音楽ナタリー Power Push - いい音で音楽を

special interview小西康陽 わたくしの“いい音”体験

アーティストが考える“いい音”とはなんなのか。制作者として、プレイヤーとして、そして1人の音楽ファンとして、アーティストたちが“いい音”をどのようにとらえているのかは実に興味深い。

小西康陽はアナログレコードからCDへの移り変わりをピチカート・ファイヴで体験し、CDが主流になったあとも自身の作品をアナログレコードでリリースし続けている。また日本有数のレコード収集家としても知られる小西にとっての“いい音”とは。インタビューでは彼の音楽遍歴とそれぞれの時代にまつわる“いい音”のエピソードを語ってもらうと共に、厳選された“いい音”のレコード10枚を紹介してもらった。

取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 西槇太一

YAMAHA NS-10Mの「シャキーン」の衝撃

──いきなり大づかみな質問ですけど、小西さんにとっての「いい音」ってなんですか?

僕の場合、「いい音」に対する考え方は、年齢によって変わっていますね。昔のことを思い出すと、まだ音楽を作っていなかった頃……僕はずっと大滝詠一さんのファンだったんですけど、「A LONG VACATION」(1981年3月)というアルバムを聴いたときに「いい音だな」と思ったのは覚えています。

──それまでの大滝さんの作品とは違っていた?

小西康陽

うん。福生のスタジオで作られたそれまでの作品は、いわゆるハイファイとは違うものだったと思うんですけど、ソニーから出た「A LONG VACATION」は、キラキラしていて、奥行きがあって、すべての楽器がカラフルに見えるというか。それが「いい音」を感じた初めての体験だと思います。次は、初めてピチカート・ファイヴでレコーディングしたとき。

──「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」(1985年8月発売のシングル)の。

細野晴臣さんが当時持っていらしたLDKスタジオというところで録音したんですけど、そこで僕は、音楽を作っている人なら誰でも知っているYAMAHAのNS-10Mというモニタースピーカーの音を聴いて「わっ、なんていい音なんだ」と思ったんですよ。あのね、なんと言えばいいんだろう……シャキーンとしてる。

──シャキーン?

そう。シャキーンの「キーン」の部分が長い(笑)。そのシャープな音に驚いたんですね。ピチカート・ファイヴの作品はそれまでずっと僕の部屋で作っていたので、僕の部屋にあったステレオのスピーカーでしか聴いたことがなかったんです。それが細野さんのスタジオで10Mを通して聴いたときに、すごくいい音に聞こえたんですよ。

──その「シャキーン」の響きが未だに残っているほどに衝撃的だったと。

そうなんですよ。それが僕の「いい音」体験の2つ目ですね。

一番きれいな音は、やっぱり人の声

──では3つ目の「いい音」体験は?

札幌に休暇で帰ったときに、友達が連れていってくれたクラブがあって……ちょっと名前が思い出せないけど、世界的にも有名なハウスのクラブがあるんです。四つ打ちのキックがお腹や足に響いてくるのはもちろんだけど、一番感動したのは……きっと僕はそのとき、驚いて口が半開きになっていたと思うんですけど、唇がブルン、ブルン、ブルン、ブルンと震えるんですよ(笑)。「これがクラブミュージックの音なのか」と衝撃を受けました。

──それは1990年代の出来事ですか?

うん。おそらく1992年くらいじゃないかな。ハウスが一番シャープな音楽だった頃。

──ピチカートも「SWEET PIZZICATO FIVE」(1992年9月発売)でハウスに接近していましたよね。

そうそう、その時代ですね。東京にもいくつかハウスをかけるクラブはあったんだけど、その札幌でのボディソニック体験は忘れられない(笑)。その次の体験はずっと進んで……21世紀に入ると、僕は病気をしてしまったんです。2006年に大きな病気にかかって、それでお酒を止めてしまった。それからは家で1人で音楽を聴くようになって、また「いい音」の感覚が変わりました。昔の大人の人が言う「いい音」が好きになったのかもしれないですね。シャキーンやカキーンとは違う、具体的に言うと、中域から低域までがなだらかなカーブを描くような音楽。

──その時期に小西さんがラジオで紹介されていた音楽は、その後のPIZZICATO ONE(小西によるソロプロジェクト)にもつながるような、静かで穏やかな、ボーカルの立った楽曲が多かったですね。

一番きれいな音は、やっぱり人の声なんだなって。そんなふうに思うようになってきました。


2016年12月21日更新