ロックの在り方、ロックの未来
──「BEST BOUT」が行われたのは6月9日=ロックの日です。コロナ禍でライブが思うようにできず、オーディエンスのロック離れが進み、ロック自体も勢いを失ったと指摘する声があります。お二人はロックの未来をどう考えていますか?
SUGIZO 僕は今の音楽は素晴らしいと思っているんですよね。ジャンルで言うとロックだけの話ではなく、特に新しい世代からどんどんすごい人たちが出てきています。僕の場合はジャズにも足を突っ込んでいるんですが、ジャズシーンもダンスシーンも含めて、アティテュードがロックな人たちってみんな同種族だと思うんです。例えば、マイルス(・デイヴィス)やジャコ(・パストリアス)は僕にとって意識はロックです。リチャード・D・ジェイムス(エイフェックス・ツイン)もしかりです。そういう視点で話をさせてもらうと、若いミュージシャン、若いプレイヤーで、すごいやつらがゴロゴロ出てきてますから、僕は次の時代のロックシーンが素晴らしいものになると思っています。今は90年代のように、知名度があったらすぐにミリオンいっちゃうとか、アリーナやスタジアムをバンバンやってるとか、そういう時代ではなくなってきていますよね。でもそれが残念なのかと言うと、僕はそうは思わないんですよ。むしろ本気でロックをやってる人たちが、普通にアリーナやスタジアムでできたような時代のほうが、何かが変だったと思うんです。そして今でも本当に一握りの“本物”はそのポジションにいますから。音楽を真剣にやっている人の多くは富豪を目指してやってるわけじゃないですから、金持ちになりたかったらたぶん違うことをやるでしょう。やっぱり発信せざるを得ない、表現せざるを得ない、越えなきゃいけないものがあるからやっている。なので、本能でやるしかないんです。それがロックなんですよね。
──ええ。
SUGIZO そして今は超人的なプレイヤーとか表現者が出てきている。そう意味で言うと、僕はいい時代になってきたなと思います。世界はパンデミックで大変な思いをしてきましたよね。過去形にはまだできないけど、僕らロックミュージシャンも例外なく苦しい思いをしてきました。で、何が起こったかと言うと、本当に表現するべき人、本当に残るべき人、そして申し訳ないけど淘汰される人がふるいにかけられたように思います。なので、パイは減ったかもしれないけど、本物が残っていると思うんです。僕は表現として今がいい時代だと思っています。ビジネスとしてはまた次の段階ですよ。統計で言うと、ロックがJ-POPやK-POPに敵わないのは当然のことですが、同じ勝負をしようとしてないですから。パンクやロックのアティテュードを持ったアーティストが、J-POPやアイドルと同じ土俵で同じ収益を得ようとはそもそも思ってやってないでしょう? でもロックの未来を考えると、今はすごく新しい波が来ている、いい時代だと僕は勝手に思っています。
──INORANさんはいかがですか?
INORAN SUGIちゃんと角度が逆になるかもしれないけど、ロックだけじゃなくて、音楽全体において世の中を引っ張る人がいないなとは思う。例えばオリンピックやサッカーの試合、ほかのエンタテインメントを観ててもそうだけど、数万人、十万人単位の人がひとつの場所に集まって、巨大なエネルギーを感じるんですよ。ロックもそういうメインストリームにあったはずなのに、そうでなくなっちゃったことに対しては、「なんか悔しいよね」って思いがずーっとあるんですよね。ロックというジャンルでは、そういう人が世界的にも少なくなった。でも、邦楽も洋楽も関係なく、やっぱりそこに行ける人がいてほしい。それは自分たちでもいいんだけど。「なんか悔しいな」っていつも思ったりしながら、ほかのジャンルを眺めています。スパークする一発の力はロックンロールが一番だと、今でも僕は信じてるんだよね。前にワールドカップを観に行ったときに、開会式で飛行機が飛んで、「すごいな」と思うと同時に、「悔しいな」って。「ロックンロールってこれよりすごいんじゃないの?」とずっと思ってるし、何年か前に、「FUJI ROCK FESTIVAL」でFoo Fightersを観たときにはロックの力を再確認した。ああいう大舞台に行く責任のあるロックンローラーもいっぱいいると思う。
SUGIZO 要はマスですよね。「マスに行きたい」っていう願望がないと言えば嘘になるけど、その話は一理ありますね。
INORAN The Beatlesのドキュメンタリーを観ていると、彼らが望んだのかどうかはわからないけど、やっぱりマスに行くからこそ強く思うことってあると思うんですよね。The Beatlesが解散したあとだって、メンバーは“何か”をしたいから、音楽を絡めて、その“何か”をやってきたわけで。「世の中を変えたい」と思うんだったら、上に行くのかがいいのか、売れるのがいいのか、どれが正解かはわからないけどね。
──少なくともお二人はLUNA SEAを始めたとき、トップというか、オンリーワンの存在になって輝くという野望があったわけですよね? 今のロックミュージシャンたちにそういうものがまったくないわけじゃないとは思いますが。
INORAN もちろん。僕が欲張りなことを言ってるだけで。ただ、「ロックってもっと一体になれるものなのに」と思ってしまうんですよね。
──難しいですよね。マスに受けて影響力を持つということと、いいプレイをし続けることは必ずしも両立できなかったりもしますし。
SUGIZO 表現やアートと、ビジネス / マスというのは、常に対峙しているもので両方とも高いレベルにあるなら最高ですよね。もちろんそれは目指していきたいです。僕個人で言えば、少なくとも20歳の頃は上に行くことが目標でした。でも今の目標はそうじゃないんです。それよりも表現をしたい。表現の精度を高めたい、表現を続けたい。それが目標なので、そのためには大きくなったほうがやりやすいんですよ。だから個人的に、20歳の自分と50代の自分とは、アティテュードがちょっと違います。それが悪いことだとも全然思ってないし。
──ええ。
SUGIZO 大きくなったほうが影響力を持てるし、自分の意思が伝わりやすくなる。表現するためのお金を気にしなくて済む。作りたいけどお金がない、っていうのが多くの人が抱えるジレンマなので。お金の心配はしたくないですからね。ありがたいことにそれほどシビアにお金の心配しなくてもできる状況が何十年も続いているので。けれど、可能なら本当に作りたいものに莫大なお金をかけたいですよね。ほかの国に長く滞在してすごいプロデューサーと仕事したりとか。やっぱりそれは資金がないとできないわけで。そういう意味では必要ですよね。エネルギーとしてのお金がね。
──お二人を見てると、やりたいことをやりながらビジネス的にもきちんと成功している本当に稀有な例だと思いますが。
SUGIZO 僕的にはギリギリでやってますよ。
INORAN さっきSUGIちゃんが言った“エネルギーとしてのお金”っていう言葉はすごく頭に残るな。やっぱり音楽のフィールドで、あらゆるエネルギーを絶やさずに最後まで行きたいなって思う。それに対して、「何をするか?」ってことは考えないといけないけれど。さっきのマスの話のような、自分がどうのこうのっていう将来的なビジョンのその前に、やっぱり音楽へのエネルギーを絶やさず、行けるところまで行きたい。行けるところまででいいと思うんだ。逆に、「行きたくない」と思った瞬間にたぶん音楽が嫌いになってるんだと思うし。
出会って35年、今の2人の関係性
──普段お二人はこういう話をするんですか?
SUGIZO 普段はそんなしないんだよね。あんまりプライベートでこういう話をそんなにしたくないもんね。プライベートで会って真面目すぎるのも……。付き合いは35年とかですから。35年前、INORANは16歳で俺17歳だもん。高校1年と2年。
INORAN そうだね、あの頃だね。俺の細胞の一部はSUGIちゃんでできてると言っても過言ではない(笑)。距離感は20代の忙しいときよりも全然いいよね。
SUGIZO メンバーみんな、距離感が家族みたいなんですよね。自分の兄弟とさ、毎日べったり一緒にいて真面目な話するわけじゃないじゃないですか。でも事あるごとに兄弟や家族と会う。またや自分の家族でも、考え方とか生き方がまったく同じっていうわけでもない。その感覚ですよね。どうなっても家族であるってことに変わらないから。そうなってくると家族って、若い頃よりもすごく大事ですよ。そういう関係ですね。
INORAN あ、そうだ。僕、1つメンバーにやめてほしいことがあるんですよ。メンバーみんなでメールとか連絡を取り合うと、SUGIちゃんとJは敬語なの(笑)。「お疲れ様です。○○○よろしくお願いします」みたいな。なんでなんだろう? 俺と真ちゃん(真矢)がタメ語で、RYU(RYUICHI)は敬語とタメ語が半々。あの敬語、ヤダな思って(笑)。
SUGIZO 敬語はね、俺は誰にでも敬語なんですよ。礼儀正しいんで。
INORAN まあ、確かにそうだね。
──35年前と比べてお互い変わった点を挙げるとすると?
INORAN SUGIちゃんは変わってないよ。スピード感というか、BPMは一緒。たぶん、そこはずーっと変わらない気がします。
──SUGIZOさんから見てINORANさんは?
SUGIZO そりゃ変わったことのほうが多いですよね。だって35年前は子供だもん。9割変わったんじゃないかな。特にINORANは。
──その1割の変わってないところは?
SUGIZO 35年経っても音楽中毒なところ。やっぱりINORANは、35年前も今も、ちゃんと世界的な状況を見ながら音楽を感じ、聴いてるイメージがある。今、時代がどうなってるかを察知してる。わかりやすく言うと、昔もヒットチャートやトップ40が好きだったりしたでしょ? そういうところで、音楽をちゃんと時代の写し鏡として見てるところが昔と今と変わらない。これはいい意味でね。そう考えたら俺は逆なんだよね。時代関係なくて、ハマったものにドーンとハマってしまう節があるんで。INORANが「トップ40のこれがいいよ!」って言うときに、俺はただただ(フランク・)ザッパにハマっていたり(笑)。なので、そういうところがINORANは昔も今も変わっていなくて。そして、音楽をやっていることが天職なんだなって感じる人です。今、INORANが作る音を聴いてもそう感じます。要は俺が思うINORANのコアな部分は変わっていなくて、それ以外の、例えば対外的なコミュニケーション能力とか、自分の表現していく強さとかは、もちろん10代の頃とは雲泥の差がありますよね。
──3回目の「BEST BOUT」を経て、そして35年の付き合いで、お互いがどんな存在なのかを最後に聞かせてください。
INORAN お互いの音楽の世界は出会ったときに比べて大きく広がったと思うし、深くなったと思う。だけど、共通項がある部分については、やっぱり写し鏡として捉えておきたい。そして、鏡として捉えるってことは、写るものを意識すると同時に、写るものはできるだけ美しくありたいし、あってほしい。そういうふうに俺は捉えてますね。
──SUGIZOさんにとってINORANさんはどんな存在ですか?
SUGIZO 先ほど言ったことと重複するんですけど、もうかけがえのない家族で、生涯一緒に音を出したい人です。すごく幸運なことだと思うよね、35年間こうやって一緒にいて。10代の頃から死ぬほど好きで始めたことが、50代になってもこれで突っ走っていられる。いつも言ってるけど、まずはすべてに対して感謝の気持ちから今は自分が動いているので、INORANに対しても気持ちは同じです。存在してくれて、まずは感謝ですね。これからソロとしてもLUNA SEAとしても、何十年も一緒にやっていたい仲間です。
──INORANさんから「メールの敬語をやめてよ」とありましたけど、SUGIZOさんからリクエストしたいことはありますか?
SUGIZO 早くメシ食いに行きましょう。本当にいろいろとわけあって、ご馳走させてもらいたいんだけど、ご馳走させてくれないんです。お願いだからご馳走させてください。
INORAN うん。近々、行きましょう。……って、最後はこっちも敬語になりましたね(笑)。
プロフィール
INORAN(イノラン)
1970年生まれ、神奈川県出身。ロックバンドLUNA SEAのギタリスト、コンポーザーとして、1992年にメジャーデビュー。1997年にソロアルバム「想」でソロ活動を開始。2000年のLUNA SEA終幕以降、本格的にソロ活動をスタートさせ、2002年にはロックユニット・FAKE?を、2005年にはRYUICHI(河村隆一)らとロックバンド・Tourbillonを結成。2010年のLUNA SEA再始動後も、2012年に結成したMuddy Apesなど、活動の幅を広げる一方、ソロ名義でもアルバムのリリースを重ね、ライブツアーで各地を回るなど精力的な活動を展開。コロナ禍の影響でライブの中止・延期を余儀なくされるも、2020年9月に「Libertine Dreams」、2021年2月にBetween The World And Me、そして10月に「ANY DAY NOW」とソロアルバム3作品を続けてリリースした。2022年3月には2021 年9月に開催したソロでの有観客ライブの模様を収録した映像作品「INORAN -TOKYO 5 NIGHTS- BACK TO THE ROCK'N ROLL」を発表。
SUGIZO(スギゾー)
1969年生まれ、神奈川県出身。1992年にロックバンドLUNA SEAのコンポーザー、ギタリスト、バイオリニストとしてデビューし、1997年にシングル「LUCIFER」でソロ活動を開始した。2009年にX JAPANに加入。2022年2月にモジュラーシンセサイザー奏者HATAKENと初となるデュオアルバム「The Voyage to The Higher Self」を発表した。近年ではソロ活動のほか、サイケデリックジャムバンド・SHAGが約12年ぶりに再始動。さらに2022年、環境への配慮、カーボンニュートラルへの揺るぎなき行動と同時に、高い美意識とを両立させた、ロックなエシカル・ファッションを提唱する自身のアパレル・ブランド「THE ONENESS」を始動。音楽と平行しながら平和活動、人権・難民支援活動、再生可能エネルギー・環境活動、被災地ボランティア活動を積極的に展開。アクティビストとして知られており、演奏機材などの電源には再生可能な水素エネルギーを使用することも多い。