ナタリー PowerPush - 映画「ヒミズ」
黒猫チェルシー渡辺大知が熱弁 「これは2012年版の『ヒミズ』や」
黒猫チェルシー・渡辺大知インタビュー
取材・文 / 柴那典
絶望が普通になっている
──まず、映画を観終わったときはどんな感想を持ちました?
元々原作も、園子温監督のこれまでの作品も好きだったので、ずっと楽しみにしてたんです。でも映画が始まったときは、言っちゃ悪いけど、ちょっとがっかりしたんですよ。原作とは設定も雰囲気も全然違うから、「どうなっていくんやろう? 大丈夫かなあ?」って思って。でも、観終わったらすごく感動しました。映画のストーリーを原作どおりにする必要は全くなかったと思うし、全く新しいものになった。「2012年版の『ヒミズ』やな」って思いましたね。
──どういうところに新しさを感じました?
原作のテーマをうまく取り入れつつ、これからの日本を作っていきたいという熱のようなものがある映画になった感じです。一番原作と違うと思ったのが、主人公ですね。原作だと、運命に自分を委ねてしまっている。自滅的なところがある。でも、映画版はそうじゃなくて、自分の意志がある。自分はこうしたいという、決断の力がある。それが違うから、キャラクターの表現も違うものになっていて。感情を外に出すキャラクターになってますよね。
──原作に忠実な映画を作ろうと思ったら、こうはならないですよね。よくよく考えると不自然なところはあるけれど、そういうことを感じさせない勢いがあるというか。
そうそう。勢いがありますよね。ストーリーとか物語よりも、メッセージとして強いものがある。
──冒頭から東日本大震災の被災地の風景が出てきますけれども、それについてはどう思いました?
映像に映っているのは重いものなんですけれど、伝わってくる空気は軽く感じてしまったんです。被災地という場所がすごく遠くに感じてしまったというか。同じ日本な気がしないというか。
──ニュースとして観てきた被災地の風景がフィクションの場面になっているのは初めてのことだからですかね。被災地の風景が、現実ではなく、虚構のものとして映されているから。
そうなんです。で、映画に出てくる「現実」とか「普通」という言葉も、原作と違うものになっているように思うんです。原作の主人公って、むしろ普通じゃないものに憧れている部分もある。でも、映画だと「普通、最高!」って叫んでいたり、今の状況を普通のこととして捉えている感じがして。
──マンガが連載されていた2001年当時の「普通」と、2011年以降の「普通」が変わってしまったんですよね。
そうそう、まさにそうだと思いました。絶望が普通になっているというか。主人公の中だけにある葛藤じゃなくなっているというか。
「俺はこうしたい」ということを、思うだけじゃなくて主張するのが大事
──ラストシーンについてはどう思いました?
まず、原作ファンは完全に裏切られますよね。でも、自分は何がしたいのか、俺はこう思うんだ、ということを、監督自身が映画を観てるお客さんに言ってるな、って思いましたね。周囲がどういう状況でも「俺はこうしたい」ということを、思うだけじゃなくて主張するのが大事だという。それは、僕もそう思うんですよ。元々そういうことを考えていたけれど、震災が起こって改めて思うようになった。あの震災を受けて、「どうしたらいいんやろう?」って戸惑ってしまった人もいるって聞いたけれど、そうじゃなくて、とにかく自分が思ってることを言う。外に出す。そういう、監督の強いメッセージを感じて。そこにはすごく共感しました。
──なるほど。
映画だけじゃなくて、音楽も、これから先は、いかに自分を出していくかだと思いますね。園子温監督の次の映画も楽しみだし、これから、いろんな分野でどんどんエゴイスティックな作品が出てくるんじゃないかと思います。
──黒猫チェルシーも3月21日にアルバム「猫Pack 2」をリリースしますね。
これは映画「ヒミズ」を観る前から作っていたものですけど、僕らも黒猫チェルシーとして、今の自分たちがやれることというのに向き合って作れたと思います。今までで一番好きな作品だし、僕らもどんどんエゴイスティックにやっていけたらいいなって思います。歌詞はもちろん主張したいことが強く出てる要素のひとつですけど、それだけじゃなくて、音のあり方も、すごくこだわって録ったので。山小屋みたいなところでレコーディングしたんですよ。結果、音もある意味エゴイスティックな、今まで聴いたことのない音作りになっていると思う。今、自分たちが録りたい音をそのままパッケージングできた。「これが俺らの2012年や」というアルバムができたと思うんで。ぜひ聴いてもらいたいですね。
渡辺大知(黒猫チェルシー)
ロックンロールバンド・黒猫チェルシーのボーカリスト。高校在学中の2007年3月、地元神戸で澤竜次(G)、宮田岳(B)、岡本啓佑(Dr)と共に黒猫チェルシーを結成。2009年にインディーズより2枚のミニアルバムをリリースし、2010年5月に「猫Pack」でメジャーデビュー。多くの夏フェス出演や海外でのライブを経て、2011年5月に初のフルアルバム「NUDE+」を発表し、11月2日に自身初のシングル「アナグラ」を発表。2012年3月には新作アイテム「猫Pack 2」のリリースも控えている。
また渡辺は、2009年夏公開の映画「色即ぜねれいしょん」で主演を務めたのを始め、俳優としても活躍。現在はNHK連続テレビ小説「カーネーション」で、主人公・糸子の従兄弟、勇を演じている。
映画「ヒミズ」 / 新宿バルト9、シネクイント他にて公開中
- 監督・脚本:園子温
- 原作:古谷実「ヒミズ」(講談社「ヤングマガジン」KCスペシャル所轄 :©古谷実 / 講談社)
- 出演:染谷将太 二階堂ふみ
渡辺哲 吹越満 神楽坂恵 光石研 渡辺真起子 黒沢あすか でんでん 村上淳
窪塚洋介 / 吉高由里子 / 西島隆弘(AAA)/ 鈴木杏 - 製作・配給:ギャガ
- ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ