ナタリー PowerPush - いきものがかり
作家2人とシンガー1人が作り出す純粋国産ポップミュージック
「いきものがかり」というシステムがいい方向に働いた
——吉岡さんは男性の書いた詞を歌ってるわけですが、そこに違和感はないですか?
吉岡 ないですね。小さい頃からただ歌が好きで、自分が曲を作りたいっていう発想自体がなくて。最初から2人が作る曲を当たり前に歌ってたんですよね。
——じゃあ歌で自分の気持ちを伝えたいという欲求もない?
吉岡 うーん、自分で「あたしも曲を作ってみたい」って思ったときに、最初に出てくるのはやっぱりたぶんどろどろしたものだと思うんです。ちょっと暗いっていうか、自分のダメなところというか。内面をヘドロみたいに吐き出すような。
——生々しくなってしまう?
吉岡 うん、でもいきものがかりが3人でできることはもっと違うところにある気がして。やっぱり男子2人が客観的に曲を書いてくることで、あたしも自分の悩んでいることとか足りない部分からちょっとだけ離れて歌えるのが心地よかったりもするんです。もちろん内面を吐き出したい気持ちもあるんだけど、今はそうじゃなくて、曲の世界観だったり、曲の主人公の気持ちだったりを大事にしたくて。今やっていることが届いてるっていう感覚もあるから、そこを信じたいんですよね。
——なるほど。グループの中に職業作家的に曲を書く人がいて女性ボーカルがそれを歌うという構図は、例えばピチカート・ファイヴあたりと近いものがありますよね。そういうシステムのおかげで、いきものがかりは子供からお年寄りまで、男女問わず広く聴かれるグループになったんじゃないかと思うんですが。
山下 そのシステムがいい方向に働いたんだと思います。こういう形態のバンドってあまりいないし。それはぼくらも結成してから気がついたんですけど(笑)。
水野 最初からそうだったんで、それが普通じゃないってことに気づいてなかったんです。でもこれはいいシステムでしたね。
——曲の主人公が決して自分ではないという点は面白いですよね。
水野 ぼくはこのグループでは作家然とあろうと思ってるんです。もちろん個人として表現したいこともあるし、自我もあるし。このグループではぼくが歌うわけじゃないから、それができないっていうジレンマも最初の頃はあって。でもあるときに、聴く人の立場になって曲を作るとそれ自体が目的になるっていうのがわかって、すごく楽になったんです。自分ってやっぱり限られた存在じゃないですか。でもそこを離れて曲が作れるっていうのがすごく強いし、面白いなって。聴く人のことを考えて作ると、何通りもの物語が作れるんです。女子高生にもなれるし、おばちゃんにもなれるし。
山下 うん、そういう舞台設定を考えるのが面白い。
水野 恐れ多い話なんですけど、阿久悠さんの本を読んでたら「ぼくは時代を食って歌詞を書いてた」って書いてあって。男性の歌詞も女性の歌詞も、時代を見ればそこに題材があったって。それを読んで自分もすごく嬉しくなっちゃって。ぼくもそのやり方ならいくらでも書けるんじゃないかって、わくわくしちゃって。阿久悠さん憧れの人なんで。
——阿久悠さんのどういうところに憧れます?
水野 やっぱりあんなに自由に歌詞が書けるってすごいですよね。松本隆さんとかもそうだけど。子供の頃は誰が誰だかわからないままなにげなく聴いてたけど、今デビューしてから聞いてみるとやっぱりすごいんですよね。
いい化学変化しか起きないですね
——吉岡さんは2人が書いた詞を読んで「これは私には歌えない」ということはないんでしょうか?
吉岡 いや、ありましたよ(笑)。最近は慣れてきたというか、なんでも来いって感じですけど、以前はやっぱり。
——例えば?
吉岡 「コイスルオトメ」っていう曲があるんですけど、その歌詞の中に「運命の人よ」 「白馬の王子様よ」っていう節があって、あたしはそれを見たときに「歌えない!」って思ったんです。こんなこと言わないし、実際歌ったら恥ずかしいし。それで、なるべくクールに、あたしの気持ちからちょっと距離を置いたところで歌ってみたんですね。そうしたら聴いてくれた人たちが「なんであたしの気持ちわかるの?」っていうリアクションをくれて。それにあたしはすごくびっくりして。「だってあなたも『運命の人よ』なんて言わないでしょ?」って思いつつ。
——普通は言えないですよね。
吉岡 日常的には使わない言葉なんですけど、実はそれが胸を打つことがあるんだなって。それを恥ずかしげもなく大声で歌うことで、逆に響くんだって気づいたんです。だから自分では絶対言わないロマンティックすぎる言葉でも、まず歌ってみようと思って。最近では乙女すぎる言葉にも慣れて、逆に気持ちよくなってきてるんですけど(笑)。だからどんな曲でも、気持ちを込めすぎないでクールに、そして本気で歌えばかっこよくなるんじゃないかと思うんですよね。
——曲を作ってきた2人から「こういう気持ちを込めて」みたいなアドバイスをもらうことはないんですか?
吉岡 2人はあたしに何も言わないし、2人が書いてくるものに関してもあたしは何も聞かないんです。2人は書いてきて「よろしく」って言うだけで、曲について解説も説明もしない。それは昔からそうなんですよね。
——それ面白いですね。作り手として「こういう風に歌ってほしい」っていう注文はないんですか?
山下 こいつが歌うんならなんでもいけるだろうって気持ちで書いてるので。歌の主人公の性別も年齢も、どんなに振り幅が広くてもまかせられる。
水野 すごくフラットな声なんですよね。もしもっとクセのある、特徴ある声だったら、その声に寄った曲が必要だと思うんですけど、吉岡はいい意味でフラットに、まっすぐに歌うんで、どういうキャラクターに染まっても届くというか。だからぼくら2人も自由に書けるし、真っ白いキャンバスみたいなもんで、どんな色でも投げられる。これもデビューしてから気づいたんですけど(笑)。言われてみれば、よく考えたらそういうことだなって。
——なるほど。でもいろんなタイプの曲を解釈して歌わなきゃならない吉岡さんはたいへんですよね。
吉岡 うーん、たいへんな場合はたいへんだし悩んだりすることもあるんですけど、でも現実として今自分が持っているものでしか歌えないですからね。だから自分の持ってる声を信じるしかなくて。今までもそうだったし、あたしが歌えば大丈夫だって、自分では信じてますね。どんな曲でも。不思議な関係で、作ったものに関して「ここをこうして」って言わないってことはすごいと思うんですよ。あたしの歌に思うところはあると思うんですけど絶対言わない。最初からそうだったっていうのも今考えると謎なんですけどね。
——謎ですよね。
水野 たぶん始めた頃は無責任だったんじゃないですかね(笑)。今は意識的に言ってないですけど。いろんな偶然が重なってできたシステムではあるんですよ。最初からプロデューサー視点とかそういうことを考えて物事を進めていったわけじゃないですから。でも最近は意識的に言わなくなりましたね。そのほうがいいものができるってわかったから。
山下 基本的にいい化学変化しか起きないですね。
CD収録曲
- プラネタリウム
- 気まぐれロマンティック
- ブルーバード
- スパイス・マジック
- かげぼうし
- 帰りたくなったよ
- message
- Happy Smile Again
- くちづけ
- 僕はここにいる
- プギウギ
- 幻
- 心の花を咲かせよう
- 帰りたくなったよ -acoustic version-
いきものがかり
1999年結成。当初は地元・神奈川での路上ライブを中心に活動し、2003年にインディーズで初CDをリリース。2006年に発売したメジャー1stシングル「SAKURA」がスマッシュヒットを記録し全国区の人気を獲得する。2007年3月には1stフルアルバム「桜咲く街物語」を発表。切なくてあたたかい等身大のポップチューンがティーンエイジャーを中心に強い支持を集めている。バンド名は、メンバーの水野と山下が小学1年生のときに「生き物係」だったことから。