iriが配信シングル「言えない」をリリースした。
iriは今年3月に最新アルバム「Sparkle」を発表し、5月からは全国ツアー「iri Spring Tour 2020」を行うはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により全公演の中止を決断した。しかし、そんな状況下でも自身初の配信ライブ「iri Presents "ONLINE SHOW"」の開催や、さまざまなオンラインイベントへの出演など精力的な活動を続けてきた。
彼女にとって約10カ月ぶりとなるシングル「言えない」は、タイトルの通り本当に思っていることを言えないもどかしい心情を歌ったラブソング。サウンドプロデューサーにESME MORI(Pistachio Studio)を迎えて制作された。今回のインタビューでは「言えない」の制作エピソードを中心に、コロナ禍による自粛期間をどのように過ごしていたかを聞いた。
取材・文 / 瀬下裕理
コロナ禍で空いた音楽との距離
──おひさしぶりです。今年は新型コロナの影響で春のツアーが中止になったりと予定通りにいかないことが多かったと思うのですが、iriさんはどう過ごされていました?
自粛期間中は自分が今何をするべきなのかを考えていたんですけどなかなか難しくて。ほかのアーティストさんが自宅から配信ライブをしたりするのを観て、自分も何かやらなきゃと思いながらも簡単にはできなくてずっとモヤモヤしていました。
──なるほど。それでは曲作りに集中するというのも難しかったかもしれないですね。
創作意欲はあまり湧かなかったです。それは曲作りにおいてだけではなく、何かをするということ自体に気持ちが全然向かなくて……今思うと音楽との距離が少し空いちゃっていたのかもしれないですね。なので映画とかを観るわけでもなく、ホントにずっとボーッとしてました(笑)。
──ほとんど外に出ることもなく?
たまに海には行ったりしましたけど、ほとんど家にいるような生活でした。私の場合、人と会って話したり、外に出て感じ取った何かを軸に曲を作っていたので、ずっと家にいるようになってからはホントにどうしようかなって(笑)。
──そうだったんですね。iriさんはchelmicoのMamikoさんやWONKの荒田洸さんらとよく交流されているイメージですが、自粛期間中はそういった友人たちとは連絡を取っていましたか?
はい。LINEでやり取りしたり、オンラインで集まって話したりしていました。でも結局オンライン上だとコミュニケーションが難しくて。
──わかる気がします。そういえば5月頃からご自身のInstagramにお花の写真をアップされてましたね。
そうなんですよ。植物がけっこう好きで、自粛中はオンラインで注文したりして。毎回新しい草花が届くのをすごく楽しみにしていました。
──それは自粛期間だったということが関係しているんでしょうか?
うーん、前から植物は好きだったんですけど、確かに自粛期間に入ってから家に植物がすごく増えましたね。なんでだろう……人に会えなくて寂しかったのかな(笑)。植物を見ているときはホッとするというか……自分にとっては癒やしの時間でした。
オンライン上でもつながっている
──そんな自粛期間を経て、9月に配信ライブ「iri Presents "ONLINE SHOW"」が開催されました。初の配信ワンマンということですが、舞台に立ってみていかがでしたか?
気持ち的には「カメラの向こうで観てくれているみんなに届けよう」という思いがあったんですけど、やっぱりフロアからの反応がないのは少し寂しかったですね。
──普段iriさんはお客さんの表情を見ながらパフォーマンスされますもんね。
そうですね。いつもはお客さんの表情や目を見て歌うことで、その場のノリというか、相乗効果で自分のテンションも上がっていくので、そういうのがまったくないとやっぱり寂しいですよね。でもそういう中でも、あの日は「カメラの向こうでみんながちゃんと観てくれている」「オンライン上でもつながっている」という感覚が自分の中にあったので、やっぱりやれてよかったです。
──配信ライブにはTAARさん(DJ, Manipulator)、三浦淳悟さん(B / ペトロールズ)、松下マサナオさん(Dr / Yasei Collective)、村岡夏彦さん(Key)がバンドメンバーとして参加されていました。ライブに向けて彼らとはどんなことを話しましたか?
あのメンバーはもともと私が本当に一緒に演奏したかった人たちで、この面々だからこそできることをやりたいと思っていました。具体的には今までオケを流してそれに合わせるようにして演奏することが多かったのですが、あの日はなるべくセッション感というか生音感をしっかりと出したいと打ち合わせして、リハーサルでアレンジを詰めたりしました。
──より生っぽいパフォーマンスを目指していたと。
そうですね。私にとってスペシャルなメンバーなので、この4人でやる意味をライブで表現できたらいいなと思っていました。
結果的に時代のムードと重なった「言えない」
──ここからは新曲「言えない」について聞かせてください。前作「Sparkle」は全体的に明るくポジティブなムードが漂う作品でしたが、「言えない」は迷いや葛藤が行ったり来たりする繊細な感情を歌ったラブソングとなっています。前作とのマインド的なギャップがすごく新鮮だったのですが、この曲にはコロナ禍に感じた思いが反映されているのでしょうか。
楽曲自体は緊急事態宣言が出た頃に作り始めたんですけど、コロナ禍だからという理由で書き始めたわけではないんです。
──それ以前からiriさんが抱いていた思いを楽曲にしたと。
はい。私は何事にも臆せずに発言できる“強い人”という印象を持たれることが多いんですけど、本当はけっこう臆病なんですよ。例えば誰かに強く言われると自分の考えを伝えられなくなる場面がけっこうあって。自分の考えを伝えることで、相手に嫌われたりとか何かを失ってしまうのが怖くて何も言えなかったりとか。そういう状況を変えたいけど、やっぱり変わることが怖くて言えないという感情がループした状態を曲にしたんです。
──なるほど。
この曲では、「君が幸せならそれでいい……と思うけど、やっぱりこんな状況じゃだめだ」という、悩みながらも前進しようとする気持ちを歌っていて。特にサビのフックになっている「だなんて まだ言えない」という部分は、ネガティブな思いでいっぱいなんだけど、その中にはどこかで前を向いている気持ちもあって、でもやっぱりまた元に戻ってしまうというような。
──でもそのループする状態は、根本的には前向きであろうとしているからこそですよね。
そうですね。すれ違いながらも、そこに愛があるからループを繰り返しているという歯がゆさを描きたくて。それは「いびつな愛のままに」という歌詞にも表れています。
──そのフレーズが登場する2番のメロ部分は、感情が加速していくような切迫感と勢いのあるバースがとても印象的でした。
あの部分は、ループを重ねたもどかしさにこらえきれなくなった気持ちを表現したくてラップっぽい歌い方にしました。だからラップパートではあるんですけど、バースは音やリズムとの相性よりも意味を優先していて、感情が上昇していくのが伝わるような言葉選びをしています。
──こうやってお話を聞いていると、「言えない」はいわゆる純粋なラブソングではないというか、もっと普遍的なニュアンスも内包されているように感じました。コロナ禍の中で、誰かに伝えられない思いを抱えて感情をループさせている人もいるかもしれないですね。
確かにコロナ禍でさまざまなことが制限されていて、みんなストレスが溜まっているだろうし、大事な人とすれ違うこともあるかもしれないですよね。結果的に今の時代のムードと重なる曲になったのかな。
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ESME MORIとの妥協のない共同作業