音楽ナタリー Power Push - いい音で音楽を

special interview小西康陽 わたくしの“いい音”体験

「5×5」をカッティングした男

──小西さん自身の作品で「いい音」の観点からベストを挙げるとしたらどの作品ですか?

なるほど。なんだろうなあ。

──ピチカートの「ロマンティーク96」(1995年9月発売のアルバム)は、それぞれの音がはっきり際立っていて、すごくいい音だなと思ったことを覚えています。それまでのポップスにはなかった重厚なストリングスが強烈な印象で。

ああ、「ロマンティーク96」は確かに、僕の中でも「いい音」を求めていた時代かもしれない。その少し前に、ピチカート・ファイヴのアメリカ盤が出たんですよ。「5×5」(1994年、Matador Recordsより発売)という12inchシングルを、もらってそのままクラブに行って、そのまま封を切ってすぐDJでかけたんです。ターンテーブルに乗せて、ヘッドフォンで頭出しをしていたら、あまりにも音がよくてびっくりした。これ、忘れていたけど、衝撃の「いい音」でしたね。今でもあの12inchほど音がいいレコードはないと思ってる。それですぐに、そのレコードをカッティングした男の名前を教えてもらって。聞けばCDのマスタリングもやっていると言うから、「ロマンティーク96」はその男にマスタリングをしてもらうために、わざわざニューヨークまで行ったんですよ。

──へえ。

でね……ふふふ(笑)。いい音なんだけど、よくわかんないっていうか。そいつはすごくブッ飛んだ奴で、いい音には仕上がったんだけど、日本に戻って製品盤を聴いたら、「5×5」ほどの衝撃はなかった。そのことをマタドールのスタッフに正直に話したら、すごいことを教えてくれて。

──なんですか?

あいつはコカイン中毒なんだ。だからあいつの音はFar Out、ブッ飛んでるんだけど……最近コカインをやめたんだ、って。

──あはははは(笑)。

ホントかよと思ったんだけど(笑)。でも確かに「ロマンティーク96」は、いい音を求めて作ったアルバムですね。僕が海外でのマスタリングをやったのはあのときだけで、思ったのは、結局はなじみのある場所で仲間たちと作ったほうがいいのかもなって。僕の中でピチカート・ファイヴの「いい音」と言えば、「5×5」のアナログに入っていた「Twiggy Twiggy」と、「ハッピー・サッド」(1994年4月発売のシングル)ですね。「ハッピー・サッド」のミックスダウンをやったときは、自分にとって理想の「いい音」ができたと思った。あと「ロマンティーク96」に入っている「悲しい歌」は、いろんな人からいい音だって言われましたね。自分ではそこまで特別にいいとは思っていなかったんだけど、コロムビア(当時の所属レコード会社)のディレクターたちから「これ、めっちゃ音よくないですか」って言われるものだから、自分でもそうなのかなって思うようになりました。

ダンスする音楽か、1人で聴くための音楽か

──ではピチカート以降、2000年代からの作品だとどれですか?

小西康陽

やっぱりPIZZICATO ONEの2枚は、特別いい音になっていると思いますね。今僕にできる一番いい音なんじゃないかなって。

──2008年のcolumbia*readymadeレーベルコンピ「うたとギター。ピアノ。ことば。」(参照:小西康陽監修のレーベルコンピ登場&和モノ大量復刻)は、のちのPIZZICATO ONEにつながるサウンド傾向にシフトしていましたね。

うん、そうですね。

──クラブで人を踊らせるハッピーなダンスミュージックだとビートが前に出ていますが、この頃から、歌を前に出した装飾の少ない音楽に変わりました。それまでは、タンバリンの音色が小西サウンドの密かな特徴だと思っていたのですが、タンバリンがなくなったのはなぜでしょうか。

やっぱり1人で聴く音楽だからですね。タンバリンを鳴らす音楽はつまり、不特定多数の人と聴く音楽で。ミュージックビジネスが始まって以来、これまで作られてきたレコードは、ダンスする音楽か、1人で聴くための音楽、大きく2つに分けられるなと思うんですよ。今もダンスのための音楽を否定するわけではないけれど、今自分が聴いたり作ったりしたいのは1人で聴くための音楽だから、ということですかね。それにはまず、タンバリンを捨てること。

──なるほど(笑)。ちなみにPIZZICATO ONEの2ndアルバム「わたくしの二十世紀」はアナログ化の際、LP1枚ではなく、LPと7inchのセパレートでリリースされましたよね。あれは音質を考えてのことですか?

まあそうです。LP1枚に入りきらなかったので。実は「わたくしの二十世紀」は、作っている最中からアナログのことを考えていたので、「ここまで入れると何分になるな」と常に考えていたんです。でもある時点で、LP1枚に入る長さをオーバーしてしまった。と言って、片面3曲ずつぐらいの2枚組で、持った感じレーザーディスクみたいなLPは好きじゃないから(笑)。じゃあどうしようかと思ったときに、「あ、入りきらないものは7inchで出せばいいのか」と気が付いて。

──曲順通りに収めて後ろの2曲をアナログに、というわけではなく、曲順も少し入れ替えて、「戦争は終わった feat. YOU」「かなしいうわさ feat. UA」の2曲を7inchに選んだのは、この2曲が7inchで聴きたい音楽だったから?

そうですね、うん。

──では最後に。小西さんが最近気になっているアーティストを教えてもらえますか? 音質面で気になったアーティスト、「いい音」だなと思った作品なども。

昨日、カクバリズムの古川麦さんの7inchを買いました。あれはいいレコードだったなあ。すごく才能のある人だと思います。それと、これはきっと音楽ナタリーで取り上げられることもないだろうと思うけど、今僕が最高だと思っているのは、少林兄弟というバンドです。最高だけど最低なロックバンド(笑)。ノエル&ギャラガー(小西の“親友”DJギャラガーとDJノエルによるB2B DJユニット)がDJでやっていることをバンドでやっているような、簡単に言うとそんなバンドです。


2016年12月21日更新