音楽ナタリー Power Push - 平井堅
5年ぶりアルバムに込めた、闘いの軌跡
流行歌を作っていきたい
──「告白」は渡辺真知子さんの「迷い道」にちょっと似てるな、とか……。
うん、うん。
──「Missionary」でペドロ&カプリシャスの「別れの朝」を思い出したりとか。
うんうん……あ、似てる! ヤバい! パクリって言われちゃうかも(笑)。
──パクリとは全然思いませんけど、平井さんの根っこにあるのは歌謡曲とかニューミュージックなのかなと改めて思いました。
否定の余地なしです。洋楽も好きなんだけど、歌詞をしっかり聴きたいので英語がわからないとJ-POPのほうがどうしても比重が大きくなるし、昔ながらの歌謡曲に対する憧れがあるんですよね。マルチプレイヤーのすごさももちろんあるけど、特化したプロフェッショナルが幅を利かせていた時代に対する憧れとか郷愁が強いんでしょうね。シンガーソングライターで言えば、ユーミン(松任谷由実)もサザン(オールスターズ)も大好きなんですけど、歌うことに特化している、今で言えば安室奈美恵さんとか中島美嘉さんとかJUJUさんとか、歌手にはすごくがんばってほしい。常に「歌手っていいじゃん」って思ってます。
──先ほど「何をやっても大丈夫なスター」というお話を聞きながら、僕は沢田研二さんをイメージしていました。
すごくおそれ多いけど、憧れますね。いまだにジュリーになりたいと思ってるし。詞曲は書いても書かなくてもいいし、書けるものなら一生懸命書くけど、自分としては歌手として居場所を見付けたいというか、アイデンティティを強めたい。そう思ってるんですけど、なかなか難しいです。
──平井さんのことはちょっと変わったシンガーソングライターだと思っていて、自分の言いたいことを歌うというより、聴き手に寄り添うというか、歌のイメージの中で主人公を演じているみたいな感じが常にあるんです。その個性は歌謡曲好きから来ているのかなって。
そもそも自分がないんですよ。「THE STILL LIFE」っていう今回のアルバムタイトルもそうなんですけど。だからコアファンが付かないんです。
──めちゃめちゃ付いてるじゃないですか!
そんなことないんですよ。応援してくださる方々には本当に申し訳ないんですけど、びっくりするぐらい僕自身が濃いものを持ってない。でもね、すごくつらいことなんだけど、それでいいのかな、とも思ってるんです。僕はそういう人間だから。友達によく言われるんです、「つかみようがない世間みたいなものと闘ってばかりいて、ファン思いじゃない」と。一生懸命ライブをして楽しませようとは思ってるけど「平井堅が好きっていう人たちはどんな人たちなんだろう、その人たちのためにはどんな曲を書けばいいだろう」という発想で曲を書いたことはなくて。極端に言うと教祖と信者みたいな関係ではまずないし、わりと楽曲単位でそっぽ向かれることもよくある。「どんな平井堅様でもついていきます」みたいな感じじゃなくて、冷静に見てるお客様が多い気がするんです。「なるほどね、今回はこういう感じか」みたいな(笑)。
──あくまで楽曲がつなぐ関係、素敵だと思いますけどね。
それは僕の弱味なんだけど、でもしょうがないなって。ある意味、常にプロ棋士みたいな気持ちでやってます。何十手も先まで読んでるような顔をして、震えながら「これでいいかなあ……」「ああ、ダメだった」みたいな。
──なるほど。ちなみに音楽の聞かれ方の変化を歌った楽曲「ON AIR」の中でイメージしてるのはどのあたりの曲なんですか?
それはもう……僕、中高時代に「マイ・フェイバリット・サザン」っていうテープを作って友達とか好きな子に渡してたんですよ。だからサザンとか、当時流行ったプリンセス プリンセスとか……THE BLUE HEARTS、久保田利伸さん、渡辺美里さん、永井真理子さん、JUN SKY WALKER(S) とか今井美樹さんとか。
──ああ、やっぱり。でもそれだけだと若い人は「おじさんの思い出話か」って思うかもしれないけど、「でも変わらないものもあるさ」って歌ってるのがいいですね。
それは願いでもあるし、この時代、ミュージシャンはどうやって生きていけばいいんだろうって皆さん思ってると思うんですよ。老若男女が歌える流行歌ってどんどんなくなってますけど、それが消えてしまう世界は、僕にとってはとてつもなく悲しくて寂しい。極端に言うと、70年間戦争をしてこなかった日本がまた戦争をするぐらいに恐ろしい。レコードやCDがビジネスになりにくくなったこの時代に、とにかく空気を作るしかないなと。音楽にお金を落としてくれなくなったけど、音楽に触れられるチャンネルは増えた、チャートがあてにならなくなって、何がヒット曲なのかよくわかんなくなっている現在。それでも僕は、流行歌を作っていきたいんです。
- ニューアルバム「THE STILL LIFE」/ 2016年7月6日発売 / アリオラジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 4050円 / BVCL-731~2
- 通常盤 [CD] / 3240円 / BVCL-733
CD収録曲
- Plus One
- 魔法って言っていいかな?
- 告白
- かわいいの妖怪
- 桔梗が丘
- Missionary
- ソレデモシタイ
- 驚異の凡才
- 君の鼓動は君にしか鳴らせない
- ON AIR
- おんなじさみしさ
- グロテスク feat. 安室奈美恵
- TIME
- それでいいな
初回限定盤DVD収録内容
<STUDIO LIVE 2016>
- 君の好きなとこ
- LIFE is...
- POP STAR
- 魔法って言っていいかな?
<MUSIC VIDEO>
- 告白
- 桔梗が丘
- グロテスク
- ソレデモシタイ
- 君の鼓動は君にしか鳴らせない
- ON AIR
- Plus One
平井堅(ヒライケン)
1972年大阪生まれのシンガーソングライター。大学在学中にソニーミュージックのオーディションに入選したのをきっかけに、1995年にシングル「Precious Junk」でデビュー。2000年にリリースしたシングル「楽園」がヒットを記録し、その卓越した歌唱力と完成度の高い楽曲で一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。2002年には童謡「大きな古時計」のカバーで世代を超えた人気を獲得。その後も「瞳をとじて」「POP STAR」など多くの楽曲をヒットチャートに送り込んでいる。また「Ken's Bar」と題したアコースティックライブシリーズを自身のライフワークとして定期的に開催しており、同タイトルのカバーアルバムも3作発表。2016年7月に約5年ぶりのオリジナルアルバム「THE STILL LIFE」をリリースした。