ナタリー PowerPush - 映画「ヒミズ」

黒猫チェルシー渡辺大知が熱弁 「これは2012年版の『ヒミズ』や」

1月14日の公開以来、その衝撃的な内容で大きな反響を引き起こしている映画「ヒミズ」。マンガ家・古谷実のキャリア最大の問題作を「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」の園子温監督が実写化することで、鬼才同士のぶつかり合いが実現した一作だ。

撮影直前に起こった東日本大震災を受け、大幅に脚本を書き直したという本作は、「3・11後の日本」を舞台に、普通の人生を夢見る15歳の男女の葛藤を描く。「第68回ヴェネツィア国際映画祭」で最優秀新人俳優賞を受賞した染谷将太&二階堂ふみの気迫あふれる演技にも賞賛が集まっている。

また映画はアーティストからの注目も高く、フライヤーには向井秀徳、坂本慎太郎、山口隆(サンボマスター)などがコメントを寄せている。今回ナタリーでは、原作からのファンだったという渡辺大知(黒猫チェルシー)へインタビューを実施し、映画「ヒミズ」の魅力に迫ってみた。

あらすじ

場面写真

住田祐一、15歳。彼の願いは、「普通」の大人になること。

大きな夢を持たず、ただ誰にも迷惑をかけずに生きたいと考える住田は、実家の貸しボート屋に集う、震災で家を失くした大人たちと、平凡な日常を送っていた。

茶沢景子、15歳。夢は、愛する人と守り守られ生きること。

他のクラスメートとは違い、大人びた雰囲気を持つ少年・住田に恋い焦がれる彼女は、彼に猛アタックをかける。疎ましがられながらも住田との距離を縮めていけることに、日々、喜びを感じる茶沢。

しかし、そんな2人の日常は、ある日を境に、思いも寄らない方向に転がり始めていく。

借金を作り、蒸発していた住田の父が戻ってきた。金の無心をしながら、住田を激しく殴りつける父親。さらに、母親もほどなく、中年男と駆け落ちしてしまい、彼は中学3年生にして天涯孤独の身となる。そんな住田を必死で励ます茶沢。そして、彼女の気持ちが徐々に住田の心を解きほぐしつつあるとき、その“事件”はおこった──。

「普通」の人生を全うすることを諦めた住田は、その日からの人生を「オマケ人生」と名付け、その目的を、世の中の害悪となる<悪党>を見つけ出し、自らの手で殺すことに決める。

夢と希望を諦め、深い暗闇を歩き出した少年と、ただ、愛だけを信じ続ける少女。2人は、巨大な絶望を乗り越え、再び、希望という名の光を見つけることができるのだろうか──?

レビュー

文 / 柴那典

レイトショーで、映画「ヒミズ」を観た。本編が終わり、短いスタッフロールを経て明かりのついたフロアには、しばらく、異様なほどの沈黙があった。スクリーンから放たれていたすさまじい熱量の余韻が残っているようだった。

場面写真

2012年、最初の話題作となった「ヒミズ」。問題作と言ってもいいだろう。映画の反響は、決して賞賛ばかりではない。賛否両論だ。それも、極端なほどに。古谷実の原作は大幅に変更され、東日本大震災後の日本を舞台にした物語として描き直された。被災地にカメラが入り、そこで撮影された生々しい風景が、主人公・住田の心情とオーバーラップするような形でたびたび映される。そして、園子温監督が「希望に負けた」という言葉で表現した、決定的なラストシーンが訪れる。そこから何を受け取ったかで、映画の感想はまっぷたつに分かれる。「ヴェネツィア映画祭」ではスタンディングオベーションを巻き起こし、感動した、号泣したという人が多くいる一方で、強い批判もあったという。もちろん、何をどう感じるかはその人次第だ。しかし少なくとも言えるのは、この映画が、そこまで強く感情を揺さぶるものになっているということ。

主人公・住田祐一(染谷将太)は、貸しボート屋に住む15歳。多額の借金を作り、たまに家に帰ってきたかと思うと暴力をふるい金の無心をする父親、中年男と駆け落ちしてしまう母親というクズな両親のもとに生まれた彼は、ボート屋を継いで、ただ「普通」の大人になることを願う。そんな住田に恋焦がれる茶沢景子(二階堂ふみ)は、彼に対して一方通行の恋愛感情をぶつける。しかし、ある事件をきっかけに、住田はそれからの日々を「オマケ人生」として過ごし、終わらない自問自答の中、破滅へと下降していく──。

それが約10年前に描かれた原作のストーリーだ。園子温監督は、それをある部分ではそのまま実写化した。しかし、映画の舞台設定を震災後の日本にしたことで、原作の持つ「今の時代の日本における“絶望”とは一体何であるか」という重いモチーフは、完全に反転している。「きっとこの先何も変わらない」という押し潰されるような閉塞感から、「全てが変わってしまった」という巨大な喪失感と切迫感へ。だからこそ登場人物の行動原理も、その感情の発露のあり方も根本から変わっている。

場面写真

脚本に急遽変更が施されたことから、細かい演出には矛盾も納得のいかない箇所もある。しかし映画には、それらをひっくり返すような、圧倒的な迫力がある。物語を無理やり震災と絡めたことへの批判も一部からはあるようだが、そもそも園子温監督は、2011年に「ヒミズ」を映像化するにあたって、目の前に起こっている現実を無視して作品を制作することに何の必然性も感じなかったのだろう。

そして何より素晴らしいのは、染谷将太および二階堂ふみの演技と存在感。演じるというよりも咆哮するという表現のほうが近いようなすさまじいテンションには、何度となく目を奪われた。特に二階堂ふみが時折見せる表情には、極限状態における切実さを示す説得力があった。個人的には、清々しく破天荒な窪塚洋介の演技が久しぶりに見られたこともうれしかった。

園子温監督の次回作「希望の国」の制作も既に発表された。こちらは今秋公開予定だという。これから先の園子温作品が、そして震災を経た未来を目指す映像表現が、どんなものであるべきか──。それを占う意味においても、混沌の中に希望を見出した映画「ヒミズ」が、今観ておくべき作品であることは間違いないだろう。

映画「ヒミズ」 / 新宿バルト9、シネクイント他にて公開中

  • 監督・脚本:園子温
  • 原作:古谷実「ヒミズ」(講談社「ヤングマガジン」KCスペシャル所轄 :©古谷実 / 講談社)
  • 出演:染谷将太 二階堂ふみ
    渡辺哲 吹越満 神楽坂恵 光石研 渡辺真起子 黒沢あすか でんでん 村上淳
    窪塚洋介 / 吉高由里子 / 西島隆弘(AAA)/ 鈴木杏
  • 製作・配給:ギャガ
  • ©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ