Homecomingsのメジャー3rdアルバム「see you, frail angel. sea adore you.」がリリースされた。
2月に京都・KBSホールで行われたライブイベント「Homecomings New Neighbors FOUR Won't You Be My Neighbor? February.10, 2024 at Kyoto KBS Hall」を持って石田成美(Dr)がバンドを卒業して新体制となったHomecomings。以降はサポートドラムにユナ(ex. CHAI)と礒本雄太(Laura day romance)を迎え、主催企画の開催やフェスへの出演など精力的にライブ活動を行ってきた。
新作「see you, frail angel. sea adore you.」は、シューゲイザーやエレクトロニカ、グリッジノイズなどを大胆に取り入れたバンドの新機軸を感じさせる1枚。石田がレコーディングに参加した最後の楽曲「Moon Shaped」をはじめ、亀田誠治をプロデューサーに迎えた「slowboat」、アニメ「響け!ユーフォニアム3」のキャラクターソングとして書き下ろされた「Tenderly, two line」のセルフカバーなど計12曲が収められている。
音楽ナタリーではバンドのソングライティングを担う畳野彩加(Vo, G)と福富優樹(G)の2人にインタビュー。新作における音楽的なトライや、楽曲ににじむ2人の故郷・石川の風景、本作に込めた祈りについて語ってもらった。
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取材・文 / 下原研二撮影 / 草野庸子
何か1点に集中したものを
──Homecomingsのアルバムリリースは、昨年4月発表のメジャー2ndアルバム「New Neighbors」以来およそ1年半ぶりです。福富さんはシングル「Moon Shaped」リリース時のインタビューで「次のアルバムは『New Neighbors』と同じことを表現していても、方向性は対になりそう」と話していましたね。
福富優樹(G) 「New Neighbors」は自分たちとしても満足できるアルバムを作れた感覚があったし、Homecomingsというバンドが10年活動を続けて「ここまで来ました」と胸を張って言えるような手応えがありました。ただ、あのアルバムはいろんな方向に向けた作品だったから、バンドの歩みとして次は何か1点に集中したものを作りたいと考えていたんです。と言いつつ、その時点では具体的なイメージは何もつかめてなかったんですけど。
──そのイメージが固まってきたのには何かきっかけが?
福富 これはアルバムを出すたびに感じることなんですけど、ライブでアルバム曲をまんべんなく演奏する中で、ぼんやりと次回作のポイントになるものが見えてくるんです。「New Neighbors」で言うと「euphoria / ユーフォリア」という曲がそれで、リード曲というわけでもなかったけど、この曲を好きだと言ってくれる人が多かったし、ライブで演奏していても特別な感触があった。あとは、なるちゃん(石田成美[Dr])の卒業があったり、「Moon Shaped」をリリースしたりする中で、アルバムでやりたい音像の標準が定まってきた感じですね。それは具体的に言うとシューゲイザーやグリッジノイズ、エレクトロニカなんですけど、もともと自分のルーツにあるものやし、個人的に最近熱く聴いていたジャンルでもあって。その音像と、Homecomingsが「ここが今一番面白いんじゃないか」と思えるものが重なったのが大きかったですね。
あの海のことを音楽で残しておきたくなった
──先ほど「New Neighbors」はいろんな方向に向けた作品だったというお話がありましたけど、いちリスナーとしても受け取るメッセージの多い作品だったように感じます。それに対して「see you, frail angel. sea adore you.」の楽曲の歌詞を読むと、主人公の内省的な部分をこちらが覗いているような感覚になりました。このアルバムで描かれている街の情景は、お二人が生まれ育った石川県のもの?
福富 そうですね。やっぱり年始に起きた震災(令和6年能登半島地震)の影響が大きくて。地元の海は小さな海岸で、漁港があるわけでもなければ海水浴が盛んというわけでもないけど、高校生の頃はその場所で音楽を聴いたり本を読んだりしていたんです。今思えば青臭いけど、その頃に触れた音楽や本が自分のルーツになっているし、「HURTS」のアー写だったり、さっちゃん(平賀さち枝)と作った「かがやき」という曲のミュージックビデオもそこで撮影したくらい大切な場所なんです。それが震災が起きて家族から避難連絡が届いたり、テレビで地元のハザードマップが真っ赤になるのを見る中で怖い場所に変わった。だからこそ、あの海のことをちゃんと音楽で残しておきたくなったんです。
畳野彩加(Vo, G) 私も同じで、あのお正月のことはどうしても忘れられないんですよ。地元のなんとも言えない暗い海とか、稲穂が延々と続いている景色とか……。今回のアルバムではトミー(福富)が「自分のことをちゃんと表現したい」と言っていたので、私はそこに寄り添って曲を書こうと決めました。
──アルバムタイトルについてはいかがでしょう? 「angel」「sea」など本作の歌詞に頻出する言葉が使われています。
福富 いつもはタイトルが先にあって、そこに向かって曲作りを進めるんですけど、今回は最後の最後まで決まらなかったんです。8月くらいにジャケットの撮影で石川に帰省して、イラストレーターのサヌキ(ナオヤ)さんと一緒に地元を回って撮影したんですよ。その写真を見ながらタイトルを考えているうちに、アルバム全体に流れるたゆたう感じや揺らぎを1つの単語や言葉にまとめるのは違うなと思って、「see you, frail angel. sea adore you.」に決まりました。あとは自分にとっての天使について考えながら作ったアルバムでもあるから、このタイトルにすべてが集約されている気はします。
伝えたいことを集約した「angel near you」
──ここからはアルバム収録曲について聞いていきたいと思います。1曲目は12月に始まるツアーのタイトルにもなっている「angel near you」です。
畳野 「angel near you」は、アルバムの中でも最後のほうにできた曲です。トミーが先に歌詞を書いてくれていて、リファレンスもたくさんあったけど、この歌詞の温度感を保つためにどんな音符を並べるべきか、音が重なったときの透明感をどう表現するか、自分の中でどうしても正解を出せずに悩みました。曲の途中に「安心の匂いがする 明るい場所を」という歌詞がありますけど、本当はその前後にも歌詞が付いていたんです。悩みに悩んでトミーに「ここ削ってもいい?」と確認しながら曲作りを進めていたら、歌詞を大幅に削ってしまうことになって。完成した音源を聴くと「安心の匂いがする 明るい場所を」の部分のために書かれた歌詞のように聴こえるし、それはそれでよかったと思っているんですけど、私が「angel near you」に対して思うのは歌詞をだいぶ削ってしまったので……。
──楽曲の世界観を壊していないか不安があったと。歌詞を書いた福富さんとしては、完成した「angel near you」はどうだったのでしょう?
福富 アルバムのジャケットを作るときに、サヌキさんやデザイナーの岡本(太玖斗)さんと「不完全さやいびつさを残したい」という話をしたんですよ。「angel near you」では天使を描いていますが、それは完璧な存在ではなくて、僕たちと同じくらいか弱くて傷付きやすい、頼れるけど頼りきれないイメージで。だから歌詞を削ったことでツギハギの文章にはなったけど、アルバムで伝えたいことが集約されているし、逆に“不完全さ”や“いびつさ”というテーマとリンクするんじゃないかと思いました。
畳野 よかった。あとは完成した音源を聴くと自分が想像していたよりも広がりのある曲になったように感じます。「angel near you」のドラムはもともと打ち込みの予定だったんですよ。それを何気なくユナにスタジオで叩いてもらったときに、明確に曲がよくなった感覚があった。これまでなら一度打ち込みでいくと決めたらそのまま進めていたと思うけど、曲のことを客観的に考えてサポートメンバーのユナに委ねられたのは新しい感覚でしたね。
福富 これまではメンバー3人それぞれがデモを持ち寄っていたけど、今回は僕がある程度責任を持って作るという形を取っていて。彩加さんに送ってもらったデモに僕が打ち込みを足すこともありましたけど、“不完全さ”“いびつさ”というテーマもあるから、あえて宅録特有のチグハグした感じも残してあるんです。中でも「angel near you」はめちゃくちゃな音の重ね方をしていて、そこにユナのドラムが乗ることで生まれる独自のバランス感のようなものは、アルバム全体のムードを象徴しているんじゃないかと。
“個”にフォーカスして“優しさ”を描く
──本作にたびたび登場する“天使”というモチーフについても聞かせてください。
福富 「New Neighbors」は社会的なケアを題材にしたアルバムで、「自分にとっての隣人がいて、自分自身も誰かの隣人である。そのつながりがあって社会が構成されているからこそ“優しい隣人”であろう」というメッセージを込めていた。ただ、その一方でケアや政治について考えていると、優しくあろうとして疲れてしまったり、どうしても優しくできない瞬間はあると思うんです。
──はい。
福富 今回のアルバムには「自分自身にも優しくあれるように」というセルフケア的な意味合いも込めていて、それを助けてくれる存在としての天使というか。その天使は自分の中の存在でもいいし、最近会えていないけれど大事な友だちとかでもいいんですけど。離れていたり透明なものでも、自分の中では大切なものっていう感覚ですね。“優しくある”ことを軸に他者とのつながりを描いたのが「New Neighbors」だとしたら、個人的なものにフォーカスを当てて“優しくある”ことを描いたのが「see you, frail angel. sea adore you.」。そういう意味でこの2枚のアルバムは対の関係になっているんです。
──なるほど。前作と今作の表現の違いで言うと、歌詞の抽象性が増した印象を受けたのですがいかがでしょう?
福富 うーん……どうやろ。ただ、歌詞の書き方は意識的に変えてますね。「New Neighbors」は言葉としての強さや、カギカッコ付きで見出しになるような言葉を意識していて。例えば「US / アス」の「僕らはたまたま美しい」「あなたはたまたま美しい」という歌詞や、「i care」の「明日はどんなふうにお腹が空くだろう?」というラインは、コピーライター的な書き方をイメージしました。それに対して、今回は言葉1つに集中するより歌詞全体で強いものを目指したので、その違いはあるかもしれないです。
“音楽の入口”亀田誠治のクリエイティブに触れて
──2曲目の「slowboat」にはプロデューサーとして亀田誠治さんが参加しています。
福富 「slowboat」は僕の歌詞から彩加さんがイメージを汲み取って曲を書く、というこれまで通りの作り方をした曲で、弾き語りのデモからどうアレンジするかが保留になっていたんです。それで制作会議で「プロデューサーの方にお願いするものありかもね」という話になって。
──亀田さんという人選は、メンバーの皆さんが提案したもの?
福富 そうですね。僕はスピッツと出会って音楽を好きになったんですけど、最初に手に取ったアルバムが亀田さんプロデュースの「三日月ロック」だったんですよ。“スピッツ×亀田誠治”という組み合わせはどんどん変化していったけど、1枚目の「三日月ロック」の時点で何かが完成している気がしたし、「この2組でやりました!」というのが一番出てるアルバムが「三日月ロック」だと思う。今回のアルバムは自分たちのことを表現したいと思っていたから、せっかくやったら僕の音楽の入り口でもある亀田さんにお願いできたらいいなと。それでオファーしたら快諾してくださったんですけど、ちょうどその時期に「ロックロックこんにちは!」への出演も決まって、何か縁のようなものを感じてうれしかったですね(参照:スピッツ恒例3イベント一挙開催決定!ホムカミ、サバシスター、羊文学、家主、離婚伝説ら出演)。
──亀田さんとはどんなやりとりがあったんですか?
福富 打ち合わせで「三日月ロック」のことだとか、Radioheadっぽさを入れたいというアイデアなどについてざっくり話した程度で。具体的なリファレンスを提案したりはしてなくて、会話の中で曲の温度感を探っていく感じでした。でも亀田さんから届いたデモが1発目から完璧だったんですよ。弾き語りのデモのオルタナティブな空気は残っているのに、そっちに寄せすぎることなくポップスとして成立していて感動しました。
畳野 ボーカルについても、亀田さんは歌を大事にアレンジを考えてくださっていて。基本的には「そのまま歌っていいよ」という感じで、特に何かを変えたりはなかったですね。
福富 アルバム冒頭の「angel near you」と「slowboat」は、どちらも違うリバーブ感のある曲になっていて。オルタナティブなものではあるけど、表現の仕方が全然違うというか。「angel near you」は積み上げて積み上げて本当に一瞬しか聴こえへんような音も入れていたり、その差し引きで波のようなサウンドを作っているんです。それに対して「slowboat」は、最低限の音の組み合わせやバランスでリバーブ感を出していて、ちゃんとボーカルがど真ん中にある。透明感や音の広がりが亀田さんって感じがするし、「三日月ロック」の頃のスピッツの音像になってるんですよね。なんでそうなるのか、自分たちで演奏しててもわからなくて、それがめっちゃ面白かった。
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今のHomecomingsだから生まれた