樋口楓が12月16日に1stアルバム「AIM」をリリースする。
バーチャルライバーグループ・にじさんじの1期生として2018年にデビューして以降、ゲーム配信や雑談配信、そして音楽活動を精力的に展開してきた樋口。彼女にとって初のアルバムとなる今作には、メジャーデビュー曲を担当した光増ハジメ(FirstCall)のほかに、PandaBoY、ZAQ、みきとP、DJ WILDPARTY、人気YouTuberグループ・カリスマブラザーズでも活動していたみの(ミノタウロス)など音楽性の異なる作家陣が参加している。中でも樋口の素の部分が垣間見えるような楽曲「アブノーマルガール」を手がけたのは、インターネット世代のアンセムを多く発表しているナナヲアカリだ。
この特集では、樋口とナナヲによるクロストークをお届け。2人の出会いはもちろん、「アブノーマルガール」とアルバムの制作エピソードを語ってもらった。
取材・文 / 杉山仁
名前をめっちゃ聞く人だ!
──まず樋口さんがナナヲさんのことを知ったきっかけはどんなものだったんですか?
樋口楓 最初は「名前をめっちゃ聞く人だ!」という印象でした。周りのVTuberのみんなが“歌ってみた”でナナヲさんの曲をよく歌っているので、「そのオリジナルを歌っている人なんだ!」という認識でナナヲさんのことを知っていったんだと思います。
──VTuberの皆さんは、ナナヲさんの楽曲を本当によくカバーしていますよね。
ナナヲアカリ 私も「めちゃめちゃ歌ってもらえるやんけ!!」と思っていました(笑)。VTuberの皆さんやにじさんじさんのことはもちろん知っていましたし、たくさん歌ってくださるので親近感を持っていて。一方で、皆さんの曲を聴くと「こんな歌い方もあるんだ」と、自分の曲じゃないように感じる瞬間もあって、すごく楽しく聴かせてもらってましたね。
──樋口さんは「ワンルームシュガーライフ」をカバーしていましたが、これもがなりのような歌い方が特徴的で、ナナヲさんとはまた違う雰囲気になっていました。
樋口 にじさんじの2周年のときにファンの皆さんが企画してくれた動画「2434 Allstars Parade」の中で、樋口楓パートに「ワンルームシュガーライフ」オマージュの映像を入れてくださっていて。この“歌ってみた”は、それにあとから歌を付けていったんです。私はもともと「ハッピーシュガーライフ」(「ワンルームシュガーライフ」がOPテーマとして使用されたテレビアニメ)も観ていたので、ドロッとした女の子っぽさを意識して歌わせていただいた感じです。
──ナナヲさんはこのカバーを聴いてみていかがでした?
ナナヲ 樋口さんの歌声ってすごく力強くて、まっすぐですよね。ナナヲのちょっと卑屈な感じとは違うというか(笑)。ストレートにグッとくる強さを持っていると思うので、今回「アブノーマルガール」を書くときも、「そんな樋口さんが歌うからこその仕上がりになればいいな」と考えていました。
“1人の女の子”としてシンパシーを感じた
──樋口さんがナナヲさんに楽曲を依頼した経緯を教えてください。
樋口 ナナヲさんに対しては元気いっぱいの曲を歌っているというイメージを勝手に持っていたんですけど、ご自身が作詞作曲された「ピヨ」がめちゃくちゃ繊細な雰囲気で「こんな曲も書く方なんだ……!」と驚いたんです。それで「ぜひナナヲさんにお願いしたいな」と思って、アルバムのタイミングでお声がけしたんですよ。
ナナヲ ナナヲも作家として曲を依頼していただくのは初めてで、しかも、それが樋口さんというのがうれしすぎて、お話をいただいたときは「イエス!」という感じでした。「ナナヲでいいのかな?」とも思ったんですけど、リファレンス曲として「チューリングラブ feat. Sou」のカップリング曲だった「ピヨ」を挙げてもらって、「この曲みたいに女の子らしい雰囲気の歌詞を書いてもらいたい」という話をいただいて。「えっ、この曲まで聴いてくれてるの!?」と驚きました(笑)。
──樋口さんの本気度を感じたんですね。
ナナヲ そうなんです。「ピヨ」は小さい頃に死んでしまった鳥について歌っていて、歌詞も少女性をあえて残した曲だったので、「歌詞も読みこんでくれているんだな」と思いました。あと、依頼を受けたときに曲のテーマとして、樋口さんの言葉で今考えていることを文字にしていただいたんです。それも印象的でした。
──へええ。どんなものだったんですか?
ナナヲ VTuebrの方って、キラキラしていて元気でいろんな人に笑いや楽しさを届けていると思うんですけど、本人の中ではすごく葛藤があるんだな、ということが伝わってくる内容で「わっ」となったんですよ。VTuberの樋口さんとナナヲアカリのコラボレーションではあるんですけど、むしろ“1人の女の子”としてシンパシーを感じたというか。「本当の自分」と「人から見られている自分」の乖離とか、異次元だけどここにいる「普通の女の子なんだけどそうじゃない」ということがすごくわかりやすく書かれていて、「樋口さんにもそんなことがあるんだ」と自分の中にもスッと降りてきた感覚でした。
──樋口さんはもともと、「2次元も3次元も垣根なくつながれたらいいな」という気持ちを大切にして活動してきた人でもありますよね。
樋口 私がランティスさんからアーティストデビューしたのも、世の中には私たちがアニメアイコンだというだけで抵抗を持たれる方がいる中で、「そういう垣根を消していけたらな」と思ったこともあって。だからこそ、今回は3次元ではあるものの、同じくネットの第一線で活躍されているナナヲさんにぜひお願いしたいと思っていました。それで、めっちゃダメ元でお願いしたら「ぜひ!」という返事が返ってきたので、「よっしゃああ!」って(笑)。
「ちょっとだけ普通じゃない」=「実際は普通の女の子でもある」
──(笑)。では、樋口さんが感じるナナヲさんの魅力といいますと?
樋口 ナナヲさんは、よく自分のことを引きこもりとかダメ人間と表現していますけど、全然そう見えないというか(笑)。めちゃくちゃキラキラしていると思うんです。でも、歌詞の中にちょっとネガティブな感じが入っていたり、それをダウナーに歌われている瞬間もあって、個人的にはその雰囲気がすごく好きです。私もダメ人間なのですごく勇気をもらえるし、みんなの手を引っ張って一緒に上がっていこう、と言ってくれているような気がするので「存在してくれてありがとう……!!」という気持ちですね。
ナナヲ そんなこと人生で初めて言われたあ……!
樋口 VTuberを始める前って、本当に平凡な日常を送っていたんですよ。今の活動をしていなかったら、ただ学校に通って部活をして家に帰る普通の女の子だったと思うんです。それがネットを通していろんな人に出会って、いろんな感性をもらって。ナナヲさんに今回のような曲を書いてもらいたいとお願いしたのも、“ネットで活動する1人の女の子”という面がナナヲさんにもきっとあるんだろうなと思ったからなんです。それを表現してくださるのはナナヲさんしかいないと思ったというか。歌詞の第一稿が来たときは「ナナヲさん、なんでこんなにVTuberのこと知ってんのやろ? やったことあんのかな?」とめちゃくちゃ驚きました(笑)。「ぜひそのニュアンスで書いてください!」とお願いをして、そのあと一度通話しましたよね?
ナナヲ そう、そこからどうやって詰めていくか、どんな方向性で進めるかを一度声を聞きながらお話したんです。そのときに文字だけじゃなく、実際に樋口さんの声で話してもらったことで、曲のイメージが広がっていった部分がありました。あと、そのときに「ちょっと普通じゃないを生きている」というワードをいただいて、それがすごくしっくりきたんです。今の樋口さんは「ちょっと普通じゃない日常」を生きていて、でもそれって「ちょっとだけ普通じゃない」=「実際は普通の女の子でもある」ということでもあるよなと気付いて。絶対そこはブレない芯にして、曲を作ろうと思いました。
VTuberを始めたことによる変化
──なるほど。だからタイトルが「アブノーマルガール」でありつつ、曲の中では普通の女の子である瞬間が歌われているんですね。「ちょっと普通じゃないを生きている」という部分を、樋口さんにもう少し詳しく教えてもらうことはできますか?
樋口 例えば周りの普通の友達がSNSで気軽になんでも発信できるのに対して、私の場合は見てくれる人が増えるにつれて発信しづらくなってしまう面もあったりして。「私も普通にしてたいのに、どうしてそれができなくなっちゃったんだろう?」と考えた時期があったんです。これってネットで活動している人は皆さん経験していると思うし、ナナヲさんならきっとわかってくれるんじゃないかなって。
ナナヲ めっちゃわかります。本当だったらパッと言ってしまうようなことも「これは樋口楓として、言っていいことなんだろうか?」と、一度立ち止まって考えたりするということですよね。もちろん、それって普通のことでもあるとは思うんですけど、よくよく考えてみたら圧倒的に普通じゃない状況でもあるのかなって。
樋口 そう、そうなんですよ。
──「アブノーマルガール」には、樋口さんがVTuberを始めてからの経験が反映されているんですね。
樋口 ネットで活動するようになって、こういう視点を新たに得たという感じなんです。私はこの活動をしていなかったら、言い方は悪いですけど、当たり前のように人の批判をしたり、SNSに愚痴とかを書いたりしていたと思うんです(笑)。それが人に見られるお仕事を始めてから「周りの人に迷惑をかけてしまうし……」と、いろんなことをぐるぐる考えてしまって自分の思うことを正直に伝えられないようにもなっていて。それで「ちょっと普通じゃないを生きている」という言葉が出てきたんだと思います。
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樋口楓のライブで感じた、2次元と3次元に垣根はない