平井堅が映画「町田くんの世界」の主題歌として書き下ろした新曲「いてもたっても」を5月29日に配信リリースする。
安藤ゆきの同名マンガをもとにした「町田くんの世界」は、運動も勉強も不得意だが持ち前の真面目さと優しさで周囲の人々を惹き付けていく高校生・町田一の物語。この映画の主題歌で、平井は恋をしたときの「いてもたってもいられない」気持ちを優しく歌い上げ、町田くんと同級生・猪原さんのピュアでかわいらしい恋を温かく見守っている。
音楽ナタリーでは2017年6月以来2年ぶりに平井にインタビューを実施した。たった1曲、されど1曲。平井とそのチームがそこにどれほどの創意と工夫と情熱を詰め込んでいるかが伝われば幸いだ。
取材・文 / 高岡洋詞
10代、20代の失敗を思い出して
──「いてもたっても」は映画「町田くんの世界」の主題歌として書き下ろされた楽曲ですが、曲を作った時点では映画は未完成ですよね。原作を読まれたんでしょうか?
原作マンガはまだ読んでなくて、脚本と「こういう映画にしたい」というプロデューサーや監督さんの思いみたいなものを記した概要を渡されました。楽曲についてのコメントで「純粋とエゴイズム」と書きましたけど、恋は誰かを傷つけないと手に入らないものじゃないですか。恋をすることによって町田くんの純粋さが失われるかもしれない、という展開が面白いなと思って、正直あんまり過去になかったくらい惹きつけられたんですよね。
──町田くんの気持ちに共感した?
僕は町田くんとは真逆の、完全に利己的な人間ですけど(笑)、人は恋をするものだって刷り込まれたままこれまで生きてきて、自分も恋をして、そこから生まれる切ない感情みたいなものを今まで歌ってきたんですね。もちろん自発的にやってきたことなんだけど、「ポップスとはこういうものだ」みたいなプロットに則ってやっちゃってる部分も、もしかしたらちょっとあったのかなって。よく言われることですけど、誰にも教わらないし教科書にも載っていないのに、どうして多くの人が恋をするのか……みたいなことって、47年生きててあんまり考えたことなかったなと思ったんですよね。
──初心に返る機会をもらえた感じですかね。
お母さん役の松嶋菜々子さんが町田くんに「世界がくるっと変わっちゃったのね」と言ってたり、博愛主義だった彼が高畑充希ちゃん演じるさくらちゃんに声をかけられても「今はそれどころじゃない」って断っちゃったり。僕自身、彼ほどではないにせよ、恋をしたときにはきっとそういうことがあったはずなんですよね。最近はあんまりしなくなってきたけど、なんであのとき恋をしたんだろうとか、なんで毎回同じ失敗を繰り返してたんだろうとか(笑)、自分の10代、20代の頃を思い出して書いた感じです。
──そういう瑞々しい気持ちを、大人になった平井さんならではの思考と語彙をもって再構成したような印象を受けました。
この間ライブのMCでも言ったんですけど、「いてもたっても」というタイトルは町田くんの走ってる姿を見て思い浮かんだもので、そこから書き始めた曲なんです。僕らって「あなたのことが好きです」をいかにオリジナルな言葉を使って言うかが仕事みたいなところがあるので、今までも考えてやってきたつもりではあるんですが、多くの方が経験するであろう恋愛感情の芽生えというものを、なるべくほかの人が使っていない表現で描けないかなと工夫しながら書きました。基本的には若い人たちが観る映画だと思うんですよ。そういう作品の主題歌のオファーが来るのはとてもうれしいことだから、正解はまだわからないけど、いつもだったら今の自分の尺度で「これはリアルじゃないな」と思って別の言葉にするところを我慢したりしました。
──例えばどのくだりですか?
「ただ聞き流してた恋の歌 なんでか口ずさむ」っていうところとか。「『口ずさむ』っていうのはリアルじゃないな、絶対に俺は口ずさまないし(笑)」と思って。いつもだったら「なんでか引っかかる」にするところですけど、こっちのほうが「町田くんの世界」には合ってるかなと思い直して、結局「口ずさむ」にしました。作品との距離感と、曲としての華やぎって言うのかな。「口ずさむ」のほうがかわいいからこれでいいかみたいな。そうして歌詞を1割ほど軽やかにしたつもりではあります。かわいくっていうのは意識しましたね。気持ち悪いですけど、年甲斐もなく。
あ~ちゃん、のっち、かしゆか、けんちゃん
──別に気持ち悪くはないでしょう(笑)。
いや、本当に気持ち悪いなっていつも思うんですよ。変なことですからね、47歳にもなってこういう歌を歌うのは。でもまあ、変な仕事してるんだから開き直ってやるしかないなと思って、歌入れのときも「めざせPerfume!」って書いてやってました。「あ~ちゃん、のっち、かしゆか、けんちゃん」みたいな(笑)。かわいく、かわいくと、すごくがんばったつもりです。とはいえ無理したわけでもなく、わりとすんなり作品に引っ張られた感じですけどね。「愛らしい、ハッピーな曲」という発注でもあったし。
──かわいさは聴いていてすごく感じました。歌にエフェクトをかけているのも、ハッピーで軽快にするためですか? 歌唱もいつもよりあっさりめですよね。
曲ができて、UTAさんのアレンジも上がっていざ歌を乗っけてみたら、自分で書いた曲なのに、曲とアレンジの色味に歌が全然追いつかないんですよ。で、これは毎回ブースで悩むところなんですけど、とにかくいろいろやってみようと。いつもはシングル(トラック)が多いんですけど、ダブルにしてみたら「お、ちょっと近付いたね」ってことになって。エフェクトに関してはいつもエンジニアさんと話し合ってたびたび試してみるんですけど、僕の声ってあんまりエフェクト感が出ないんですよね。「だからといってケロッケロのいかにもAuto-Tune!みたいなのも違うよね」「でも相当思い切ってやらないと、平井堅って声で消費されすぎてるところがあるから」みたいなやりとりを経て、「もっと声を記号的に扱って、あんまり抑揚をつけないでメカニカルな感じにしたほうが、この曲のよさが生きるんじゃないか?」って話になって。なるべくビブラートをかけずに歌って、Auto-Tuneも僕らの中ではこれが限界ぐらいのかけ具合で仕上げました。
──「めざせPerfume!」はそこから出てきたんですね。
いつも歌詞を読まなくても耳でちゃんと何を言ってるかわかるっていうことを意識して、ジャッジの1つの基準にしてるんですよ。「これ、ちゃんと○○って聞こえてる?」って確認しながらレコーディングしていくみたいな。今回も聞こえてるとは思うんですけど、特にサビは「最悪、聞き取れなくてもいいんじゃないか」ぐらいのスピリットでやりました。平井堅といえば歌がドーン!みたいなのを、今回は取っ払おうと。どうしても「言葉を聴かせたい」とか「歌声を届けたい」みたいな大前提が、僕にもスタッフにもありすぎて。だから今回はけっこう冒険したつもりではあります。
──冒険は奏功していると思います。Perfumeみたいな無機的な歌に憧れがあるんですね。
あるんですけど、その一方で有機エゴもすっごく強いんですよ(笑)。「これいらない、これもいらない」で最終的に伴奏はギター1本、みたいな感じにいつもしちゃうし。だけど新しいことにトライしないとな、って僕もスタッフもいつも考えてます。重量軽め、みたいなことは最近すごく意識してますね。ヒット曲を眺めていると、2000年代後半から2010年代前半までってわりと重めの曲が多かった気がするんだけど、最近はすごく軽くなった印象があって。これからも重いのもやりますけど、そのへんも少し意識してますかね。
次のページ »
脇汗ジャージャー