idom「EDEN」インタビュー|コロナ禍の喪失を経て音楽の道へ、異色の経歴持つ新人が“楽園”に込めたメッセージ

idomが2nd EP「EDEN」を4月12日にリリースした。

idomは岡山県在住の25歳。大学時代にデザインを専攻し、2020年4月よりイタリアのデザイン事務所に就職する予定であったが、コロナ禍の影響で渡伊を断念したことをきっかけに音楽制作をスタートさせたという。そして昨年7月、デビュー前ながらフジテレビ系月9ドラマ「競争の番人」の主題歌を担当し、同年9月にEP「GLOW」でメジャーデビューを果たした。

このたびリリースされる2nd EP「EDEN」は、チルなサウンドやR&Bのグルーヴにメロウな世界観を乗せた、idomらしさがちりばめられた作品。音楽ナタリー初登場となる今回のインタビューでは、idomに楽曲制作に懸ける思いや音楽活動に対するスタンスを語ってもらいつつ、「EDEN」の聴きどころを紐解いていく。

取材・文 / 天野史彬撮影 / 曽我美芽

思っていないことは歌詞に乗せられない

──idomさんは2020年に、コロナ禍の影響で就職予定だったイタリアのデザイン事務所への就職を断念したことをきっかけに、音楽制作を始められたそうですね。曲作りを始めた当初と今とで、音楽制作に対しての向き合い方に変化はありましたか?

音楽を始めた頃は本当に手探りで、何もわからない状態だったんです。ただ「新しいことを始めてみよう」という感じだったので。でも、それはそれで楽しかったんです。何も知らなかったからこそ、「こうしたら、こういう音が出るんだ」とか、そういうことを自分の感覚とか、耳で遊ぶのが楽しくて。最初はそうやって音楽に対しての根本的な好奇心で向き合っていた感覚が強かったんですけど、今は、いろんなプロデューサーの方と曲を作っていく中で、音像に対しての向き合い方もより細かくなったし、「いい音楽ってどういうふうに作ればいいんだろう?」ということに対しての探求心が出てきた。そこは変化した部分なのかなと思いますね。

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──音楽を作るという行為は、同時に自分に向き合うことにもなるのかなと思いますが、音楽作りを通じて発見したご自身の新しい一面はありますか?

自分が感じたことのない感情や、体験したことがないことを書くのが得意じゃないんだということは、思いましたね。本当に自分の気持ちが乗ったものじゃないと作品として発表できない。自分が作りたいものは、自分自身の個人的な内面を反映しつつ、そこに聴いた人の思いがリンクして、僕の世界の中に入ってくることができるものなのだろうなと。

──ご自分の外側にある物語で1曲を作り上げることなどは、得意ではない?

そうですね。以前、ありがたいことにドラマ主題歌をやらせていただいたんですけど……。

──1st EPの表題曲「GLOW」ですね。ドラマ「競争の番人」主題歌に採用されました。

あの曲はドラマの脚本や原作を見ながら書いたんです。なので、出発点は僕自身とは違うものだったんですけど、作っていくうちにどんどんと僕に寄っていって……最初はドラマの主人公のことを書いていたはずが、だんだんと自分に対しての応援歌になっていった(笑)。結局、自分が思っていないことは歌詞に乗せることができないタイプなんだろうなと思います。

──普段聴く音楽も、作り手のパーソナルな部分が感じられるものが多いですか?

そういうものが好きです。聴きながら自分と重ね合わせることもありますし、映画を観るような感覚で、音からその人のストーリーを体験するように音楽を聴くことも多いです。例えば、僕は学生の頃からフランク・オーシャンが好きなんですけど、フランク・オーシャンの音楽の叙情的な世界観って、まるで映像を観ているような感覚になるんですよね。そういう音楽に感情を揺さぶられる経験を学生の頃からしてきたので、自分の音楽作りに影響を与えている部分は大きいと思います。

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建築と音楽に通ずるもの

──過去のインタビューを読ませていただいたんですが、建築や空間芸術がお好きだとおっしゃっていましたよね。どういったところに惹かれるのでしょうか?

よく好きな建築家の作品を見たり、古くからある建物に実際に入ってみたりするんですけど、建物の歴史を学ぶことが好きなんですよね。例えば、その場所の気候や環境とリンクしたうえで設計された建物があるんです。陽が昇って沈むまでの間に窓から入ってくる影によって、そのときの時間がわかるようになっている建物とか。「陰翳礼讃」(谷崎潤一郎の随筆の題名)という言葉もあって、「海外は光を生かして、日本は影を生かす」と言われているんですけど、そういう建築の発想に惹かれる部分は大きいです。大地や太陽、環境と体をリンクさせることに近いと思うんですよね。僕も、自分の内面をなるべく自然に出して歌詞を書きたいと思っているので、環境とリンクすることが考えられた空間芸術や建築には、自分が作りたい音楽と通ずるものを感じていて。なので、建築をよく見に行ったりするんです。

──昔から、建築などをよく見に行かれたりしていたんですか?

そうですね。もともと美術館がすごく好きで、「この建物は誰が建てたんだろう?」とか、いろいろ調べることが多かったんです。「いつも見ている空が、この建物の中から見ると違う空に見える!」みたいな、見慣れたはずの景色の新しい表情が見えるのが面白いなと。

──現在、idomさんは岡山県を拠点に活動されているそうですが、これも、今お話しいただいたことと関係ありますか?

今、友達や建築が好きな子たちと一緒に、古民家を改築して作った岡山の家で暮らしています。自分たちで作った場所だから愛着があるというのもあるし、僕の家の周りはド田舎で本当に何もないんですけど(笑)、だからこそ、雨の音や虫の声がきれいに聞こえたり、季節を鮮明に感じたりすることができる。そういう自然の中で制作している感覚が、自分の精神状態にとっても、作品にとっても、いい影響を及ぼしていると感じるんですよね。

──どういった経緯で、古民家を改築することになったんですか?

学生の頃にボロボロの家を見つけて。その古民家を所有しているNPOの方と話をして、建築の勉強の一環として、「この家を改築して、人が住める状態にしてみたらいいんじゃないか」ということになったんです。

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「これが新しいメジャーなんだ」という見せ方をしたい

──idomさんは去年メジャーデビューされましたが、今後の目標や野心などはありますか?

そうですね……僕はあまり「自分の表現は音楽じゃなきゃダメ」とは思っていなくて、音楽はあくまでもツールの1つという感覚なんです。今のメインは音楽ですけど、それでも、映像や写真と組み合わせたうえで作品を出させていただいているし、この先、伝えたい作品は音楽に限定しなくてもいいのかなと思っています。もしかしたら、それが服になるのかもしれないし、映像になるかもしれないし、いろんな可能性があると思うんですけど、僕の世界観をより色濃く伝えることができるツールを今でも探している感覚があるんですよね。結果として、僕の伝えたい世界観がメジャーなものでなかったとしても、そこに人を引きずり込むというか、「これが新しいメジャーの形なんだ」という見せ方ができればいいなと思っています。

──話はさかのぼりますが、idomさんが楽曲制作を始めたばかりの2020年頃に作った楽曲は、今ご自身で振り返るとどのような印象がありますか?

ひと言でまとめちゃうと、カラ元気というか(笑)。いろんなものを失ったことによる喪失感から音楽を始めたということもあって、自分の中の弱さから逃げているというか、そのためにあえて明るい曲調や歌詞になっている曲が多いのかなと思います。現実に反発しているというか、本当はそんなに元気じゃないけど、元気なことを書いている曲が初期は多い気がしますね。それに、僕と同じようにコロナ禍で何かを失った人たちもたくさんいる中で、少しでも明るい音楽のほうがいいかなと思っていた部分もあります。この頃は「音楽を仕事にしよう」というつもりは一切なかったんですけど、なんとなく、「自分の曲がいい感じに話の材料になればいいな」という気持ちがあったんですよね。いろんな人に知ってほしいというよりは、仲のいい友達に対して「俺、音楽始めたんだ」と伝えるみたいな、ちょっとしたブログみたいな感覚で曲をYouTubeに上げ始めたんです。それを、いつの間にか知らない人たちが見てくれて、輪が広がっていた。それで「こういう曲をいいと思う人がいっぱいいるなら、次はこんな曲を作ってみよう」って、曲を作っていきました。

──曲作りを始める中で、参考にされたものなどはありましたか?

当時の曲は特にトラップミュージック的なアプローチが多いんですけど、音楽のことを何も知らない状態で曲作りを始めたとき、一番自分にバチッとハマったのがトラップだったんです。当時、ストリーミングでもトラップの再生数が回っていたんですよね。ローファイチルとかも流行っていたし、そういうものを参考にしていました。トラップって、言ってしまえばキーも何もないというか、自分が好きなコードに合わせてビートさえ打つことができれば、それをループして曲が作れるので。曲作りを始めるにはよかったなと思います。