堀江由衣「文学少女の歌集II -月とカエルと文学少女-」インタビュー|未練と憧れを形にした“文学少女”の世界

堀江由衣のニューアルバム「文学少女の歌集II -月とカエルと文学少女-」がリリースされた。

タイトルに「II」とある通り、今作は2019年夏にリリースされたアルバム「文学少女の歌集」の続編にあたる。同じ“文学少女”というコンセプトを引き継ぎながら、清竜人が書き下ろした静謐なピアノバラード「瑠璃色の傘を差して」、初コラボとなるヨシダタクミ(saji)の提供曲「月とカエル」「25:00」「ラブアテンション」など11編の楽曲を通して、夏の憧憬を描いた前作とはまた違った少女像が描かれている。

音楽ナタリー6年ぶりの登場となる今回のインタビューでは、前作から連なる“文学少女”のコンセプトイメージやそのルーツとなった少女像、これまでのディスコグラフィにはなかったタイプの楽曲が多く選ばれた今作の制作風景などについて話を聞いた。

取材・文 / 臼杵成晃撮影 / 塚原孝顕

堀江由衣

音楽活動と声優業

──「ワールドエンドの庭」(2015年1月発売の9thアルバム)から前作「文学少女の歌集」(2019年7月発売)のリリースまで4年半ほどのブランクがあって、その間はライブ活動も止まってましたよね。そのまま音楽活動が止まってしまうのかな、という心配もあったのですが……。

いえ、私はそもそもコンスタントに作品を出すタイプではなかったし、声優としての本業があるので……まあ、これだけリリースしておいてアレですけど(笑)。これまでも3年くらい空くことはあったし、キャラクターソングを歌う機会もあるから、それほど音楽活動に関して間が空いたという感覚はなかったんです。……あ、そうだ。私ちょうどその頃「このまま仕事を一生懸命続けていていいのかな」という時期に入っていて。謎の婚活宣言をしていたんですよ(笑)。

──ありましたね(笑)。

今思うとちょっと恥ずかしいですけど(笑)。

──気が付けば4年半ほど経っていたと。

本当にそんな感じで。だから自分の音楽活動をどうするかというのも特に考えてなかったし、作品を出さなきゃという感じでもなくて。結局婚活はせず、アプリゲームのキャラクターにハマり、それはそれで楽しい時間を過ごしてました(笑)。同じアプリにハマった声優仲間とお友達になったり、そういうことも今まであまりなかったから新鮮で。お友達はできたけど、婚活は失敗しました(笑)。

堀江由衣

「文学少女」のモチーフは未練と憧れ

──「文学少女の歌集」はビジュアルも含めてコンセプチュアルな作品でした。そして今作はその続編となっていますが、そもそもこの“文学少女”というコンセプトはどういう発想から?

ひさびさにアルバムを作ろうと思ったときに、まずビジュアルのイメージが強く浮かんで。「素朴な街で暮らしている女子学生」という世界観のエモさを表現したかったんです。こういう世界観が好きだというのは昔から変わらないんですよ。それでもう少し……前作は季節を夏、水色、白というトーンに振っていたので、もうちょっとシックな、紺やグレーのトーンで、秋、冬、春の初旬のイメージの作品も作りたいなと思って、“文学少女”のコンセプトはそのままにしました。

──なるほど。これまでの作品にもちりばめられていた好きな世界観を、アルバムまるごとで表現してみた結果、同じコンセプトの中で違う季節や風景が描きたくなったと。

はい。自分がもし別の街で生まれていたら……と違う日常を想像することは昔から好きだったんですけど、世界観、世代感をギュッと狭めて表現してみたかったんです。ぶっちゃけ、写真に写るのは自分じゃなくてもよかったんですよ。本当に女の子の学生さんに演じてもらっても。私の姿を見たいと言ってくださる方もいらっしゃるので、自分でやっていますが(笑)。

──なぜその「素朴な街で暮らしている女子学生」というモチーフに惹かれるんですか?

それはよく考えるんですけど……アニメやマンガの主人公に学生が多いのは、大人がその時代に未練を残しているから、作品として昇華しているんじゃないかと。きっと私も同じで、その時代にあまり人生を謳歌できていなかったから、というのがあるんでしょうね。たいてい作品の中でその世代はキラキラしたものとして扱われていて、そこへの憧れが長年積み重なって、今なお残っているんだと思います。

──実際の学生生活はどうだったんですか?

本っ当にもったいなかったなと後悔するくらい何もしてなくて。中学校のときは部活でバレーボールをやってたんですけど、それがつらすぎたので、高校では帰宅部になったんです。徒歩で行ける学校だったので行き帰りもスムーズだし、本当に学校と家の往復しかしてなかった。今思えば本当にもったいないですよね。

──でも、その未練を音楽なりマンガなりアニメなり、作品として昇華できるって素晴らしいことですよね。

そうですね。ラッキーなのかも。

堀江由衣

「日常の延長にある非日常」が根っこに

──学生時代、少女時代をさらに“文学少女”と限定して表現されていますけど、堀江さんの中で文学と言ってまず挙げる思い入れの深い小説作品はありますか?

最初に読んでずっとその世界観に影響されているなと思うのは「不思議の国のアリス」ですね。これまでにも自分のいろんな作品でモチーフとして使わせてもらいましたけど、「日常の延長にある非日常」というのが自分の好きなものの根っこにあるのかなと思います。

──実際に文学少女ではなかった?

文学少女と呼べるような感じではなかったですね(笑)。暇だし体力もあるから本はたくさん読みましたけど、文学が好きかというとそういうことでもなくて……やっぱりイケメンが出てくる話がそりゃあ好きだし、みたいな(笑)。

──「文学少女の歌集」シリーズで描かれている素朴な街と少女のイメージで言うと、やはり思い浮かぶのは大林宣彦監督の“尾道三部作”(「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」)ですね。その影響もある?

尾道三部作は逆に、前作を作るときに初めてちゃんと意識して観たんですよ。有名な作品だし、これまでにも観たことはあったんですけど、ミュージックビデオ撮影でまんま同じロケ地に行くことになって。改めて観ると、どの作品も単に素敵なだけじゃない、ちょっと奇妙な雰囲気がありますよね。そこがまたよくて。

──なるほど。直接的な結び付きはなかったんですね。

いろんな作品で観てきたイメージの積み重ねなのかな……作詞をお願いしたあさのますみさんとも「文学少女ってことは、その主人公は本が好きなの?」「いや、それはそうでもなくて」「え? じゃあ何が文学少女なの?」とちょっと怒られながら話をしたんですけど(笑)、図書室で真面目に本を読んでいる女の子というだけではないんだよなあって。

──堀江さんの中に漠然とある少女像を浮かび上がらせる、コンセプトアルバムというか。

コンセプトアルバムというよりは、日常を切り取ってお届けしています(笑)。普段の私。