み込まれずに
──これまでiriさんがリリースしてきた楽曲はダンスミュージックを基調にしたものが多い印象ですが、新曲「はじまりの日」には、イントロのギターのアルペジオや歌い出しから、シンプルなサウンドに乗せて歌をまっすぐに表現したいという強い意思を感じました。iriさん自身、これまでのパブリックイメージとは一線を画す楽曲が生まれたという実感があると思いますが、まずこの曲がどのように立ち上がっていったかをお聞かせください。
今までは一緒に制作するトラックメイカーさんからいただいた音をベースに制作していくことが多かったんですが、今回は自分の原点である弾き語りをやっていた頃のように、ギターから曲を作ってみようと思ったんです。以前からそういう曲を作りたいという気持ちはあったんですが、わりとコンスタントに楽曲をリリースしてきたので、なかなか自分の時間を作れなくて。でも去年の外出自粛期間から家にいる時間が増えたおかげで制作とじっくり向き合えたので、ここで挑戦しようと思ったんです。これまで近くにあったR&Bやヒップホップのサウンドとは一旦距離を置いて、必要な音だけを鳴らすことを意識しました。自分の意向に理解のある方たちにも参加してもらえましたし、大切な曲を作れたなという手応えがあります。
──これまでの楽曲のテイストを鑑みるに、今回のようなシンプルな楽曲の制作には勇気が必要だったのでは?
そうですね。実際、曲が配信されるまでは不安でした(2月24日に「はじまりの日」の先行配信がスタート)。私の曲はダンスミュージックやノリのいいものが多くて、リスナーの方からも踊れる楽曲を求められてきた気がしていたので。でも、自分としては今回すごくいい曲ができたと思ったし、周りのリアクションを気にして期待に応えるよりも、「今、自分はこれを歌いたい」という気持ちを優先したかった。デビューしてもうすぐ5年が経ちますし、一度落ち着いて自分のやりたいことを改めて考えたいと思っていたんです。
──歌の様相や歌詞の内容から、iriさんがこの1年間で自分と音楽、あるいは人生観や死生観を見つめ直したことが窺えます。
「自分に求められている音楽とは?」「自分が表現したい音楽とは?」というところとすごく真剣に向き合いました。そのうえで、自分が今後どんな曲を残していきたいかと考えると、今まで自分に求められてきたようなトラックだけをずっと作り続けていくのは違うと思ったんです。もう少し力を抜いてもいいのかなって。
──その発言を意外に思う人も多いかもしれないですが、そもそもiriさんが音楽を志した原風景にあるのは、アリシア・キーズが「If I Ain’t Got You」をピアノで弾き語りしている姿ですもんね。
自分なりにいろいろなサウンドに挑戦しながら、憧れに追い付こうとしていたのかもしれません。デビュー以降は新しいことやカッコいいことをしようと、ずっと足し算ばかりしてきた気がします。だから今回は、これまでの“iri”に飲み込まれずに、ちゃんと自分の声、歌詞、メロディを聴いてもらえる曲を残したいと思ったんです。今まで以上にもっとシンプルに歌を伝えたいなと。
──SNSを見るとiriさんはリスナーとしても現行のR&Bやヒップホップをよく聴かれていらっしゃいますし、今後もフロアライクな楽曲へのアプローチは続けていくかもしれませんが、長い音楽人生を想像してみたら自分の音楽はシンプルな歌に帰結すると思った?
そうです。R&Bやヒップホップはもちろん好きですし、そのテイストを楽曲に入れ込むことはいいと思うんですけど、自分はそこに近付こうと無理してがんばっちゃいけないなって。ファンの方々からはよく「カッコいい」と言っていただけたり、自分でもそういう曲を作りたいとは思いますが、私自身はそうじゃない(笑)。そもそもの私はダンストラックに乗せてガンガン歌うようなキャラでもないというか。
──それは表層的なカッコよさではなく、もっと根源的な部分から求心力のある歌を歌いたいということでしょうか?
はい。「はじまりの日」の歌詞を書いているときに改めてそう感じましたね。普段は携帯やパソコンでバーッと書くことが多かったんですが、この曲ではギターで弾き語りしながらノートに書いていって。そうしたら、いつも以上に想像が膨らんで、自分の中から自然に言葉が出てきたんです。時間に余裕があったからこそできた作業だとは思いますが、自分の芯の部分に向き合って曲を作れた気がしてよかったです。
弾き語りしていた頃を思い出すよ
──自分自身と対話しながら制作されたということですが、その間、デビュー前に曲を書いていたときの感覚を思い出したりもしましたか?
まさにそういう時間でしたね。それにこの曲が配信されたあと、デビュー前の私を知ってくれている方々から「懐かしいサウンドだね」「iriが弾き語りしていた頃を思い出すよ」と言ってもらえて、すごくうれしかったです。一方で、「今までのiriのイメージと違う」「意外だ」というリスナーの感想もあったんですが、私の中では「もともとはこうだったんだよ」という感じ(笑)。本当はデビュー以降も弾き語りを続けたかったし、そもそも弾き語りから曲を作ることしか知らなかったので。
──デビュー前はDTMソフトを使って曲を作ることはなかったんですか?
はい。GarageBandもほとんど使っていなかったし、歌やギターの音を携帯のボイスメモに録音して曲を作っていました。だからデビューが決まった段階では、まだ「トラックメイカーって何者?」という状態で(笑)。それがいろいろなトラックメイカーの方と一緒に制作するようになってから、やっとトラック作りがどういうものか理解できるようになったという。
──そうなると、当然トラックに合わせて歌のアプローチも変わってきますよね。例えばラップにおけるフロウに近いような歌唱法に挑戦してみたり。
そうですね。原点はギターの弾き語りなので、そういうパフォーマンスについても「ええ? ハンドマイクで歌うの?」と最初はちょっと抵抗がありました。今まで座ってギターを弾いていた私が、ハンドマイクで身振り手振りを加えながら歌わなきゃいけないのか、と。でも、そういう今までの自分のスタイルとは違う曲に挑戦してみるのもいいなと思ったのも事実で。実際にこれまでいろいろなジャンルのトラックを歌ってきたことで、自分にはどんなサウンドが合うのか研究できたし、大きな収穫だったなと思います。
──なるほど。「はじまりの日」はiriさんの声質やボーカルスキルの高さもあって、“やらされている感”が一切ないところも印象的でした。
私自身、この曲を歌っていてすごく楽しかったんですよ。これからもダンストラック的な楽曲は作っていきたいですが、今はそれと並行してバンドと一緒に曲を制作していくのもいいなと思っています。
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大切な人たちとのお別れを胸に